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11 人体実験


ギルド長との打ち合わせを終えた後に、私は樹海へ狩りに出た。

昨日はケイトとジャックがいたので、賑やかであったが…今日は一人。話し相手がいなくて寂しいのはともかく、あらゆるトラブルは自分だけで対処しなければならない。


仮に魔物から大きなダメージを負ったら──その時点で詰みである。

痛みに耐えながら回復薬を飲む余裕など、まず無いだろう。救護してくれる味方もいないし、そのまま追撃されてあの世行きだ。


でも大丈夫。私には私には“切り札”があるからね。

「『行動時間(ターン)<2倍>』発動ッ!」


──展開した瞬間、森の空気が変わった。

鳥のさえずりは引き延ばされ、木漏れ日がゆっくりと揺れる。

世界そのものが0.5倍速になり、その中を私だけが自在に動けるんだ。


全身を駆け抜けるのは、爽快なまでの加速感。視界のすべてが手に取るように見渡せる。


「よっ──はいっ──っとォ!」

草藪からツノウサギが、スローテンポで突撃してくる。私はスルリと横抜けして槍でブスリ。


「ふははッ!それは私の残像だ──ッ!」

飛び掛かるゴブリンにはクルッと回転、超スピードの薙ぎ払いで斬り付けて地面に沈める。


半拍遅れて動く魔物を、舞うように仕留めていく。

突き、薙ぎ、回転──すべての型が寸分の無駄もなく決まっていった。


「ふふふ、疾風迅雷ってこういうのを言うんだろうな。」


魔石を拾い上げる手は血まみれ。髪も乱れて、女子らしさはどこにもない。

それでも、この感覚はクセになる。マンモスを追いかけた祖先たちの血が、私の体にも流れているように。生きるために戦う狩猟本能が、こんなにも高揚させるのだろう。


"私TUEEEEE"とも叫びたいところだが......やめておく。

魔物の動きが止まったわけじゃないし、一撃を食らえば依然として致命傷になりうる。要は攻撃を避けられる猶予が増えただけなんだ。大型の魔物や数の暴力には勝てっこないだろう。


つまり、調子に乗ったら即オダブツだ。ケイトとの約束もあるし、慢心は絶対にしない。


「コケーッ!」

「おっと、この鳴き声は...」


大木の裏でコッコが1匹鳴いている。ドスコッコに比べて随分と小ぶりだが、鋭いくちばしは相変わらず。

陰から観察している私には気づいていないようで、()()を検証する絶好のチャンスだ。


...というのも、私は『行動時間(ターン)<2倍>』以外の攻撃手段を抱えている。


『魔物の骨格サイズや血液量を<2倍>』にすれば、そのまま体を吹き飛ばせるのではないかと考えているのだ。

もしこれが出来たら、私は即死技を習得してしまう。ゾッとする話ではあるが、試しておくべき検証だろう。


私は早速『コッコの骨格サイズ<2倍>』と念じる。

ヤツの体は炸裂!ほあたぁ!


...しなかった。

皮膚が張り裂けたり骨が飛び出したりと、グロイことにはなっていない。


コッコは縦長に伸びた形状にこそ変化したが、ふらふらとヨロケながらもフツーに歩いている。

『謎の補正』によって生物として機能を続けているのだ。何かおかしいが、とりあえず検証を続けよう。


私は『コッコの血液量<2倍>』と続けて念じる。

ヤツの体は炸裂!ほあたぁ!


...しなかった。

血管から血が噴き出したり、内臓がパンクしたりもしていない。ちょっと血色のいいコッコが出来上がっただけだ。

やはりというか、『謎の補正』によって生物として機能を続けている。


あまりに都合が良すぎる。やはり何か法則性があるのだろうか。

とりあえず...もう一つのも試そう。


私は即死技になりうる爆弾をまだ一つ抱えている。しかもこちらの方がより危険だ。

だから、これで『謎の補正』の正体も確実にわかるはずだ。


最後に『コッコの体温<2倍>』と念じる。

恒温動物は一定の温度でしか生きられない。鳥系の魔物であるコッコも高熱を出して即死!


...しなかった。なんなんだよ、ホントに。

5分以上待ったが、コッコはピンピンしている。流石に死ぬだろうという確信があったんだけどな。


人間の体はおおよそ水とタンパク質でできている。そしてタンパク質は42度を超えると破壊されてるため、死に至る。いわゆる熱中症のデッドラインだ。

そして、コッコの焼き串は鶏肉の味がしたから魔物も人間と同じようにタンパク質で構成されている確率が高いと思ったんだ。


でも体温が跳ね上がったコッコは普通に生命活動を続けている。一体何故?


