27 思い出の味
私、上野双葉。どこにでもいる普通の女子高生。
ただし、『一度に一つだけ、あらゆるものを2倍にできる』という極端な転生特典を女神さまから授かって、異世界生活をしています。
そんな私は<2倍>の力を使って魔物と戦ったり、金儲けをしたり、世界を巻き込む自爆テロを企てました。
そして、自分の過去に決着をつけました。
こんな感じで振り返りはおしまい。もしよかったら、また以前の話を読み返してみてね。
それじゃ私の異世界実況、第二章のはじまりです!
世界滅亡の危機から2日後の朝。
その首謀者である私は、元気いっぱいにペアルタウンを練り歩いている。
「おっすおっす!そこのニイチャン、元気ですかーッ!?」
「え...誰...?」
「私は超元気ですよッ!じゃあのッ!」
「なんだ今のムラサキ...」
心機一転、第二章の始まりと言ったところだろうか。今の私は、希望とやる気に満ち溢れている。
そうだな...アルティメット上野双葉とでも呼んでもらおうか。つまるところ、最強だ。
とりあえず己が力を示すためにも、狩場に出てドスコッコを9999匹くらい狩ってみよう。
私は愛槍の『ライジングドラゴンスピアー』を担いで颯爽と樹海側の門に向かう...が、様子がおかしい。門番さんが通路正面で仁王立ちしているのだ。
「えーっ!?樹海に出ちゃダメなんですか!?」
「すみません。現在は安全確保のため、こちら側の門は封鎖しております。なにせフェンリルが出たので。」
「あー、それもそうか。どう考えても危険すぎますもんね...」
フェンリルというのは本来、ダーフル王国軍の中隊ですら歯が立たない最強の魔物だ。しれっと倒したギルド長がイカれているだけで、ペアル一帯の危機であったのは間違いない。それ故に調査や安全確保は当然だ。しばらくは樹海へ狩りに出られないだろう。
「それじゃ門番さん、王都方面の門は空いてますか?」
「交易のため引き続き解放されていますよ。そちらは魔物の生息が少ない草原地帯ですので、狩りには向いていないと思いますが。」
「......ふむ、つまり私の晴れ舞台としては役不足であると。」
「めんどくさい子が来たな...」
そんなわけで、私はUターンをして冒険者ギルドに向かうことにした。
何か街中でも出来そうな依頼を受注しよう。とにかく今は、体を動かしたい気分だ。
...
......
冒険者ギルドはいつもより賑やかだ。
特に依頼掲示板前は、塊のように人が重なり合って大乱闘をしている。
「ジャックてめーッ!この依頼書は俺が先に取ったんだぞ!」
「いーや、こっちの方が早かったね!食らえっ、ジャック・ソード!」
「舐めるな!冒険者・キック!」
「グエーッ!」
「あなた狩り専の冒険者でしょ!なんで依頼受けに来てるのよ!?」
「狩場に出られないからに決まってんだろ!このタコッ!」
「ええい、こうなったら実力行使よ!ケイト・パンチ!」
「グワーッ!」
ドゴォッ!バギィッ!ドカーン!
凄まじくバイオレンスな光景だ。
樹海に出られない以上、街の中で出来る依頼を取り合っているのだろう。考えることは皆同じか。
そして私の友人達も、依頼を取るために頑張っているみたいだ。
こちらもやらねば、無作法というものか。
私は愛槍を酒場のテーブルに預け、『身体能力<2倍>』をかけて呼吸を整える。
「我が名はフタバ!いざ参る!」
...
......
「───はっ!?私は一体...!」
いつの間にかギルドの床に寝そべっていた。
「む、起きたか。治療費は銅価5枚じゃ。」
目の前にはヒアル爺。回復魔法の使い手だ。
どうやら私は依頼争奪戦に負けたらしい。
服はズタボロになってしまったが、体には一切痛みがない。やはり彼は凄腕のヒーラーのようだ。
私はヒアル爺に対価を支払った後、ギルド長の大怪我を治療してくれた件も含めて礼を言おうとした。
しかし、彼は既に次の敗者へ回復魔法をかけ始めている。どうやら治療費の入れ食い状態みたいだ。
とりあえず、彼が全員の治療を終えるまで待とう。お礼はその時に...
