25 託された想い
「フタバ。私のことを心配してくれていたんだな。」
「ぐすっ...そうですよぉ!」
ギルド長の右腕は完治していた。私はその事に安堵して、うっかり泣き出してしまっている。
「樹海から撤退している間、お前は何も喋らなかったからおかしいと思ったんだ。
何故その時に聞いてくれなかったんだ?ヒアルの回復魔法なら治ると伝えてやれたのに。」
「だってぇ...話しかけるとか気まずいじゃん!庇ってもらった上に大怪我されたんだもん!
というか、ギルド長!それくらい聞かなくても教えてくださいよ!」
「フェンリルがペアル周辺に出たことが気がかりで、そこまで頭が回らなかったよ。」
「急にアホにならないでくださいよぉ!」
私は鈍感系ギルド長に、抗議の肘付きをガシガシ入れる。
──が、鉄に弾かれるような感覚が返ってきた。明らかに効いていない。
「しかしフタバ、怪我の代償を死で償うなんて考えはよせ!そんなことをされても私は悲しいだけだぞ!!」
「別にギルド長のために死にたかったわけじゃないです。あなたはおまけみたいなもんですから。」
「えぇ...(困惑)」
「まあ、とにかく貴方が無事でよかったですよ。夜分失礼しました。アリーヴェデルチ!さよならです!」
用事も済んだので、私は執務室から出て行く。
「いやいやまてまて!ちゃんと説明しろ!なんでお前は死にたがってるんだ!」
ギルド長は私の首根っこを掴み、ソファーへ連行した。
...
......
私とギルド長は隣り合ってソファーに座る。
「震えているな、フタバ。手を握ろうか?」
「...お願いします。」
ギルド長は私の片手を優しく握ってくれた。
「とりあえずエビフライでも食べてみろ。かなり上手に出来たんだ。きっと元気が出るぞ!」
私の目の前に謎のオーラを放つ焦げフライが差し出される。
「えぇ...これかなりヤバい色してないですか?」
「そんなに怖いか?私の"新時代"が」
ギルド長は私の口に異物を突っ込んだ───ッ!
「エビフライに大層な名前を...うっ!
衣は油で湿り、歯ごたえはない。身は黒く染まり、旨味は消えた。ギトギトの後味だけが、喉に絡みつく。 これは頽廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、暴力の味。
次回、『腹痛』。君は、生き延びることができるか?」
「詠唱するほど美味い様だな!」
「詠唱するほどマズイんですよ!」
「やはりか。お前に作ってもらったのと比べて少し違うような気がしたんだ。」
「少し違う!?これ以上エビへの虐待はやめて下さいッ!」
「それじゃあ、また今度作ってくれないか?」
「えー、まあいいですけど。」
「...約束できそうか?フタバ。」
「あっ、それは...」
約束できると言い切れない。
私は本来、生きていてはいけないのだから。
するとギルド長は手をより強く握った。そして、こちらをまっすぐ見つめる。
「フタバ、困った時は私を頼れ。急に居なくなったりしないでくれ。」
「お、おおぅ...」
彼女は大真面目な顔で私に迫ってきた。
「フタバ...私は、お前のことが好きだ。」
「えっ!?エッエッエッ?」
「おい待て、LOVEじゃないぞ。LIKEの方だ。」
「そっちかー!焦りましたよ。」
私はひっくり返ったソファーを元に押す。
「私を優しいといってのけたお前が、私を心配して泣いてくれたお前が、いつも賑やかにしてくれるお前が大好きだ。」
「あわわ…」
なんだか今、すごいことを言われてる気がする。
「だから、約束してくれ。これからも生きることを。」
ずるいな、ギルド長は。
そんな嬉しいことを言われたら、もう生きていくしかないじゃないか。
「分かりました。約束します。」
「うん、約束だぞ。」
私はいつの間にか、手の震えが止まっていたことに気づく。
「どうだ、フタバ。抱えているものを話すくらいはできそうか?」
「おかげさまで。しかし、どこから話せばいいのやら...」
「やはり複雑なことがあったんだな。先ほども言ったが、ゆっくりでいい。リラックスして話をしてくれ。」
彼女は私に優しく語りかけてくれる。
もう全部話してしまうか。文字通り私の全てを。
私のことを信じてくれている人に。
「......私には前世があります。最近、こちらの世界に転生しました。」
「思ったよりヤバいのが出てきたな...」
「私が前世で住んでいたのは、この星じゃないんです。もっと技術が進んでいるけれど、代わりに魔物も魔法もない地球という星。」
「ヤバいとかそういう次元の話じゃなさそうだな?」
「私は地球で死んだ後、女神さまに会いました。そしてこの世界に転生したんです。一つの転生特典を授かって...」
「しれっと女神に会ったとか言うのやめてくれないか?」
「"私は転生特典を<2倍>にしてもらいました!"」
