01 欲張りに天罰を!
何も無い真っ白な部屋。
そこに座り込んでいるのは、幼女を庇ってトラックに跳ねられた私である。
最初はこの状況に混乱したが、理解すればどうってことはない。
『異世界転生と共にチート能力1つをプレゼント。』死んだはずの私は、そんな既視感のあるシチュエーションに遭遇しているんだ。
こういうのはフィクションだけだと思っていたが...まさか現実にもあるとは驚いたね。
そして現在。
ワクワクが止まらない私は、チート能力がずらりと並んだ"転生特典パンフレット"に目を通している。この中から一つだけ選ぶとするなら......
「物をいくらでも持ち運べる<アイテムボックス>!!日常生活で便利だし、運搬の仕事を始めれば安定した稼ぎが手に入るなぁ。」
第二の人生は、中世レベルの文明を持つ世界と聞いている。地球と似た環境なら、大量の物資を馬車いらずで運べるというのは重宝されるのではないだろうか。
取りあえず、向かいに座っている相手──女神様に相談しよう。
「女神様。転生特典を<アイテムボックス>にしたいんですけど...どうでしょうか?」
「ふーむ、少々お待ちくださいね......」
彼女は金色の髪を揺らし、しばし考え込む仕草を見せる。
そして次の瞬間、にっこりと微笑んでこう言った。
「非力なあなたは、有力な貴族に攫われて"教育"されたのち、死ぬまで<アイテムボックス>を酷使される──そんな未来が見えました。」
こっわ。人の心とかないのだろうか。
思わずパンフレットを落としそうになる。
「人間なんてそんなもんですよ。奴隷制度に魔女狩り、異端審問......私の管理する世界でもよくあることです。」
頭を抱える私に対して、女神様は些細な問題であるかのように語る。
はぁ......この転生特典も駄目みたいだ。
既に私は、パンフレットに載っている<最強の肉体>や<魔法を全習得>あるいは<武器作成>...いろいろな異能に手を付けようとした。
しかし、向かいに座る女神様は"未来シミュレーション"とやらで、私の悲惨な末路を毎回教えてくる。
転生特典はどれを選んでも共通して、貴族や宗教家...すなわち権力者にバレると強引に囲われるらしい。
捕まればボロ雑巾のように酷使される。場合によっては強大な力を恐れて迫害されたり、殺されたりもするようだ。
なんとも物騒な話であるが、私は挫けない。慎重に吟味すれば、こんな状況も切り抜けられるチート能力が見つかるに違いない。
そう確信した私は、パンフレットの次のページを意気揚々とめくる。
パタン。
「今のページで最後ですよ。」
「おわァァァァァっ!!」
私はパンフレットを放り投げて、白い床を転げ回る。
「...床、ひんやりしていて気持ちいいですね。」
「はしたないですよ。」
女神様が呆れている。確かリーヴェとか名乗っていたか。
「"上野双葉"さん、どの転生特典にするかそろそろ決めませんか。いずれも魅力的で、迷う気持ちは分かりますけれど。」
「どれ選んでも詰むじゃないですか!何が悲しくて暴力と迫害たっぷりの来世を送らにゃならんのですかっ!?」
「それは、あくまで運が悪かった場合の話です。<最強の肉体>なら51%の確率で幸せに暮らせますよ。そう、あなたは全人類を滅ぼし、魔物を率いる女帝として世界に君臨できるのです!」
「私の身に何が起こるんですか⁉ あっ目を逸らさないでくださいよ!!」
──万策尽きた。
何を選んでも女神様が「それは不幸になりますよ」と言ってくる。
<アイテムボックス> 便利すぎて権力者に拉致コース。
<最強の肉体> 化け物扱いされて恐怖の象徴に。
<全魔法習得> 軍隊にぶち込まれて殺戮を強要される。
......強力なカードを一枚だけ握っても、リスクが大きすぎるんだ。
アホな私が異世界で生き抜くには、少なくとも二つ以上は必要だろう。
もし仮に、転生特典が二つあれば私でもやっていける気がする。
例えば......<最強の肉体>で悪意から身を守り、<全魔法習得>で人助けをする。
このビルドなら支配や迫害をされたりもしないはずだ。
まあ、これは机上の空論。転生特典は一つしか選べないのだから……いや、待てよ?
そもそも、選択肢を絞ろうとしていたのが間違いだったのではないか?
女神さまにゴネて、この要求を通してしまえばいい。
転生特典が1つしか選べないという制約自体を、ガン無視すればいい。
ズルいのは百も承知だが、こちとら来世がかかってるんだ。
思い立ったらが吉日──ッ! 早速交渉を始めるか───!!
「あの、女神様...転生特典を2倍にして頂くことは可能でしょうか?」
私は目をうるわせながら女神さまにすり寄る。
「なんですかその顔......。まあ、2倍くらいなら問題ないでしょう。承認します。」
まじか。
あっさり要求が通ってしまった。ダメ元であったが、言ってみるもんだね。
「ひゃっほい!ありがとうございますっ!」
「パンフレットにないものですので、私の特注ですよ。感謝なさい。」
え?なんか微妙に話が噛み合わない。パンフレットから2つ選びたいだけなんだけど。
とりあえず彼女の気が変わらないうちに話は進めよう。
「それじゃあ、お願いします...?」
「ふふっ、お任せください。」
女神様は一瞬、不穏な笑みを浮かべた。それを目撃して不安になった私は、先程のやりとりを振り返る。
何かおかしなことを言ってしまっただろうか?
確か『転生特典を2倍にして頂くことは可能でしょうか』と発言したはずだ。
「<2倍>という名にピッタリな異能を作ってあげます。少し待ってくださいね。」
...ん?
......あっ。
転生特典が<2倍>ってコト!?なんだ、<2倍>って。何が倍になってしまうんだ。
まずい、意味が間違って伝わっている。
女神様が何か詠唱を始めているが、きっと今なら間に合う。すぐに訂正せねば。
「すいませェん...先ほどの会話、内容に誤解があるんで無かったことに...」
「ズルはダメですよ♡」
彼女は即答する。どうやら私は罠にかかったようだ。
「あなたは『転生特典を2つ選ばせてくれ』と言うべきでしたね。まあ、その場合は当然却下しますが。」
「うっ...ありがたいご指摘です。」
「というわけで、欲張りなあなたの転生特典は<2倍>になりました。」
「そ、それは.....どんな能力ですか...?」
「『一度に一つだけ、あらゆるものを2倍にできる。』そういう力です。強く念じるだけで、発動と解除ができますよ。」
お、おお?
ゴミスキルに見せかけて、意外と使えそうな.....いや、やっぱり微妙なのか?
一度に一つしか倍にできないのは使いにくいし──
でも、太陽のサイズを倍にしたら?
跳ね上がった熱量で、世界を消し炭にできるのでは?
......こっわ。
いや、まさかな。流石にそんなわけないだろう。
そう考えていると女神さまは続ける。
「...上野双葉さん。あなたの第二の人生がどうか幸せなものでありますように。」
彼女は打って変わり、優しい笑みを浮かべている。
そして、私の両手を包むように握り、祈りはじめた。
この感覚、懐かしいな。お母さんが元気だった頃にしてくれたおまじないを思い出す。
仕方がない。
欲深く浅ましい私への、天罰と祈りである。どちらも甘んじて受け入れるか......
「それでは、行ってらっしゃい!」
いざ、<2倍>の異世界へ─────
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