「ほいっ!」
瞬間。ヒアル爺は依頼掲示板に群がる冒険者集団に向かって魔石を投げつけた。
パリ―ン!
「うわっ、ヌルヌルの何かが頭にっ!?」
「ギャーッ!スライムの死骸よっ!」
「クッサ!誰だこんなことしたのはッ!?」
冒険者集団から悲鳴が聞こえる。
ヒアル爺の投げた魔石が割れて、中からスライムの死骸が出てきたようだ。
「ケイト!よくもやってくれたなっ!」
「え、私じゃないわよ!?」
「いーやお前だね!食らえッ、冒険者・ラリアット!」
「甘いわっ!ケイト・アッパーカット!」
「アバーッ!?」
顔見知りの冒険者が宙を舞い、テーブルの上に叩きつけられた。そこにヒアル爺が駆けつける。
「ほっほっほ...治療してやろう。そして、あの残忍な娘へリベンジに行くが良いぞ。」
「ヒアル爺、いつもすまねえな!銀貨1枚やるからすぐに動けるようにしてくれ!」
やがて回復したブチギレ冒険者は依頼掲示板に再突入し、戦いはさらに熾烈となった。
そして、新たな敗者達がヒアル爺の元へ運ばれてゆく。
「ま、マッチポンプだ...」
私が呆れているとギルド長がやって来た。
「フタバ、調子はどうだ?」
「おかげさまで、元気いっぱいです。」
「それは良かった。そして、ちょうどお前にやって欲しい依頼があるんだ。」
「え、ラッキー!ちょうど依頼を受けたかったんですよ。」
「...かなり難しい依頼だぞ。何せ3年間誰も達成できなかったやつだからな。」
「ん?そんな依頼ありましたっけ?張り出されていた覚えがないんですけど。」
私は週二くらいで依頼掲示板をチェックしている。
そして、そんなに長い間張り出されている依頼は見たことがない。
「依頼掲示板からはとっくに剥がしたやつなんだ。なにせ全員失敗した上に、ボコボコにされて帰って来たからな。」
「よし、辞退します。」
「逃げられんぞ、もうフタバの名前で受注したからな。依頼主にも連絡した。」
「職権濫用ーーッ!!」
私が抗議をすると、ギルド長は自身の目尻を指差した。そこには大きなクマができている。
「いやぁ、おとついは大変だったなぁ。なぜか一睡もできなかったんだ。おや、ギルドのドアも少し変な形をしているな。一体何があったんだろうか?」
「うぐぐ...なんでもやります。」
「よし、頼んだぞ!」
ギルド長は私に真っ赤な依頼書を押し付けた────ッ!
...
......
「料理の依頼ねぇ...」
どんな危険な依頼かと思ってビビっていたが、拍子抜けだった。
依頼主は、料理が得意な人を募集しているだけらしい。女子力53万の私にかかれば、どうってことないね。
そして私は今、記載された住所の玄関前に来ている。庭付きの平均的な一軒家だ。
ただし、庭の草が無造作に生えている。依頼主はあまり手入れをしていないようだ。
私はドアにノックする。
「こんちわーっ!料理に自信ネキのフタバです。依頼を受けに来ました!」
ドタドタ...バタンッ!
