12 抜け道
先程、ケイトが桶水の使い方を教えにきた。体を拭く以外に使い方があるのかと思って、黙って聞いていたが至って普通の使い方だった。
そしてしばらく一般教養を教えてもらった。
何故そんなことをしてくれるのか分からないが、私はこの世界に疎いので参考になった。
ケイトは親切だなぁ。
ちなみに私の暮らしている街はペアルタウン。所属している国はダーフル王国というらしい。
そういえば今まで知らなかった。自分の住んでいる国や地域の名前は情報媒体でもない限り意外と聞かないもんね。
ケイトとは夜遅くまで話し込んだため眠気がある。しかし、私は昼にやった実験の続きを再開することにした。
私は<2倍>によって酔っ払いを急アルにしたり、人間火力発電所になれるが、この力をもっとマシなことに使いたいのだ。
具体的には食べ物に困っている人たちのために力を使いたい。
私は転生初日の出来事がずっと頭の片隅にあった。あの名前も知らない獣人の少女が笑える世界にしたい。あの路地裏の先にいるであろう飢えに苦しむ多くの人を救いたい。
「誰もが飯に困らない、パラダイスみてぇな世界を作りてぇ。」
傲慢だよね。でも私にはこの<2倍>で何かできる。そういう予感があったのだ。
だから、模索してみることにした。
取り出すのは屋台で買った蒸かし芋1個。
私は手に持ち、『芋の個数<2倍>』を繰り出す。
芋は当然2つになる。
ただし能力を解除するか、別の<2倍>を発動すれば芋は1個に戻る。
だから私は『芋の個数<2倍>』を保持したまま、2つのうち1つだけを全部食べる。
もっちゃ もっちゃ
うん、胃の中に収まった感覚がある。そして片手にはまだ食べていない芋がある。
このタイミングで<2倍>を解除。
…胃に満腹感はあるが、まだ食べていない方の芋は一瞬で手から消えていた。
駄目だ。胃の中に詰めても制約からは逃れられない。やはり<2倍>は単に物を増やすことに向いてない。
これでは『世界中の芋の数を<2倍>』と念じても市場の芋の価格を混乱させてしまうだけだろう。
そんな広範囲もできるのかって?
『私とジャックの行動時間<2倍>』によって複数指定ができるのは検証済みだ。
そして『月明かり<2倍>』が有効だったので射程距離もクリアしている。
だから可能なはずだ。試すと大変なことになるからしないけど。
とにかく食べ物の数を増やす案は失敗だ。本質的な数は増えないのだから。
やはり世界から飢えを無くすなんて考えは傲慢だったかな。時間操作すらできるので勘違いしていたよ。
私は満腹感と倦怠感のダブルパンチを喰らい、ベッドで横になる。
…歯磨きは明日でいいや。
私はベッドで目をつぶってからも少し考えごとをした。
寝る直前の妄想や思考は明日には忘れてしまう。意味のないことだ。
でも何か。
何かが頭に引っかかっていたのだ。
うーむ、芋の数でなく『収穫量を<2倍>』にしたらどうだろうか。
取れる数はさらに増える。でも能力を解除すればやはりそこで終わりだ。本質的な数を増やせていない。
芋の価格が一時的に下落して、また跳ね上がる。芋でインサイダー取引ができてしまうな。
やはり違うか。
…ん?
『収穫量<2倍>』の第一世代の芋を植えて育てきれば、そこから採れた第二世代の芋も2倍の収穫量になるんだろうか。
そして能力を解除しても『収穫量<2倍>』は第二世代の芋へ『遺伝』しているのだろうか。
学校の授業で習った。確か遺伝子組み換えという。そして、その開拓者はメンデル。
あれ…私
とんでもないことを思いついたんじゃないか…!
メンデル先生…俺…耕したいんですよ…
ぐう。
私は眠りについてしまった─────ッ!