10 ギルド長
冒険者ギルド内は人だかりができていた。依頼の張り出される掲示板の前で、即席パーティの募集や依頼主との打ち合わせが行われている。
ギルドに来てみたはいいが、どうやら一番いいタイミングは逃したみたいだ。
私は『視力<2倍>』で遠巻きから依頼を見ているが…
依頼の傾向は昨日と同じだ。募集条件はパーティを組むものが多い。秘密がある私とは相性が悪そうだな。
「フタバさん!ちょっといいですか?」
立ち去ろうとすると、受付嬢から声をかけられた。なんでもギルド長が私を呼んでいるらしい。
ギルド長から呼び出し。なぜ今、私に?
この街に数百人いるであろう冒険者を束ねるリーダーだ。そんな方が私に何の用だろうか。
昨日ギルドの登録証はもらったけど、後日面接をしたりするのかな。
私は自己PRを考えながらギルド長の執務室まで向かい、扉にノックをする。
「失礼します。期待の新人フタバです。趣味は動画に『高校生だけど、他に見てる奴いる?』と書き込むことです。特技は誰よりも早く『1コメ!』と書き込むことです。」
「ドアの前で何を言っているんだお前は…いいから入れ。」
立派な扉を開けてみると、年が20後半くらいの赤髪の女性が待っていた。背丈がスラリとしていて、とても綺麗な人だ。
この人が街の武闘派集団を束ねているのか。すごいギャップを感じる。
「まあ、座ってくれ。」
彼女は促すので、私は対面に座る。
どっこいしょ。
「少し話がしたかったので、お前がギルドに来たら呼ぶように指示したんだ。早速本題に入ろう。」
「あっ、はい。」
面接じゃないのかな。私は背筋を伸ばして話を聞く姿勢をとる。
「昨日の昼にジャックが喧嘩に勝ったと職員から聞いたんだ。相手はひどく酔っていたらしいから、まあそんなこともあるんだなと考えていた。」
「はあ。」
私は気のない返事をしてしまう。なぜそんな話するのかと。雑談か?
「夜にも同じ相手がジャックにリベンジマッチを仕掛けたそうだな。そいつは酔ったせいで負けたのを反省して、シラフで挑んだ。
しかし、ジャックは右ストレートをぬるりと躱し、強烈なアッパーカットをお見舞いした。…あのジャックがだぞ。」
…話が見えない。ギルド長は何が言いたい。
「お前、特殊な力を持ってるだろ。」
私は横転した。
その話を聞くだけでどうしてバレる。
「図星だな」
ギルド長はしたり顔だ。
「きっしょ、なんで分かるんですか?」
私はヤケになる。探りも入れずにここに呼び出したということは、確信があるのだろう。
「なに、簡単な推理だ。うちのギルド最弱のジャックがまともな喧嘩を出来るわけないんだよ。
そして、冒険者登録を受理させたばかりのお前がジャックに護衛の依頼を出していた。偶然にしては出来過ぎだろう。」
オイオイ、アイツはそこまで弱いのか。そして、推理にもまあ納得だ。
冒険者登録のGOサインはこの人が出していたから私の存在と繋がった訳か。
ギルド長は続ける。
「話を聞く限り、そうだな…バフ系のレア魔法だ。『速度強化』を無詠唱といった所か?」
おしい、使ったのは『行動時間<2倍>』 だ。そしてそれすら<2倍>の片鱗に過ぎない。
これは不幸中の幸いだ。そう勘違いしてもらった方がいい。
「…はい。そうです。『速度強化』で間違いありません。うぅっ…私がやりましたっ!」
私は犯罪を供述するかのように話す。カツ丼を食わせたくなるくらいの名演技だ。
このまま能力を偽装してやる。
「いや、まだ何か隠しているな。私も特殊な力を持ってるんだ。『嘘をついているか分かる』そういう力だ。」
「なにそれずるい。お手上げてすわ!」
「…ハッタリだよ。ということはやはり違うのか。」
や、やられたーッ!
「なんだろう、嘘つくのやめてもらっていいですか?」
「それはこっちのセリフだ。さあ、さっさとゲロった方がいいぞ。お前に駆け引きは無理だよ。」
あわわ。
私は冷や汗が止まらない。
マズイぞ。転生2日目で大ピンチだ。そして彼女は暗黒微笑を浮かべてこちらを見ている。
ちくしょ。馬鹿な私に心理戦は無理。
でも、このままギルド長にペースを握られると私は<2倍>の全貌を根掘り葉掘り調べられてしまう。
それは絶対に回避すべきことだ。
はっ!
