第7話 約束と告白
ここに二枚の映画チケットがある。企画部の神沢部長から頂いたものだ。
「これを俺にっすか?」
怪訝そうに目を丸くする鬼本に、僕は言ってやった。
「部長のお祖父様を一緒に案内して差し上げたろう。あのときのお礼だそうだ。君にも受け取る権利はあると思ってな」
「そっすか」
「それで……できれば次の休日、一緒に観に行かないか……?」
*
鬼本との初デート……ではなく、出かける日がやって来た。
当日まで悩んだ挙げ句、服装はニットとテーパードパンツ、足元はローファーでシンプルに決めた。浮かれていると思われるのも癪だからな。
待ち合わせに現れた鬼本の第一声。
「うわー、何かすげーシャレオツっすね」
褒められて悪い気はしない。だが僕は不満だった。当の鬼本がTシャツにチノパン、そしてスニーカーという手抜きコーデだったせいだ。
「こないだ着てたのと一緒じゃないかーッ!」
「サーセン。たまたまローテ被っちゃって」
それにしたって、少しはバリエーションを持たせるとかして来てもいいだろうに。僕はお洒落をしてもらう価値もない男なのか……?
「こうなったら、お望み通りコーディネートさせてもうからなっ!」
僕は鬼本を連れて服屋を回り、何パターンか着合わせを見繕ってやった。長身でスタイルがいいと何でも似合うのが、逆に困りものだ。本音を言うと、僕が全部自腹で買ってやりたかったが、流石にそれは引かれるので自重する。
最終的に鬼本が購入したのは上下二着ずつ。せっかくなので、店に断ってシャツだけ着替えさせてもらった。
「色々参考になりました。あざっす」
「初歩としては上出来だな。欲を言えばカジュアルにも合わせやすいジャケットなんかがあるといいが」
「んじゃ、それはまた今度っすね」
「あ、ああ……」
この誘い上手め! 僕の方から約束を取り付けようと思っていたのに、先手を取られてしまったではないか。
「どうかしましたか? 課長」
「いや……そうだ。その『課長』というのをやめてもらえないか? 今日はプライベートなのだし」
「丈士さん」
「ほぁああっ!?」何たる不意討ちか!「し、下の名前は……いきなり距離を詰めすぎだろう!」
「サーセン。じゃ、川原さんっすね」
「そ、それでいい」
この男と絡むと心臓が保たない。しかし、このままやられっぱなしでは僕の沽券に関わる。
「では、次に行こうか。遊太」
「ハハッ、何か親戚のおじさんみたいっすね」
「お、おじさんんん!?」
鬼本のカウンター攻撃に僕は撃沈した。素直に負けを認めようではないか……今日のところはな!
コインロッカーに荷物を預け、そのまま駅ビル内のドラッグストアに立ち寄る。
「服はいいとして、問題は髪だな。美容院など行っている余裕はないから、手短に済ますぞ」
ヘアバームを購入し、化粧室に移る。要領を得ない鬼本に、僕は使い方を指南してやった。
「適量を掬って、こんな風に……」
「え? どんな感じっすか?」
「だからなぁ……」
「川原さんがやってくださいよ」
何ッ!? 僕がやっていいのか!? 無料で!?
「わ、分かった……こう、こんな感じで……」
「あー、いいっすねー」
「…………。そ、そろそろ映画の時間だし、移動しようか……」
指先に残るふんわりとした感触が、ほのかな柑橘の香りとともに洗面台の下へ洗い流されていく。それを僕は名残り惜しく見送りながら、鏡に背を向けた。
僕たちが到着する頃には、映画館は多数の客で賑わい始めていた。
貰ったチケットは海外ダークファンタジーの話題作だ。ファンタジー漫画を描いている鬼本にとっては、おあつらえ向きといえる。
「配信まで待とうかと思ってたんすけど、すげーラッキーでした!」
珍しくハイテンションな鬼本の様子が微笑ましかった。上映中も少年のように瞳を輝かせているのを、僕は横目に眺めながら、満ち足りた気分に浸っていた。
部下に紹介してもらった居酒屋で、鶏料理に舌鼓を打つ。アルコールだけでなく、ソフトドリンクにも力を入れている今風の店だ。
「君もノンアルで構わないのか?」
「上司が車で来てるのに、俺だけ飲むわけにもいきませんし」
この男、意外と常識があるなと感心しつつ、やはり僕としても頼りになるところは見せておきたい。
「帰りは送って行こう。この間のコンビニの前でいいな?」
「あざっす」
コンビニの駐車場で車を停める。時間は夜七時を回っていた。
「それじゃ……僕はついでに買い物をしてから帰るよ」
「いちごプリンっすか?」
「なっ!? 何故それを……いや、今さらだな。鬼本君に隠し事はできないか」
助手席でぽかんとした面持ちを浮かべる鬼本を見ると、胸が痛んだ。
何故だろう、打ち明けるタイミングは今しかないと思い込んでしまった。
「君の……えくす☆でーもん先生の漫画を読ませてもらった」