「...なんで急にデカい声を出したんだ?」
「ギルド長の横槍がうるさいので。」
「す、すまない...」
彼女はここまで聞いた後、顎に手を当てて黙り込んでしまった。
静かにしろと言ったからじゃない。多分、話に突拍子が無さすぎたんだ。
「ここまでは嘘だと思ってもらって構いません。背景説明に必要なだけですので。」
「いや、驚いているだけだ。それにお前のことを信じると言っただろう。」
「...嬉しいです。」
「初対面の時から不思議に思っていたんだ。変わったズボンと靴を身につけているなと。この世界と文化が違うんだな。」
「ああ、確かにこれは前世から持ち込んだものですね。下着もありますよ。」
「見せるな見せるな!さっさと仕舞え!」
私は異世界でも通用するスポーツブラを自慢したかったが、ステマを封じられてしまった。
「まったく...それとフタバ。女神とはリーベ様のことか?」
「そうですね。この世界で信仰されている方です。」
「なるほど、お前の強大な力はリーベ様より授かったと。すると、何かこの世界での使命もあるんじゃないか?」
「いえ、『好き勝手やっていいよ〜』って言われました。」
「えぇ...(困惑)」
ギルド長は頭を抱えた。
普通、女神さまに会ったからには相応の使命もあるって思うよね。
「…まあ、大体お前の背景は分かった。死にたい理由はやはりその強大な力を抱えていることか?」
「いえ、それはギルド長のおかげで克服できました。私はもう、<2倍>に臆したりしません。」
「そうか、安心したよ。しかし、それだと何が理由なんだ?」
...
......
そして、私は。
母が私を庇って死んだことを話した。
私が罪を背負っていることを。
償わなければいけないことを。
生きているべきでない人間だということを。
ギルド長は黙って話を聞いてくれた。
再び取り乱した私を受け入れてくれた。
それがどれだけありがたく思ったか。
今まで誰にも相談できなかった。
母の死を思い出すことも避けていた。
でも、話すだけでこんなに楽になるなんて知らなかった。
いや、最近知ってはいたんだ。
ギルド長に<2倍>の全てを打ち明けた時に。
私は本当にバカのようだ。
辛い時は、信じた人を頼ればよかったんだ。
苦しい時は、信じてくれる人に助けを求めればよかったんだ。
...
......
私が全て話し終えた後、ギルド長は口を開いた。
「フタバ、一つ聞きたいことがある。」
「はい...なんでしょうか?」
「母はお前を愛していたか?」
なんでここまで話した上で、ギルド長はそんなことを聞くんだ?
私の最愛の人を疑っているのだろうか。そう思ってつい、彼女を睨みつけてしまう。
「怒るなフタバ。大事なことなんだ、教えてくれ。」
「どういうつもりか知りませんが、耳かっぽじってよく聞いてくださいね!」
「ああ。聞かせてくれ。」
「母は私を愛してくれました!これ以上ないくらいっ、大切にしてくれました!最後の瞬間まで...私のことをっ...心配してくれました...!」
「うん、お前はちゃんと理解してるじゃないか。」
「え...?」
「そんなお前に確実に言えることがあるぞ。」
「なんですか、それは...?」
「それはだな───」
私は最後に、ギルド長から助言を貰った。そしてそれから...
...破壊したドアの修理を始めた。
「お前さぁっ!最初にドアノックくらいしろよ!夜勤にカゲゾーを置いているんだから!」
「すんません...」
私はギルド長から至極まっとうな説教を受けている。
「というか何を<2倍>にしたらカゲゾーを女の子に出来るんだ!?あいつずっと泣いてるぞ!」
「ふ、ふたばどのぉ...そろそろ元にもどしてぇ...」
彼?いや彼女は修理道具を持って私に泣きついてきた。
「あっ、いっけね!解除するの忘れてました!ほいっ!」
「お?オ!オオッ!拙者の体とチ◯コが帰って来た!よ、よかった〜!」
「カゲゾー!絶対<2倍>の秘密は墓場まで持ってけよ!この毒ムラサキ、報復に何するか分からないぞ!」
「わ、分かっております!あなたへの忠義に誓って!」
そしてギルド長はカゲゾーに口止めをした。あの怯えようからして<2倍>の秘密は守られるだろう。
「あーもう!朝までにこれを治さないと事件だなんだ怪しまれるだろうがッ!ほら、クソボケ槍フェチ2倍太郎!さっさと追加の釘を持ってこい!」
「すんません...」
私は言われた通り、倉庫から釘を取りに行こうとした。
「あ!あと、もう一度言っとくがな!」
ギルド長が私を呼び止める。
「すんま...なんでしょうか?」
「愛する子を守るのは当然だ!!死んだ母さんは、お前が生き残ったことを絶対に喜んでいる!!お前が幸せになることを絶対に望んでいる!!それだけは忘れるなよ。いいな、フタバ!!」
「はいっ!!」
私はこの日、母に再び向き合えるようになった。




