継承の儀
翌日。
ゆっくり風呂に入り、ぐっすり寝て疲れを癒した俺は、朝から鳳凰院工房に向かった。今日はワクワクで少ししか寝れなかった。
誰もいない山道。朝露が降りた木々が俺を出迎える。
少し肌寒い。そろそろ季節が変わるのだろう。
「おはようございまーす」
「フッ……遅いではないか、佐藤」
「いや、まだ朝の7時ですけど」
いつものように挨拶をしながら工房の入り口を潜ると、漆黒のローブに身を包んだ鳳凰院さんが待ち構えていた。
その両手には何に使うのか分からない道具と、魔導書のような本が握られていた。いつもより気合が入っているな……。
「ついに完成したのだ……我の至高の一振りが……ククク……」
虚ろな表情でボソボソと呟いている鳳凰院さん。
よく見たら目元のクマがすごいな。それに髪の毛もボサボサだし。ちゃんと寝てるのか心配になってきた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ふ、当たり前だろう。ついてこい。この奥に貴様の待ち望んだ双刀がある。闇に包まれつつある世界を救うただ一つの武器だ……」
世界に入り込んだ鳳凰院さんの後を黙ってついていく。今日はいつになく絶好調だ。徹夜明けのハイ状態なのかもしれない。
闇に包まれつつある世界、か。
もしかしたら鳳凰院さんもダンジョンの異変に気付いているのだろうか。もしそうだとしたら、この武器は頼りになるな。
工房に入ると、黒い布が被せられているなにかが机の上に鎮座していた。あれが【ツヴァイ・ラーべ】だろうか。
くぅ。新しい武器が手に入る感覚。久しぶりだなぁ。
煉獄霧切丸はかなり長い間使ってきたから五年ぶりくらいだろうか?
「クックック……。刮目せよ! これが我の魂の一振りだッ!」
声と同時に布が取り去られる。
そこには、漆黒と真紅の短刀が置かれていた。
全ての光を吸い込みそうな黒。
一度見たら忘れられない鮮烈な赤。
これが俺の新しい武器。ツヴァイ・ラーべ。
見るだけで分かる。この二対の短刀が、いかに素晴らしい武器なのか。
ただ、意外にもシンプルな意匠だった。特徴的なのは色だけで、柄や刃は特に変わったところはない。
しいて変わった点を挙げるなら、刃にいくつか開けられた穴くらいだろうか。
「……素晴らしいです。鳳凰院さん、ありがとうございます」
「ふん、礼など要らぬ。ただこの武器を使いこなしてくれさえすればな……」
「はい。必ず使いこなして見せます」
「期待しているぞ」
「……持ってみても?」
「もちろんだ」
やたらと物々しい台座に置かれたツヴァイ・ラーべを手に取る。
「……すごい」
初めて持つというのに、まるで昔からずっと使っていた相棒のように手に馴染む。どうすればコイツを最も活かせるか、感覚で分かる。
「フハハ、なにせ我の最高傑作だからなァ……! これを超える武器は、この世には存在しないだろうよ」
本当にそうなんだろうと思えるくらい、この武器は素晴らしい。魂が歓喜に震える。
これがあれば……間違いなく神々の庭園を踏破できるはず。それがたとえ、異常が起こっているダンジョンであろうと。どれだけ強いモンスターが現れようと。
「……ありがとうございます、鳳凰院さん。こんな最高の武器を作ってくださって」
「我は我の成すべきことをしたまでよ。貴様ら探索者は常に命懸けだ。常在戦場と言ってもいい。だから我は、貴様のことを尊敬しているのだ」
普段は飄々としている鳳凰院さんの思いがけない言葉に胸が熱くなる。
鳳凰院さんなりに、俺たち探索者の力になりたいという思いがあるのだろう。その期待に、必ず応えないとな。
と、そこで俺は工房の外に人の気配があることに気づいた。足音が近づいてくる。
「おはようございまー……す? って、えぇ!?」
「シオン、どうしたの……って、さ、佐藤さん?」
現れたのはルナスターズの二人だった。
シオンは俺の顔を見て驚き、カナデもそれに続く。
「ど、どうしてここに佐藤さんが?」
それはこっちのセリフである。どうして二人がここに?
「フッ……我が二人を呼んだのだよ。ここで、継承の儀をするためになぁ……!」
そんな俺の疑問に答えるように、鳳凰院さんが説明をしてくれた。……が、全く何を言っているか理解できない。継承の儀?
「佐藤、煉獄霧切丸は持ってきたか?」
「ええ、はい」
昨日、鳳凰院さんから持ってくるように言われたから持ってきたけど、それがどうしたんだろう。
……いやまてよ。まさか。継承の儀ってそういうこと?
なんとなく察した俺は鳳凰院さんの方を見る。するとアイコンタクトを飛ばしてきた。
なるほど、そういうことか。
全てを理解した俺は口を開く。
「シオン、カナデ」
「はいっ」
「な、なんですか?」
突然名前を呼ばれて驚いている二人に向き直る。
そして俺は懐から煉獄霧切丸を取り出し、二人に差し出した。
「……これを二人に使って欲しいんだ」




