28 広げろ、能力の解釈を!!
「ふんふ〜ん♪ウマイモンたち呼んでるぞ
食えば食うほどみなぎる Power!!
Wow wo!! 槍パンチ‼Wow wo!! 連発で!!
ガッツガッツリガッツ!! どんな槍も食える〜♪」
私は鼻歌まじりに先程と同じ要領で4倍クッキーを作り始めた。
ただし内容はクレミさんの記憶を頼りに、彼女の母が作ってくれたという思い出の味に近づける試みをしている。
「あいよっ!クッキー大、バターアブラマシマシ、シュガーカラメ、焼きカタ、ハニーチョモランマお待ちどうっ!」
「お前は何を言っているんだ!?」
「ジロリアンという美食家達に伝わる呪文です。」
クレミさんは困惑しつつも、嬉々としてクッキーを食べる。
「うん、最高だ。レベルの高い合格点を越えるクッキーオールウェイズだ。...でも母が作ってくれたものと何か違う。」
「あっ!ヤサイとニンニク入れてたりしませんでしたか?」
「入れるわけないだろ...」
「あいよっ!次いってみましょう!」
「お待たせしました!トールサイズのオーガニックハニーオーツクッキー、ミディアムローストのナッツをエクストラでトッピング、シュガーライトで、グルテンフリー生地に変更。焼き加減は弱火でじっくり!」
「お前は何を言っているんだ!?」
「ジロリアンの対極に位置する美食家の呪文です。」
クレミさんはやはり困惑しつつも、ほごらかな表情でクッキーを食べる。
「これも凄く美味しい。でもやっぱり母が作ってくれたものと何かが違う。グギギ...一体何なのだこの感覚は?」
「あっ!ペアリングにシュガードーナツを追加していませんでしたか?」
「そんなものは...いや待て。なんか気になるから次のクッキーと一緒に作ってくれ。」
「かしこまりました。ご注文の確認をお願いします。220番イタリアンクッキー、565番シュガードーナツですね。」
「あ、ああ...そうだ。」
「ドリンバーはあちらにございせん。ランチタイムじゃないですのでスープバーもご利用いただけません。ごゆっくりどうぞ。」
「?????」
「テンテテン♪テンテテン♪ご注文のお料理を持ってきましたニャー。」
「貴様ひょっとして狂っているのか?」
「失敬な!私の故郷じゃこれは一般的な......うっ!お客様、早めに料理をとって欲しいニャン。」
「コワ〜...」
...
......
「貴様のクッキーは最高だ。油にクッキー生地を沈めたドーナツとやらも素晴らしかった。
でもな。やはり、母の作ってくれたのはこれじゃないんだ。」
「やはりそうですか...」
...最初から分かっていた。
家庭の味は。母との思い出の味は。他人が簡単に再現できるものじゃない。
でも、私はクレミさんの力になりたい。
だって、あなたはかつての私そのものだから。
うーん...せめて、オリジナルのクッキーが一枚でも残っていたら味見をして寄せることくらいはできるんだけどな。
まあ、ダメ元で聞いておくか。
「クレミさん、あなたの母が作ってくれたクッキー。まだ残っていたりしませんか?」
「...無いな。」
「ですよね。失礼しました。」
「いや、待て。クッキーを包んでくれた袋なら大事に取ってある。そこにカケラくらいは残っているかもしれない。」
「おっ、ちょっと見せてもらえませんか!」
「ああ。でも、期待はするなよ。もう何度も中を覗いているからな。」
彼女はしばらくすると綺麗に折り畳んだ小袋を持ってきた。
埃一つかぶっていない。
「とても大事にしていたんですね。触れても大丈夫ですか?」
「ククク...貴様なら構わない。」
私は慎重に袋を開き、中を除く。
瞬間、ほんのり甘い香りがした気がする。
しかし、クッキーのカケラどころか食べかすも見当たらない。
...やはりダメか。
せめて香りが逃げてしまわないように、私はすぐに袋を閉めた。
「......母はあーしが遊びに出る時は、いつもこの袋にクッキーを詰めてくれたんだ。我が一族は先祖代々、甘味を切らすと魔力が抑えきれずにドカンと爆発するから。その対策としてな。」
「や、優しい人だったんですね......?」
ん? なんだろう。
今、私はクレミさんの言葉で胸騒ぎを感じた。
(この袋にクッキーを詰めた...?)
「それでな!それでな!お母さんはな...!」
「ターイムッ!ちょっとトイレ借ります!」
「えぇ...(困惑)」
...
......
私は便器に座って考える。
先程、<2倍>で何か出来るんじゃないかというざわめきを感じたんだ。
とりあえず一旦整理しよう。
やるべきはクレミさんの母が作ったクッキーを再現すること...ではないな。
それは紛い物だ。どんなに味を寄せても彼女の『思い出のクッキー』には絶対ならない。
例えるなら私が大事にしている『母との写真』。これを絵画で寄せたようなものだろう。
...まあ、それはそれで欲しいが。
とにかく、私がやるべきは<2倍>によるオリジナルの複製。これ以外ありえない。
しかし...だ。
元になる思い出のクッキーが1枚もないんじゃコピーできない。だって0×2は0なのだから。
やっぱり無理か?
