23 ギルド襲撃
草木も眠る丑三つ時。私は冒険者ギルドの前にいる。
ギルド長は緊急時に備えて、いつもここで寝泊まりしているそうだ。だから他の職員が全員帰るまで待ってから、来た。
...もう、この世に1秒たりとも長居してはいけない。さっさと殺してもらおう。
決意を秘めた私はギルドの扉を押す。
「あ!?ドアが開かない!」
鍵が掛かっているようだ。まあ、防犯対策なら当然だよな。
よし、派手にぶっ壊そう。
「『ドアのサイズ<2倍>』発動!」
途端にドアは大きくなろうとするが、外枠の壁に阻まれる。
膨張を続けるドアは、強固な壁側の圧力によって一瞬で自壊した。
やはり生物と違い、『物体に自動補正は取られない。<2倍>と指定されたものだけが変化する。』
...おっと、これから死ぬのに能力を考察する必要はないな。いつものクセでやってしまった。
私が冒険者ギルドの中に入ろうとすると、天井から何かが降ってきたように見えた。
そしていつの間にか、忍者装束の大男が私の前に立っている。
「ドーモ。夜勤のカゲゾーです。」
「ドーモ。カゲゾー=サン。ダークフタバです。」
とりあえずアイサツだ。アイサツは大事だ。古事記にもそう書いてある。
...まさか夜勤のギルド職員がいたとは。完全に誤算だ。
そして、カゲゾー。名前だけは既に知っている。
一度目の定期掃討中、岩の裏に隠れていた私を察知した人だ。実力者だろうし、力での突破は無理だな。
「フタバ殿、何用があってここに来た。」
「ギルド長に会わせてください。」
「断る。今のお主は様子が異常だ。一度落ち着いてから出直す...」
「もういい。新技の餌食にしてやる。」
えいっ!
「ム!?少し待て、何か下半身に違和感がある…」
動揺するカゲゾー。そして前屈みになる。
やがて、彼は顔を真っ青にして『男の象徴』を介護し出した。
「あなたの『チ◯コのサイズを小ささ<2倍>』にしました。」
「アイエエエエエ!?拙者のチ◯コ!?チ◯コナンデ!?ジッサイコワイ!」
今やったのは<2分の1>だ。
『対義語を使うと<2倍>の効果が反転する。』
大きさではなく小ささ、長さではなく短さなどを指定することで可能になる。
まあ、裏技みたいなもんだ。
対して役に立たないと思って封印していたが、世の中には小さいと困るモノもあるらしい。
「どっ、どうやったのかは知らんが、なんたる非道!ここまでされる謂れはないッ!」
冷や汗ダラダラのカゲゾーは私に対して構えを取り直す。
「おやおや?私に従わないと、ムスコさんは二度と元の大きさに戻りませんよ。」
「グッ...なんと卑劣なっ...!そ、それでも拙者は夜勤を完遂して見せるッ!」
彼は涙目になりながらも構えを解かない。男のステータスを半減されたというのに大した奴だ。
だが、ダークフタバの前には全て無力。追撃をかけよう。
「よーし、それじゃあ次はチ◯コちょん切っちゃおうかな〜?カゲゾーちゃんにしちゃおっかなァーッ!」
「オーマイブッダ!人の心がないのか!?そ、それだけはっ!何でもするから勘弁してくれッ!」
今のはハッタリだ。私の<2倍>で生物の部位切断は出来ない。
しかし、彼がそれを知る由はない。怪奇現象を見せた後のため、簡単に信じてしまった。
「それじゃ、カゲゾーさん。道を開けてもらいましょうか。」
「...いや、待て。やはり欺瞞だな。お前にチ◯コ切断などできないはずだ。」
は?なぜバレた。
しかし焦るな。ここは冷静に、冷静に...
「あわわ...なぜそう思うのですか!?」
「顔に出ているからだ。そして、今の動揺で確信した。」
「ぐぬぬ...!」
ちくしょうめ。コイツをどうやって無力化すればいいんだ。
<2倍>でチ◯コ切断なんて出来ないし、するつもりもないし...
あっ!そうだ!
本当にカゲゾーちゃんにしちゃお。
私の力は生物に対して自動補正がかかる。だから『アレ』が可能なはずだ。
「カゲゾーさん、道を開けてください。従わないのなら、私はエグいことをしますよ。」
「アイエッ!?...しかしそれもハッタリと見た。やれるものならやってみるといい!」
ではお言葉に甘えよう。
「『カゲゾーのX染色体を<2倍>』発動!」
「エッ?アッあっ、えっ!?」
カゲゾーの体型、顔つき、声、髪の長さが一瞬のうちに変化する。
「お、女になってるぅぅぅぅッ!?!?」
...高校で習った。
男はXY染色体、女はXX染色体を持っていると。そして、この違いが性別を作っている。
男はX染色体を1つ。女はX染色体を2つ持っている。
また、男だけが持つY染色体はX染色体より小さく遺伝子情報が殆どない。
つまり、男のX染色体を<2倍>にすれば女になるのだ。
「うわーッ!!拙者のチ◯コがッ!拙者の鍛え上げた肉体がッ!全部無くなってしまったッ!」
「ワザマエ!ダークフタバの卑劣な術だ!カゲゾーの尊厳は爆発四散!」
「なんて理不尽なッ!おなごの体になってしまうとは...うぅっ...」
「おやおや、なかなか可愛い容姿ではないですか。何が困るのです?」
「困るに決まってるだろう!?」
「そうですかね?私の故郷ならTS物として需要がありそうですけど。」
「お主は何を言っているんだ!?」
カゲゾーはさらに取り乱し始める。急にホルモンバランスが崩れた影響だろうか。
「うぁぁぁ...わけわかんないよぉ!どうなってるのぉ!」
「お、落ち着いてください。えっと...カゲゾーちゃん?」
「わッ...わァ...ぁ...」
「泣いちゃった!」
「フタバ殿ぉ...た、頼むぅ!元に戻してぇ!なんでも言うこと聞くからぁ...!」
カゲゾーは私の足元に擦り寄り懇願して来た。
「すんませんマジでやりすぎました...あとでちゃんと戻してあげますから。」
「ホントか!?約束してくれるか!?」
「約束してあげますから!さっさと道を開けてください!」
彼、いや彼女?は泣きながら私をギルド内に通した。
...
......
随分とはしゃいでしまった。
これから死ぬというのに。
ギルド長に殺してもらうというのに。
私の重ねた罪を、精算する時が来たというのに。
やれやれ、お調子者もつらいね。
しかし、そんな悩みも今日で終わりだ。
私は暗闇の中、罪を噛み締めるようにギルドの階段を登る。
ゆっくりと。確実に。
そして、階段の段差を踏み外して転げ落ちた後。
私は、明かりの漏れる執務室の前にたどり着いた。




