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本物の強者

 俺はゆっくりと武器を構え、師匠の影と対峙する。

 

 そいつは俺の様子を伺うかのように微動だにしない。

 

 隙だらけに見えるが、実際には一分の隙もなく、むしろ少しでもこちらが隙を見せたなら、すぐさま切り捨てられるだろうという直感がある。


 これだ。これが師匠の圧だ。

 久しぶりに感じるプレッシャー。強者とはいったいどういう存在なのか、身体が思い出していく。


 だけど、自分のトラウマともいえる強者と対峙しているのにも関わらず、なぜか俺の気分は高揚していた。


 懐かしい感覚だ。

 初めて師匠と模擬訓練をした日を思い出す。


 あと一歩でも動けば、間合いに入るという距離。

 鼻先に感じる、ビリビリとした空気の振動。お互いの覇気が擦れ合う感覚。


 ニセモノとはいえ、強さは本物らしい。

 俺は全感覚を研ぎ澄ませ、その影を観察する。


 まずは弱点を探ってみる。

 ……いや、師匠にそんなものがあるとは思えないけど、やってみる価値はあるはずだ。


 影はゆらり、ゆらりと一定の間隔で身体を揺らしながら、俺の動きを観察している。あの動きのクセも、師匠と同じ。……全く、趣味の悪いダンジョンギミックだ。


 おそらく、このフロアに足を踏み入れた者が想像する強者が、影となって現れるのだろう。


 ……つまり俺の影が現れたってことは、心の中で俺は自分の強さを自画自賛しているってことになる……のか? ……普通に恥ずかしい。このことは黙っておこう。

 

「…………」


 意識を切り替えて影を観察する。


 ――ダメだ。

 やっぱり弱点らしい弱点は見当たらない。強いて言えば、利き手の逆にほんの少しの隙を感じるが、それすらも囮かもしれない。


 そして、しばらく観察して分かったことがある。

 この影は限りなく師匠に近い存在だけど、()()()()()()()()()でしかない、と。


 思い返してみれば、ダンジョンを進みながら感じていた気配も、師匠本人に比べればほんの少し弱かった。


 ほんのわずかな誤差。

 それが、俺にとっての一筋の光明だ。


「さて、お手並み拝見といきますか」


 このまま睨み合っていても埒が開かない。

 俺はこの影の攻略法を考える。


 師匠が得意とするのは、神速の『居合術』だ。

 その間合いは普通の居合に比べ尋常じゃないくらい広く、文字通り()()の剣だ。


 師匠の持つ、背の丈もある野太刀のような刀がその異常な間合いを可能にしている。

 

 あの刀が抜かれれば最後。立っていられるのはこの世に存在しないだろう。


 ――だがあえて、俺はその間合いに飛び込んだ。


「――ふッ!!」


 同時。

 師匠の刀が目にも止まらぬ速さで振り抜かれる。


 空間もろとも切り裂かんとするその凶刃を、俺は身を逸らせて寸前で回避する。


 はらりと前髪が舞う。後少しでも踏み込んでいたら、俺の首と胴体はおさらばしていただろう。


 ――リィィン……。


 鈴の音のような残響。

 師匠の刀はいつのまにか鞘に収まり、隙のない構えを見せていた。


 やっぱり、師匠の剣は凄いな。

 改めてそんなことを思う。


 俺が憧れた強さ。

 そしていつか超えたいと願う強さ。


 ――面白くなってきた。

 俺は怯むことなく、もう一度その刀の間合いに入る。


 回避。

 今度は前髪にもかすらなかった。


 間合いに。

 回避。

 ある程度剣筋が読めた。


 なるほど。

 やはりこの影は劣化コピーだ。

 決められた動きを繰り返すだけの、まるでプログラミングされたロボットのような存在らしい。


 つまり、動きや対応に変化がない、ということだ。

 これが師匠本人なら、間違いなく俺に攻撃を躱されたことを修正してくるはず。師匠に二度同じ行動は通用しないことは、過去の経験から知っている。……う、思い出したら気分が……。


 攻略の糸筋はここにありそうだ。

 影の動きと対応のパターンを一つずつ把握していけば、全ての行動を先読みすることが可能になるはず。


 とりあえず今分かったことは、間合いに入ると躊躇いなく首を狙ってくるということだ。


 とはいえ、俺は事前に師匠の居合の間合いを把握していたから回避ができたが、もしその情報がなければあっけなく死んでいたはずだ。だからこの攻略法ができるのは弟子である俺か、マリアさんくらいのものだろう。


 マリアさんは師匠についていって国外にいるはず。

 つまり、まぁ……この師匠の影は、俺が倒すしかないってことだ。


「この攻略記事はさすがに書けないな――」


 俺は踏み出し、間合いに入る。

 寸分の狂いもなく、同じ軌道を描く影の剣を躱し、さらにもう一歩踏み込む。


 今度は頭上から剣が迫る。

 俺は身を翻しそれを回避。ジャージが切り裂かれ、布の切れ端がはらりと舞う。


 もう一歩。

 逆袈裟の剣筋。回避。そのあと、一旦間合い外に退避する。


「――ふぅ……」


 今のやりとりで、間合いの中をほんの数センチほどだが進むことができた。


 こちらの間合いまで、あと2メートルほど。

 これを繰り返せば理論上、いつかは俺の間合いになるはず。


「なかなかのハードモードだな……」


 ま、それもいい。

 ここには俺と、こいつだけ。

 いくらでもやり合おうじゃないか。


 ……

 …………

 ………………。



 どのくらい経っただろうか。

 ほんの数分? それとも数時間?

 極限まで研ぎ澄まされた集中力は、いつしか時間の感覚すらも置き去りにしていた。


「……あと少し」

 

 数え切れないほどのやり取りの末、俺はあと一歩というところまで迫ることが出来ていた。


 お気に入りのジャージはもうボロボロで、見る影もない。幸い、攻撃を受けることはなかったから無傷ではあるけど、そろそろ俺の体力も限界が近い。


 一度、体勢を立て直すことも考えた。


 が、次にこのダンジョンにやってきた時にまた別の異常が発生する可能性を考えると、早めに決着をつけた方がいいという結論に至った。


 動きのパターンはほとんど把握することができた。

 そして俺の間合いに入るまで、250手ほどのやりとりが必要だということも。


「ホント……化け物すぎるだろ、師匠」


 もしこれが影ではなく本人だったなら、とっくに俺は死んでいるはず。劣化コピーで助かった。


 ま、死ぬまでに一度くらいは本気の師匠と手合わせしてみたいという気持ちもあるけど……それは()じゃない。


「今日だけは超えさせてもらいますよ、師匠……!」


 ――これが最後になるだろう一歩を、俺は踏み出した。

 

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