29 ギルド長、ギルド追放される
夕暮れ時。私はクレミさんに見送られた後、冒険者ギルドへ依頼達成の報告をしに来た。
「ちょっとギルド長!あなたはギルド酒場を出禁にしたはずでしょ!」
「オーナー、そこを何とか!もう酒場のキッチンは壊さないから!」
ん?ギルド長が酒場のオーナーと揉めている。
「そのセリフ100回は聞きましたよ!あなたはキッチンも同じ回数ぶっ壊したでしょ!今日という今日は絶対に出禁にしますっ!!」
「違うんだ!何もしてないのにキッチンが壊れたんだ!」
「やかましい!お前はギルド酒場追放だッ!!」
「嫌だあっ!新しくメニューに加わった『エビフライ定食』がだべだいいい〜ッ!」
...そういえばギルド長は二日前に酒場のキッチンをぶっ壊していたな。うん、酒場追放は残当だ。
「うぅ...エビフライ定食が食べられないなんて...あんまりだ...あァァァんまりだァァアァ !!」
そして彼女は大人げなく駄々を捏ねて、床を転げ回り出した。
やれやれ、あの頼りになる人物はどこへ行ったんだか。
見るに堪えなくなった私は助け舟を出す。
「その、オーナーさん。私が昨日教えたエビフライや唐揚げのレシピに免じて、酒場追放は勘弁してやってくれませんかね?」
「うーん、フタバちゃんがそう言うなら...」
酒場のオーナーは苦虫を噛み潰したような顔でうなづいた。彼も相当苦労しているようだ。
「ひゃっほう感謝するぞ!と言う訳でエビフライ定食、飲み物はエールの大ジョッキを頼む!フタバ、お前も何か注文しろ!私の奢りだ!」
「じゃあ私は特上ミノタウロスステーキのフルコースセット、肉2倍盛りで。飲み物はプレミアムブドウジュースをお願いします。」
ギルド長は横転した。
...
......
私は運ばれてきた食事に舌鼓を打つ。
「美味い...意味わからんくらい美味い。これがミノタウロスの肉かっ...!」
「まったく、ちゃんと味わえよ!」
「うい。ディモールトグラツェ。」
嗚呼、舌の上でとろけるような食感。脂の甘みと赤身の旨味が絶妙に絡み合い、噛むごとに深いコクが広がる。なんてジュースィな味わぁい。
ソースはかかっていない。上質な肉は岩塩だけで食べるのが最適解なんだ。まるで肉そのものに顔面をぶん殴られて、理解せられたかのようなインパクト。
付け合わせの焼き野菜と共に合わせれば、肉の濃厚な風味にさっぱりとしたアクセントが加わり、黄金の風を巻き起こす。これはまさに、贅沢のキワミ。
評価...スゴイワザマエ。
「そういえばフタバ、あの依頼はどうだった?」
「ふふん、大成功です。」
「おお。料理の腕を見込んで押し付けたが、まさか本当にこなせるとは...」
ギルド長はエビフライを齧りながら、驚いている。
「実はかくかくしかじかで...」
私達は小声で話す。
酒場はいつものように騒がしいため、私の秘密が他者に聞かれることはない。それでも一応、念の為だ。
「元の数を<2倍>だと!?それでクッキーを無から≪復元≫したのか。もはや何でもありだな...」
「ホントぶっ壊れ能力ですよね。」
「いや、お前の発想力もなかなかだぞ。」
「えへへ、褒めても何も出ませんよ。ほい、『エビフライの元の本数<2倍>』発動。」
瞬間、カラの皿にエビフライがどっさり現れた。
「わわわ!これは凄いっ!」
「他の人にバレる前にささっと食っちまってください。それと、能力を解除すればその分の満腹感は消えますからね。」
「構うものか!私はこの味とサクサク感が好きなんだ!」
言うが早いか、ギルド長は爆速でエビフライを食べ始めた。やはり大好物のようだ。
「そうだ!今度、マヨネーズやタルタルソース作りにも挑戦してみますね。」
「まよ...たるたる...?何だそれは?」
「対揚げ物・汎用決戦兵器です。塩で食べるよりずっと美味しくなりますよ。」
私は付け合わせのコッコエッグを摘みながら呟く。
「そっ、それをエビフライに合わせると、どれくらい美味しくなるんだ!?」
ギルド長が勢いよくテーブルから乗り出した。やはり興味津々のようだ。
私は彼女へ3本指を立てる。
「つ、通常の3倍美味しいエビフライだと!?そんなものを食べたら私はどうなってしまうんだっ!?」
「いえ、美味しさ3000倍です。」
ガッシャャャャャアン!!
彼女はそれを聞いた瞬間、前のめりになってテーブルを破壊した。
「テメーこの野郎ッ!!うちの酒場に恨みでもあんのかッ!?」
酒場のオーナーが肉切り包丁片手に、鬼の形相で突っ込んできた──────ッ!!
...
......
「えっと...ボウルに卵黄、酢、オリーブオイル、塩を入れてスプーンでよく混ぜる。フタバ、これで合ってるか?」
「ええ。力と根気がいる作業ですので、ここからはギルド長がやって下さい。」
私達は酒場の厨房でマヨネーズの再現を試みている。
その背後には肉包丁を構えて、鬼の形相をした酒場のオーナー。血管が顔に浮き出て、息を荒げている。
うん。マヨネーズ再現に失敗すると殺されるな。
「...ギルド長。ボウルの中身を混ぜるだけでいいですからね?」
「心配するな。それくらい簡単な作業なら私にもできる。」
「ほ、本当に大丈夫ですか?何だか嫌な予感がします。」
「大丈夫だ、問題ない。」
「オデ...サカバ...コワスヤツ...コロス...!」
なんか後ろから聞こえてきた。
私は足をガクガクさせながら、ギルド長をじっと見つめる。
「私、お母さんの分まで生きたいんです。2倍の命を背負ってるんです。」
「フタバ、私を信じてくれているんだろう?」
彼女は私に優しく微笑んだ。
「ふふっ、そうでしたね。それじゃ任せましたよ!」
私はギルド長の肩をポンと叩く。
「いくぞっ!」
「いけーっ!脳筋ドスゴリラッ!」
ギルド長はボウルを勢いよくかき混ぜ始めた。
そして中の液体が少しずつ乳化をして、とろみをつけ始める。
「その調子ですよ!ギルド長、あなたはマヨネーズ作りのプロだ────!」
「では、本気を出そうかっ!プロとして────!」
ガッシャャャャャアン!!
彼女は力むあまり、ボウルを破壊した。
そしてバランスを崩して前のめりになり、酒場のキッチンも破壊した。
「「「............」」」
「...何もしてないのに壊れたんだ。」
「ハハハ!やっぱりドスゴリラに料理は出来ないですね!ほら、オーナーもそんな顔してないで一緒に笑ってやりましょうよ!」
酒場のオーナーが肉切り包丁片手に、鬼の形相で突っ込んできた──────ッ!!
...
......
「いやー、フタバちゃん!この調味料はまさに最強だ!揚げ物にはマヨネーズしか勝たんな!」
酒場のオーナーは黄色のドレスを纏った唐揚げに恍惚としている。
「その...オーナーさん。そろそろ肉切り包丁を手放してくれませんか?怖いんですけど。」
「おっとすまないね、怒りのあまり忘れていたよ。」
「ほらっ、片付けてこいッ!ドスゴリラ!」
酒場のオーナーはギルド長の顔面に肉包丁を投げつけた。
「ウス...」
彼女はそれを片手でキャッチして、不貞腐れた顔のままキッチンに向かって行った。




