21 お弁当
冒険者生活に復帰してからしばらくして、また定期掃討の日がやってきた。樹海で強い魔物を討伐して街の安全を守る大事な行事だ。
ギルド長は、職員や腕の立つ冒険者らにうろ覚えの号令を出して発破をかける。フードを被った私は後から彼女と合流する。2回目ともなれば慣れたもんだ。
そして、ギルド長は前回と同じように『行動時間<2倍>』のバフを受けて、私が到底太刀打ちできないような魔物をちぎっては投げ、ブッ刺しては投げている。
私も手伝いたいが足手纏いになるのは分かっているので、それを後ろで見ている。
しかし、いつまでもそうしているつもりはない。私はスラム街に通っていた間も時間を見つければトレーニングをしていた。
体を鍛えて、いつかギルド長の隣で戦えるくらい強くなる。そうすれば彼女の負担を減らせるから。そして、いつか私もSランク冒険者に...
そう決意していると、ギルド長は恐ろしく速い手刀でオーガの首を跳ねた。
そして彼女の槍は30m先でミノタウロスの頭蓋骨に突き刺さっている。
やっぱ無理かもしれん。
...
......
私達は樹海の開けた場所で休憩に入った。
前回と同様に『行動時間<2倍>』を常時発動しているため、腹の減りが早い。今日も10時に昼食だ。
そして、携帯食に懲りた私は宿のキッチンを借りてお弁当を作ってきた。ギルド長の分も用意してある。私は強い魔物と戦えないのでこれくらいはさせてほしいのだ。
「フタバ!このイモとコッコ肉は一体なんだ!?柔らかくてジューシーだ!」
「冷めても美味しい、厚切りポテトフライと唐揚げです。あ!『体温<2倍>』で温めますか?」
私は手をコネコネさせながら素晴らしい提案をした。
「その温め方はなんか嫌だ...」
ギルド長はそそくさと私から距離を取る。軽い冗談なのに。
もし実際にやると食べ物が発汗によってベトベトになってしまうだろう。
戻ってきたギルド長は次のおかずを摘んだ。
「この黄色いヤツはタマゴだな?長方形で渦巻き型になっているとは面白い...外側から層を剥がしてみよう。」
「卵焼きのあるある〜!」
だし巻き卵やミルクレープの層を意味もなくぺりぺりと剥がすのは異世界でも共通のようだ。
そしてギルド長は卵焼きを口に含む。
「む、甘いな!?砂糖は高級菓子用だと思っていたが相性は抜群だ!これは新感覚だぞ!」
「我が家自慢の味付けです。砂糖と塩の絶妙な加減に魂を注ぎました!」
ギルド長はまた次のおかずを摘む。
「うンまあああ〜い!!プリプリのエビとザクザクの衣!まさに味の調和!!食感のハーモニー!!
...口の中に入れるとしゃおっというような音を立てた。かむと緻密ないい歯ごたえ。くるみ味といっているえもいわれないうまさが口の中に広がる。」
「うわぁ!いきなり落ち着かないで下さい!」
ギルド長はハイテンションの食レポから突然『盆土産』のエビフライを食べるシーンを音読しだした。
「はっ!美味すぎておかしな言動を取ってしまった。これは何というんだ?」
「それはどえりゃ〜美味しいエビフライです。名古屋人である私のソウルフードであり、得意料理でもあります!」
「ん?フタバ、名古屋人ってなんだ?」
あっ、しまった。私は出自を明かすべきでないな。適当に誤魔化すか。
「名古屋人はやたらトラックや自動車という魔物に襲われる哀れな民族です。皆、小倉トーストと名古屋走りをこよなく愛しています。
そして私は、幼女を庇ってナゴヤバシリ・トラックの犠牲になりました。」
「犠牲になったのに生きてるじゃないか。」
「...ええ、生きてしまったんです。」
「よく分からないが、エビフライは最高だ!フタバ、作り方を教えてくれないか?」
「まずはパン粉代わりにビスケットを細かく砕いたもの用意するんです。そこに溶き卵でベタベタにしたエビを漬けて...あっ、詳しくはレシピを用意しますね。」
私は早速、紙にエビフライの作り方を書き始める。
そして、ギルド長にレシピを渡す。
「助かるよ。これは台所をあと数十回ぶっ壊してでも作る価値はあるぞ。」
私は脳筋からレシピをひったくる。
「ドスゴリラ亜種に料理は出来ねーか...レシピはギルド併設の酒場に提供しますね。」
「その方がいいな。これ以上酒場の台所を壊すと出禁になってしまいそうだ。」
「自分ちの台所ですらなかったか...」
私達は昼食を食べ終えた後、そのまま『実験』を始めた。ギルド長は私の<2倍>でより効率のいい攻撃手段を考えてきたらしい。
しかし聞いてみると、それは『魔物の脳のサイズを<2倍>』にすればそのまま対象の頭を吹き飛ばせるのではないかという案であった。
残念だが、それは私が二ヶ月に考えついており失敗している。そして後から魔物の脊髄や血液をターゲットに試したこともあるが、結果は同じであった。
「<2倍>は生物に使うと、ある程度の自動補正が取られるようになっているんですよ。」
私は自身の『頭のサイズ<2倍>』で実演して見せる。そして重心がうまく定まらずによろけている。
「お前、とんでもない絵面になっているぞ...そして体は完璧には適応できていないようだな。これなら魔物の動きを鈍くすることくらいはできそうだ。」
ギルド長はドン引きながらも冷静な分析をしている。器用な人だ。
「それだったら『行動時間<2倍>』でギルド長に暴れてもらった方が高いパフォーマンスを出せますね。中途半端な敵のデバフより、圧倒的なバフです。」
私は頭のサイズを戻し、助言を入れる。
「ああ。<2倍>は一度に一つまで。よって総合能力が高いものを搭載するべきだな。では私自身のバフをする方向で考えるか...」
ギルド長は私の能力を再び模索し始めた。
でも、『行動時間<2倍>』以上に万能で優れたバフはないと思うけどな。
私はこの力に関しては一日の長があるのだ。そう簡単にアイデアが出てきたら困る。
ギルド長の気が済むまで手持ち無沙汰な私は愛槍ライジングドラゴンスピアーを磨き始めた。
「あ!私という個体の数を2倍にしてくれ!私が2人になれば最強じゃないか?」
「なにそれこわい。」
完全なドッペルゲンガー。今まで考え付かなかった。影分身や残像ではないので、それぞれが独自に考えて、独立した行動ができるだろう。特に弱点もない。
某奇術師さんも100点を出しそうなアイデアに私はビビる。
でも...駄目だ。
もう一つの命を勝手に生み出すのは私の倫理感に反する。なにより<2倍>を解除する時は、誕生したばかりの命が失われる。魔物なら構わないが、人で試すなんて私には出来ない。
私はその事を彼女にやんわりと伝える。異世界の命に対する倫理観は、現代日本と異なるかもしれないからだ。
「すまない...考えが足りなかった。」
ギルド長は頭を下げるので、私はそれを必死に止める。
「いやいや!<2倍>にそんな使い方があるとは気づきませんでした!他に何かあればガンガン言ってください。」
「ああ、また何か思い付いたらお願いするよ。それと美味い食事を作ってくれて感謝する。」
ギルド長は持ち直してくれた。そしてどうやらネタ切れみたいだ。
「掃討再開だ。『行動時間<2倍>』を掛け直してくれ。やはりこれが一番に馴染む!」
「かしこまり!」
私達は再び樹海の奥へ進軍を進めた。