「...ちょっと危険だが自分の体でも試すか。ほいっ!『私の体温<2倍>』発動!」


お、おお? 体が熱い。

が、命の危険を感じるようなものではない。なんだかサウナにいる気分だ。

デッドラインである体温42度を悠に超えているのに。相応に汗を流すだけで済んでいる。


やはり...これは間違いないな。

『<2倍>は生物に直接使うと、整合性を取るために自動補正が取られるようになっている。』


昨日使った『筋力<2倍>』や『足の速さ<2倍>』は本来、無茶な行為だ。

普通は筋肉だけが急にビルドアップしても、骨格や神経まではついていかない。

どこかで整合性が取れるように体全体が変化していたのだろう。だから、現在体温が72度はある私は少なくともタンパク質の熱耐性が付与されているに違いない。


ただし、この力は『体内のアルコール量<2倍>』のように、本来は生物に存在しない物質に対しては自動補正が取られない。昨日のチンピラはアルコールに適応できず、急性アルコール中毒の症状が見られたからだ。


挿絵(By みてみん)


実験は失敗。でも安心している。

即死攻撃の習得。もしそんなことが出来たら私はいつか、"取り返しのつかないこと"をしてしまうかもしれない。


<2倍>の発動条件は強く念じること。本心からそうしたいと思わない限りは暴発しないというセーフティが掛かっている。

しかしながら、いつでもトリガーに指がかかった状態なのには変わりはない。だから、この結果が分かって本当に良かった。


そして、これは大きな収穫だ。いろいろと自分の体で遊びができることが分かったのだから。


私は上着を脱いでから『自身の腕の本数を<2倍>』と念じる。

すると…急に肩から腕が2本生えてきた。そして思うように動かせる。


「すげー。図鑑番号068、かくとうタイプのカイ○キーじゃん」


あっ、槍をもう一つ持てばエヴ○13号機ごっこもできるな。

しかし、ちょっと見た目がキモイので一度<2倍>を解除する。やはり体は無事に戻った。


指の長さを2倍にしてス◯ーフィンガー!

腕の長さ2倍ならゴムゴムの◯!

胸のサイズ2倍ならバストアップ!

ふへへ…夢が広がりんぐ。


私はコッコを見逃して街へ戻った。実験とお悩み相談に付き合ってくれた礼だ。

せいぜい長生きしなよ。


...

......


街の壁内を通る河川。私はその上流にきた。水は透き通っている。沸騰させれば飲み水に使えるほどだ。

そして、触ってみるとかなり冷たい。氷点下スレスレくらいだろうか。

私は川の岸で装備一式、腕時計を外し、クラウチングスタートの構えを取る。


「只今より極寒の川で入浴を決行するッ!」


「ひゃっほう!」

私は『体温<2倍>』をかけ、服を着たまま川にダイブする。


普通は、私の体温がどれだけ高かろうと周囲の冷水は徐々に熱を奪う。しかし<2倍>によって体温が72度に固定されているため、能力を解除しない限りは低体温症を起こさない。

今、私は実質天然温泉に浸かっているのだ。


着たままの服はビシャビシャになっているが、洗濯の手間も省けて便利だ。今の私は人間火力発電所なのだから、川を出ればすぐ乾くし体を冷やすこともないだろう。


私は川でしばらく入浴を楽しんだ───




「おい見ろよ、ケイト!川で泳いでいるバカがいるぞ。」

ジャックがおかしなことを言う。


「まさか。浅瀬で釣りをしてるだけでしょ?」

ノズ山岳から流れる地下水はフリーズ(氷魔法)並みに冷たい。私は勘違いだと思って受け流す。


「フ、フタバだ...川ではしゃいでいる...」

「は?」

私も川の方を見る。確かにフタバだ。寒中水泳をキメている。


「イカれてるわ...しかも服を着たまま...」

「と、止めるか?」

ジャックは困惑している。

「いや、見なかったことにしましょう。優しさは時に人を傷つけてしまう。あの子は後で私がほんのりフォローするわ!」



私はその日の夜、フタバの部屋を訪問した。

「フタバ。これは桶水と言ってね。体を洗うためにあるの。」

「う、うん?」


魔法や魔石を知らなかったもんね。ちょっと頭が弱い子なんだ。私が守ってあげなきゃ。

「桶水で体を洗う時には服を脱いでね。」

「え、でかい赤ちゃんか何かだと思われてる?」



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