そうだ、逆に考えるんだ…
木を隠すなら森の中。
力の一部を教えてしまってもいいと考えるんだ。
「クックック…バレてしまっては仕方ない。食らえっ!ギルド長!」
「なんだっ…!?」
私は彼女に両手をかざして『私とギルド長の行動時間<2倍>』と念じる。
瞬間、ギルド長は危害を受けると思ったのか正当防衛拳を繰り出してきた!
私に迫り来るギルド長のグー。
ギャーッ!待て待て待て‼
弁明する猶予もないので私は拳の衝撃に備える…がなにもしてこない。
彼女の拳は私の目で止まり、戸惑いはじめた。
扉越しに一階から冒険者の喧騒がゆっくりと聞こえている。その異変を察知したのだろう。
ギルド長はおもむろにペン取り出し、床に落とす。
当然ペンは落下する。ただし2分の1の速度で。
「……?」
彼女は困惑している。
すごいな、もう掴んだのか。
次にギルド長は窓から訓練場の方を眺める。
冒険者が走り込みをしている。ただし2分の1の速度で。
彼女の動揺が大きくなる。
「まさかッ…!お前の能力はッ!」
ほう、完全に気づいたか。
彼女は我が『世界』に『入門』したようだな。
そして私は口を開く。
「ようこそ…『私の世界』へ─────ッ!」
...
......
私は能力を解除してギルド長と席に着き直す。
彼女はゆっくりと腰をかけて呟く。
「思ったよりヤバいのが出てきたな。」
「えへへ、すごいでしょ。」
私の作戦は成功した。『行動時間<2倍>』は囮だ。
私は能力の一部を開示し、それが全てであるかのように見せたのだ。
速度強化かと思ったら時間延長だった。これはインパクトがあるぞ。
私にも痛手だが、これでギルド長は『一度に一つだけ、ありとあらゆるものを<2倍>にできる』のが本体なんて予測できないだろう。
そしてここから私のターンだ。
「ギルド長、こんなやべー能力持ってる私に介入すると面倒ごとに巻き込まれますよ。冒険者ギルドごと。」
そう、私はギルドのトップにゆすりをかけるのだ。これは捨て身の情報開示。お互い無事では済まない諸刃の剣だ。
「ああ、お前の秘密は隠蔽する。だが介入はさせてくないか?」
「介入って…何をする気です?」
「2日後の『定期掃討』に協力して欲しいんだ。元より今日はそのためにお前を呼んだ。」
「定期掃討?」
私の知らない単語だ。異世界特有の言葉だろうか?
「ああ、お前は新入りだから知らないのか。定期掃討は街付近の樹海から強い魔物だけを狩るんだ。」
何故そんなことを?私は首を傾げる。
「強力な魔物は樹海の奥にしか出てこないだろ。あれは我々ギルド職員や腕の立つ冒険者が調整しているんだ。そう言えば分かるか?」
「あー、強敵限定の湧き潰しですか。完全に理解しました。」
──強い魔物は樹海の奥にしかいない。
その生態系はずいぶんと冒険者に都合がいいと思っていたが人の手が入っていたのか。
「しかし、ギルド職員が強い魔物を倒せるんですか?」
私は当然の疑問をぶつける。
「何を言ってるんだ。ギルド職員はCランク以上の冒険者でないと就けない仕事だぞ。」
「まじですか。」
「ちなみに私はSランクだ。この国には3人しかいないぞ。」
「まじでございますか。」
「そんな訳で、2日後にお前の力を貸してくれ。最近魔物が増えてきて大変なんだ。勿論報酬は弾むぞ。」
ここでギルドのトップと繋がりを持てるのはメリットが大きい。
打ち合わせをしたところ、樹海ではギルド長が私を守ってくれるそうだ。やはり断る理由もない。
私は同意した後、部屋を退出しようとする。
「大事なことを聞き忘れていた。この力を他の誰かに教えたか?もしいたら私からもそいつに隠蔽を要請しておく。」
それはありがたいな。ちゃんと話しておこう。
「教えたのはギルド長だけです。能力をジャックに一瞬だけ使いましたが、私がやったとは気づいてないですね。それに走馬灯のようなものだと勘違いしていました。」
「まあ、ジャックならいいか。よし行っていいぞ。」
舐められすぎだろ、ジャック。