いや、諦めるな双葉。この胸騒ぎを信じろ。
私は『一度に一つだけ、あらゆるものを2倍にできる』んだ。
時間や距離だけじゃ無い。過去の事象だって干渉できるんじゃない...か.......?
瞬間、私に電流走る─────ッ!
「クレミさん、もう一度クッキーの入っていた袋を見せてください!ちょっと試したいことがあるんです!」
「え?構わないが、トイレで手を洗ったか?」
「あっ。洗ってきます。」
...
......
「で、試したい事とは!?」
クレミさんは目を輝かせながら私にグイグイ近づいてくる。
「いや、あんまり期待しないでくださいね。あと、これからやることは絶対秘密ですよ。」
「ああ、母と女神リーヴェに誓うぞ。」
彼女は私へ空っぽの袋を預けて、コクコクと頷く。
そして私は、それっぽい呪文を唱えて魔法であるかのように見せかける。
「ささやき──いのり──えいしょう──ねんじろ!
『袋の中にあったクッキーを"元の数"の<2倍>』発動!」
そう唱えた瞬間。
空っぽの袋からクッキーがドカドカ溢れ出した。
「あっ!あぁっ...!これは...まさしく母のっ!」
「うっわ、マジで出来ちゃった。」
そう。
元になるクッキーが1つも存在していないなら、"元の数"を<2倍>に指定すればいいんだ。
袋いっぱいにクッキーが入っていたなら、それは袋二個分になって帰ってくる。
これはぶっ壊れのインチキ技だ。とりあえず≪復元≫と名付けよう。
「ムラサキ!ありがとう!本当にっ...ほんとうにありがとう!」
「えへへ、どういたしまして。あと私はフタバですので。」
「しかし、一体これはどうやったんだ!?」
「ん〜...魔法?」
「いやいや!魔法は『属性』『強化』『回復』以外に存在しないだろ!それに詠唱も出鱈目だったぞ!」
あ、この世界はテレポートや収納魔法みたいなのは無いんだ。ちょっと残念だ。
そんなことを考えているとクレミさんはめちゃくちゃ怪しむ目でこちらを見てきた。
「そ、それはさておき!≪復元≫したクッキーを食べて下さいよ!」
「おっと、そうだな!我が贄に感謝をっ!」
クレミさんは震える手でクッキーをゆっくりと摘み、齧った。
そして、涙をポロポロ流し出した。
「あぁ...この味だよ、懐かしいな...」
私は少しの間、席を空ける事にした。ここにいるのは無粋だろう。
「待て、ムラサキ。お前も食べてくれ。」
「それじゃ、一つもらいますね。」
サクッ....
ほう。しっとりタイプで砂糖は控えめ。ナッツがかなり細かく砕いてある。
そして、隠し味に蜂蜜を入れているな。サクサク感がありつつも口溶けがいい。優しい味だ。
「どうだ?あーしのお母さんのクッキーは!」
「ええ、すごく美味しいです。」
「キキキ!そうだろう、そうだろう!あーしのお母さんはな!世界で一番クッキーを作るのが上手いんだ!」
これは本当に美味しい。でも、ぶっちぎりでという程じゃ無い。
多分、私がさっき作った4倍クッキーの方が...
でもそういうのじゃないんだ。この場合、美味しさは関係ないんだ。
大切な思い出に勝るものなどないんだから。
...
......
あんなに沢山あったクッキーは3分の1くらいまで減ってしまった。
「ククク...本当にありがとう。残りのクッキーは大事に取っておくぞ。」
「あっ、クレミさん。残念ですが保存はできません。」
「えっ、何故だ?」
「<2倍>は...じゃなくて私のオリジナル魔法には制約があるんです。一度に一つしか使えないっていう。だから次の魔法を使うとクッキーは消えます。ついでに満腹感も消えます。」
「クッソ不便な制約だな!?何とかならないか!」
「いやぁほんと不便ですよね。しかし、こればかりはどうにもならないんです。」
それを聞くと彼女は少し顔を曇らせてしまった。
「母の愛情がこもったクッキーなんでしょう?ゆっくり、味わって食べてください。いくらでも待ちますから。」
「ああ!そうさせてもらう!」
そして、クレミさんは最後のクッキーを大切そうに食べた後にぽつりと呟いた。
「母が出所するまであと1年...これで持ち堪えられるよ。」
「は?出所!?」
「ああ。母は甘味を求める欲が抑えきれずに領主のパーティへ忍び込んでな。つまみ食いしていたところフツーにバレて、今はムショにぶち込まれている。」
「あほくさ。」
てっきり死んだもんだと思っていたぞ...
私はため息をつきながらも安堵する。
「とりあえず、クレミさんの母が出所したら真っ先に私のところに連れて来て下さいね。説教した後に、二度と再犯しないような最高の甘味を提供するので。」
「ああ、感謝するぞ!ムラサキ!」
「だから私はフタバですって!」