16 信じる
「フタバ、そろそろ引き上げるぞ。」
「よ、ようやくですか...長く苦しい戦いでした...」
「お前は歩いていただけだろう。もう少し体力をつけておかないと、冒険者としてやっていけんぞ。」
定期掃討は、朝から夕方まで続いた。『行動時間<2倍>』を使い続けたことを考慮すると、体力もその分削られている。私は、険しい樹海を長時間練り歩いたためか、足を痛めてしまったようだ。
「ギルド長、先に帰ってていいですよ。私は少し休憩してから戻ります。」
コンパスは持ってきている。街への方角は把握しているし、帰り道は一人でも問題ないだろう。
「よせ、非力なお前が単独行動するのは危険だ。それに私も帰還するまでは、時間を遅くするバフを受けておきたい。」
「...あっ。」
「どうした、何かあったか?」
「いえ。何でもないです。」
「......?]
そうか。ギルド長は普通の強化魔法と同様に、私の異能が近くでしか使えないと思っているのか。
今の発言に加えて、私をわざわざ樹海に連れ回しているのがその証拠だ。私は月まで届く<2倍>の力で、街からでも彼女にバフを送れるため、一緒にいる必要まではないんだ。
思い返せば、対象と範囲が無制限であることまではギルド長に伝えていなかった。
つまり一番の厄ネタは把握されていない。私が黙ってさえすれば、彼女を巻き込んでしまうことも無くなったわけだ。
そんなことを考えているとギルド長は屈んで背中を見せた。
「ほら、足を痛めたんだろ。背負ってやる。」
「えっ、やだぁ恥ずかしいっ♡」
「...いいから乗れ。」
私はギルド長におんぶしてもらった。それなりに体重はあるんだけどな。
まあ、彼女の腕力なら訳ないか。
…
……
「いつもこんなに強い魔物がいるんですか?」
長い帰り道、背負ってもらって気まずい私は雑談を振る。
「いや、1年ほど前から少しずつ増えていてな。ここ1ヶ月くらいは特に異常だ。お前の能力がなかったら本当に危なかった。実は私もかなり体力を消耗している。」
確かに彼女の過労は背中からでも見てとれる。
「降りますよ。だいぶ足が良くなりました。」
「いや、これくらいはさせてくれ。お前のおかげでしばらく樹海は安全だ。だから遠慮はするな。」
私を背負うギルド長は譲らない。
でも私は降りたいんだ。
懐かしい気分になってしまうから。
母の背中を思い出してしまうから。
余計に苦しくなってしまうから。
「...フタバ。何か抱え込んでないか。」
ギルド長は私の方を見ずに声をかけてきた。
「...いえ。」
「気のせいならいいんだが、今日のお前は最初に会った日より落ち込んでいる。」
「.........」
「これは独り言だが、何か相談したいことがあれば遠慮なく言ってくれ。」
彼女は私に安心させるかのように呟く。
やめろ、私。
それを言ってはいけない。
まだ間に合う。口を閉じろ。
耐えろ。堪えろ。
ギルド長は私の力を把握しきれていない。
それなのに彼女を巻き込むな。
苦しむのは私だけでいいだろ。
頼む。やめてくれ。
これ以上...『罪』を重ねるな。
「...私の時間を遅くする強化魔法に人数制限はありません。範囲も無限です。」
「相談しろとは言ったが...思ったよりやばいのが出てきたな...」
言ってしまった。私はどうかしてしまったのだろうか。
これは危険な相談であり、彼女を巻き込んでしまうとわかっているのに抑えることができなかった。
そして馬鹿な私は話を続けてしまう。
「だからせめて時間遅延をギルド長だけでなく、今日の掃討に参加したメンバー全員に付与したかったんです。そうすれば誰も怪我をせずに済んだから。」
ギルド長はそれを聞いてしばらく考えた後、口を開いた。
「強大な力とその使い手がこの街にいるとバレるぞ。そして国や軍隊が利用するために探しに来る。お前は少し抜けているところがあるから特定も訳ないだろう。」
彼女は大体私と同じ予想を立ててくれた。
「貴方もそう思いますか。力を抑える大義名分が欲しくて同じ意見が欲しかったんです。......相談助かりました。それと巻き込んでしまってごめんなさい。」
愚かな私は秘密を打ちあけた。そして、ギルド長を巻き込んだ自分に失望した。
しかし同時に安心してしまう。賢明な彼女の助言であれば踏ん切りがつくからだ。
「...お前は国に捕らえられ、戦争に駆り出されて、人を殺すために利用される。死ぬより辛い目にも遭うだろう。」
彼女はまだ話を続けていた。
「もう相談は十分です。そういうリスクはとっくに分かってます。」
心配してくれてありがとう。相談にのってくれてありがとう。
「私は...最低だな。」
「ギルド長?」
「私はあの日、お前を興味本位で呼びつけてしまった。そして秘密を暴いてしまった...」
ギルド長は声を震わせている。
「それは違いますギルド長!あれは私が勝手にやったことです!」
私は彼女の背後から顔を出して否定する。
「違わないさ!お前に出会った時、私は誘導して本当の力を聞き出そうとした。そしてお前は力の一部を見せてあの場を勢いで乗り切ったんだろ。こんなの...許されることじゃない...!」
私が背後から顔を出した時、彼女は涙をこぼしていた。
「辛かったよな、苦しかったよな。私に秘密を知られたことが怖かっただろう...」
ギルド長は私を下ろしてそのまま地面に崩れ落ちる。
違う。そんなこと思っていない。
「私はお前の弱みを握り、利用して...本当に取り返しのつかないことをしてしまった!」
違う。それは絶対に違う。あなたはそういう人じゃない。
それを伝えなくては。
「ギルド長!聞いて!」
私は彼女を後ろから抱きしめ、叫ぶ。
「違うんです!私は貴方なら信用できると思った!だから今さっき相談したんです!」
後ろから抱きしめて叫ぶなんて。よくもまあこんな恥ずかしいことができたな。咄嗟にやってしまった。
「こんな私を信用してくれるというのか...?」
彼女は私の信じるという言葉に疑問を抱いている。
こうなりゃヤケだ。行けるとこまで言ってしまうか。
「そうです!強くて賢明で優しいあなたを信じてるんです!だから相談をしたんです!頼りたかったんです!」
私は吹っ切れて湧き上がる感情を全部ぶち撒けた。
「...優しい?私が?」
ギルド長は俯いたまま呟く。
なんてことだ。自覚がないのかよ。私がきっちり教えなくては。
「冒険者や街の人のために身を粉にして戦っている。そして今、私の身を案じて泣いてくれた。あなたは優しい人ですよ。」
「は、ははは...歩く暴力装置だのドスゴリラ亜種だの言われていたが、優しいと言われたのははじめてだよ。そうか、優しいか。なんだか変な感じだ。」
ギルド長は持ち直して笑ってくれた。
「ふふ、そっちもあながち間違いじゃありませんからね。」
私もいつの間にか涙がとまり、笑っていた。
あれ?つっかえていた心のモヤが取れた気がする。
ああ、そうか。
私は誰かを頼りたかったんだな。
そして信じたかったんだ。