「キヒャヒャ!あーしは甘味を食べないと魔力が暴発するイカれ女、クレミ!本日は依頼を受けて下さりありがとうございます!」
「思ったよりヤバいのが出てきたな...」
私は彼女にリビングへ招かれ、打ち合わせを始めた。
「それでな!あーしは甘いものが大好きでな!これまで何度も依頼を出してきたというわけだ!」
「それじゃクレミさん、私はどんな甘味を作ればいいんですか?」
「ククク...!作って欲しいのはクッキーだ!」
あれ?もっと難しいものを要求されると思った。何せ、他の冒険者は全員失敗していると聞いていたから。
「クッキー...そんなのでいいんですか?」
「そんなの!?よくも軽々しく言ってくれたな!!」
私のぼやいた言葉に反応して、クレミさんは莫大な魔力を放出して地面を震わせ始めた。完全にキレている。
「うおっ、なんか地雷踏んだっぽいな!?よく分からないけどごめんなさい!」
「...いや、いいんだ。ぐすっ...こちらこそすまない。」
かと思えば彼女は泣き出してしまった。
クッキーに強いこだわりがあるらしいが、泣くほどとは。これは何か訳ありだな。
「その...とりあえず、買い出しをして来ますね。」
「ああ。だが、マズイクッキーを作ったら貴様を≪インフェルノ≫で消し飛ばすからな。」
「ヒェッ...」
...
......
私はクレミさん家のキッチンを借りてクッキー作りを始めた。
まずは『調理技術<2倍>』発動!
続けてバターと砂糖、コッコエッグをクリーム状になるまでボウルで混ぜる。
単純な作業だが、普段より上手く作れている感覚がある。これも異能のおかげか。
更に小麦を薄く挽いたものを少しずつボウルへ溶かしてゆく。要は薄力粉だ。
薄力粉は高級品である白パンの原料だけあって少々お高い。しかし、ケチケチしないでガンガン使う。
中途半端な雑穀クッキーを作って≪インフェルノ≫で消し飛ばされるのはごめんだからね。
そして最後にまとまった生地をちぎって整形する。せっかくだし色々な形のクッキーにしよう。
星型、ハート型、槍型、コッコ型、織田信長型、清洲城型、本能寺型...
「で、少し寝かせたあとに魔道オーブンで焼いたクッキーがこちらになります。」
「おおう、大した手際だな...では早速!」
クレミさんはトレイの上に手を飛ばそうとした。
「あ、食べるのは少し待ってくださいね。仕上げをします。」
「仕上げ?もう完成しているではないか?」
私はクッキーの焼き上がったこのタイミングで『調理技術<2倍>』を解除した。
今、私の『調理技術は元に戻っている』状態だ。しかし既に作ったクッキーの『出来栄えまでは元に戻っていない』。
つまり今、私は一度に一つだけという<2倍>の制約を踏み倒せているのだ。
だからここで『制作物の美味しさ<2倍>』を発動する。
この瞬間、『調理技術<2倍>』との重ね掛けで実質《4倍》の美味しさのクッキーが爆誕した。
「ム?突然、更に美味しそうになった感じがするぞ!」
クレミさんは首を傾げる。クッキーの見た目は変わってないはずだが、恐ろしい直感だ。
「き、気のせいですよ...とにかく召し上がって下さい!」
「ああ、我が糧となれ!」
言動に反してクレミさんは繊細な指でクッキーをつまみ、お上品に食べ始めた。
「ククク...圧倒的美味っ...!圧倒的満足感っ...!」
クレミさんは舌鼓を打ちながら私にパチパチと拍手を送る。
「えへへ、満足していただいて光栄です。」
「でも...やはり遠く及ばないな。かつて、あーしの母が作ってくれたクッキーに。」
「......!」
ようやく分かった。クレミさんがなぜクッキーに執着しているのか。なぜ涙を流すほどなのか。
そして、それはこのままでは一生解決しない。
どんなに美味しい甘味を食べても一生満たされない。
「あぁ、すまない。貴様の腕前は間違いなく母の次に素晴らしかった。だからちゃんと成功報酬を出す。」
「いえ、まだそれは受け取れません。」
「ククク…どういうことだ?」
クレミさん。すこし、おせっかいをさせてもらうよ。
「再現しましょう、あなたとお母さんの思い出の味を!」




