いつか超える壁
翌日。
俺は改めて神々の庭園の攻略を再開することにした。
荷物をまとめてダンジョンの入り口に向かう。
残るはあと10階層のみ。スムーズに進めば近日中に踏破できるだろう。だが油断は禁物。もしかしたらまたダンジョンに異変が起こっている可能性も捨てきれない。
シオンとカナデ、とカレンさんの三人も今日から《幻影の塔》の攻略を始める予定だと三人からメッセージが届いていた。
朝一番からそれに返信していたら、ニュースで三人についての報道が行われているところだった。
S級パーティの後を引き継ぐ形になったこともあり、世間の注目は大きいようだ。それに、三人とも有名人だしな。
特に、カレンさんについての注目度が高かったのが意外だった。どうやら本当にかなりの有名人らしい。いや、疑っていたわけではないんだけど、改めてテレビに映るカレンさんを見ていると「すごいなぁ」という小学生並みの感想しか出てこなかった。
なにせ、オーラがすごい。
そんな三人が一緒にいると、物語から飛び出してきたんじゃないかってくらいの存在感だ。オーラがありすぎて逆に現実感がないって、よくよく考えたら凄すぎる。
『タイチ、見てますかしら? 私たち、頑張りますわよ〜!』
『ちょ、カレンさん……!?』
『えっと、なんでもないです!』
……そんな爆弾発言に報道陣がざわつき、《SS級冒険者、水瀬カレンに恋人か!? 謎の人物『タイチ』とは――!!》と、さっそくネットニュースになっていたことは見なかったことにしておこう。
「さて……行くか」
入り口に立った俺は気持ちを切り替えて集中する。
今日はもういちど第九階層に行ってみるつもりだ。前回は俺の影が現れたけど、今回は違うかもしれない。
だいたいのモンスターなら勝てると思うけど、もし師匠の影なんかが出てきたらあんまり自信はないな……。まぁ、負けるつもりもないけど。
師匠にはたくさんお世話になってきたけど、探索者としてはライバルだと思っている。
憧れているだけじゃ、追い抜けない。
もし今回、《神々の庭園》を無事に攻略できたなら、師匠に真剣勝負を挑んでみるつもりだ。少しは認めてもらえるかな。いや、あの師匠のことだから認めてくれなさそうだな……。
そんなことを考えながらダンジョンに入る。相変わらず奥から感じる圧は変わらない。異常はまだ続いているみたいだな。
いつものように周囲を警戒しながら、集中を切らすことなく進んでいく。
「あいつは……」
しばらく進んでいくと、前回第三階層で現れた《グリームエンジェル》が現れた。
白と黒の体躯を持つそいつは、不気味に佇んでいる。
前回、第一階層には異常はなかったはずだけど、どうやらここにも影響が出てきているらしいな。
全体的にモンスターのレベルが上がっている……ということは、このダンジョンはSSS級を超えるダンジョンになったってわけか。
ふ、面白いじゃないか。俺には珍しく、胸の高鳴りを抑えきれない。こんな時に不謹慎かもしれないけど、やっぱり俺はダンジョン探索が好きなんだろうな。
◇
「びっくりしましたよカレンさん……。いきなり太一さんの名前を出すなんて」
「あら、なにか不都合が?」
「佐藤さんはあんまり目立ちたくないみたいですから」
「そ、そうでしたの? 申し訳ないことをしてしまいましたわ……」
「まぁ、そんなに心配しなくても怒ってはないと思いますよ?」
しょぼんと肩を落とすカレンさんをシオンと一緒に宥めながら、私たちは《幻影の塔》の入り口に向かう。
さっきまで取材をするために私たちを取り囲んでいたマスコミたちは、「これからダンジョンに向います」と告げたら意外なほどあっさりと帰っていった。
それほど《幻影の塔》の危険度は高いということだろう。あとは佐藤さんの功績も大きそう。ダンジョンの危険性はあの配信で世の中の知るところになったし、今では《ぼっちのダンジョン攻略記》の真偽を疑う人もほとんどいない。
聞いたところによると、ダンジョンでの事故率は大きく下がっているらしい。それもこれも、佐藤さんのおかげと言える。
強いだけじゃなくて、探索者としての知識と誇りを持っている佐藤さんは、いつしか私の憧れになっていた。昨日は、カレーも振るまってくれた(めちゃくちゃ美味しかった)し、料理まで一流とか隙がない。
とはいえ、佐藤さん本人はすごく親しみが持てる優しい人だ。なんとなく壁みたいなのを感じなくはないけど、その辺も他の男の人たちと違ってなんだか安心する。
元々男の人は苦手だったけど、芸能界で仕事を始めてからもっと苦手になってしまった。マサルみたいな人からしつこく言い寄られることも増えて、かなりストレスだった。
佐藤さんなら大歓迎なのに……。
そんなことを考えながら横を見ると、シオンと目が合った。
「どうしたのカナデ。なにか心配ごと?」
「……ううん、大丈夫。頑張ろうね、シオン」
「当たり前じゃん。太一さんの期待に添えないとね!」
満面の笑みでシオンが意気込んでいる。
私だけじゃなくてシオンも、佐藤さんに好意を持っていることは間違いない。色恋に疎い私だけどそれだけははっきりと分かる。
「ええ。私たちなら必ず成し遂げられますわ。見てくださいまし、このタイチからの激励のメール!」
「はいはい、もう何回も見ましたから」
「くっ……なんですのその余裕はっ!?」
「別に〜? 太一さんの手作りカレー、美味しかったなぁなんて思ってませんよ?」
「それですわ! 詳しく聞かせなさいまし!」
「え〜、どうしようかな〜」
そしてカレンさんも、おそらく佐藤さんに好意を抱いているはず。これはまぁ、誰が見ても分かるかな。
二人がライバル……なんて思いたくないけど、負けたくないという気持ちは本物だ。それは探索者としても、だ。
私なんかが二人に勝てるところなんてほとんどないけど……それでも、諦めたくない。
そうやって諦めては、後悔の連続だった。今は配信者としてそれなりに人気があるとは思うけど、これもシオンに誘われて始めたことだし。
でも、まずは《幻影の塔》の攻略が最優先。
これが終わったら、ご褒美をもらわないとね。




