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第5話 事実は物語よりも奇妙で

(お、『俺のものになれ』……だと…………!?)


 まさかとは思うが、このメモは鬼本(おにもと)から僕に対するメッセージなのか。


(わざわざパーカーのポケットに忍ばせるなんて、手の込んだ真似を……いや)


 それ以前に、何か違和感を覚える。あの男がこんな口調で僕に接してきたことがあっただろうか。

 落ち着いて、今一度メモの文面を読み返してみる。



 『あんたも素直じゃないな。いい加減俺のものになれよ、ユリウス卿』



(……え? 誰……?)


 よく見ると、その下にも走り書きがしてあった。



 『台詞と裏腹に悲しげな面持ち、場所:フルスヴァルト砦→ノイハウザー邸に変更』



  *



 一段落した後、僕はリビングのテーブルに置いたノートパソコンを立ち上げた。


(ユリウス……フルスヴァルト砦……ノイハウザー……と)


 メモに記された単語を並べて検索をかけてみる。

 結果は――一目(いちもく)(りょう)(ぜん)だった。


(これは……WEB漫画か……?)


 どうやらSNS上で連載しているファンタジー漫画のようだ。繊細な絵のタッチが目を引く作者の名前は――「えくす☆でーもん」。


(Ex-Demon……元・鬼……もしかしなくても鬼本(おにもと)本人じゃないか!)


 馬鹿正直だが誠実な騎士と、自由奔放だが情に厚い従者との冒険物語。身分の差、そして人間と獣人という種族の壁を越えて、二人の男は熱い友情を(はぐく)んでいくのだった。


(あの鬼本(おにもと)にこんな特技が……それに次の話、これは……)


 最新話手前の回がとりわけ反響で賑わっていた。それもそのはず。この回には、苦難を乗り越えた騎士と従者が口づけを交わすシーンが収められているのだ。


 読者の反応の中には、見憶えのあるコメントもあった。



 『とっても素敵なキスでした! 次が待ちきれません!』



(職場で見たメッセージはこれだったのか……)


 沢山の驚きが一挙に押し寄せてきた。鬼本(おにもと)が描く絵の綺麗さは勿論、人物造形や話作りの上手さ、そしてそれが男性同士のロマンスであったことも。


(あいつは……こんなにも色々なことを考えていたんだな)


 気持ちの整理が追い付かない。作品自体は勿論のこと、寄せられた感想に対する返信などを通じて、今まで知らなかった鬼本(おにもと)の人柄も見えてきた。



 『楽しみにしていただいて、こちらも励みになります』

 『初めての方ですよね。ご感想を頂きありがとうございます』

 『細かい部分までよく見てくださって、とても嬉しいです』



(普段のだらけた感じも捨て難いが、よそ行きの丁寧な態度もなかなかいいな……)


 鬼本(おにもと)はどんな顔をしてこの文章を書いているのだろう。想像するだけでほわほわと心が温かくなる。

 言っておくが、別にときめいたとかではない。あくまで親心というやつだ。


 そう、ちょうど物語の中で、堅物騎士が奔放な従者に世話を焼くような心境にも似ているだろうか。


(ああ……彼らにはどうか、幸せになってほしいな――)


 気が付けば、僕は休日の間中、鬼本(おにもと)の描いた漫画を夢中で読みふけっていた。



  *



 休み明け、洗濯済みのパーカーを鬼本(おにもと)に返したが、これといって態度に変化は(うかが)えない。

 こっそりポケットに戻しておいた、メモの存在にも言及しておくべきだったか。

 だが、鬼本(おにもと)の秘密を探ったことを自分から明かすのは、どうもばつが悪い気がしたのだ。


(せめて向こうから聞いてきてくれれば……それとも気付いていないのか?)


 メモにあった台詞のシーンは先月に投稿されている。少なくともそれより前に書かれたものだから、鬼本(おにもと)がとっくに忘れていても不思議はない。


 話すきっかけさえあれば――そう思う間に一日、また一日と時間は過ぎていくのだった。



  *



 このところ鬼本(おにもと)のことで頭がいっぱいだったせいで、車検の予約を入れるのをすっかり忘れていた。ディーラーに車を預けているので、今日は電車での通勤だ。


(つくづく調子が狂うな……鬼本(おにもと)の奴め……!)


 おっと、他人のせいにするなど僕らしくもない。今一度特務課長・川原(かわはら)(じょう)()として、気を引き締めて仕事に(のぞ)まねば。


 と、意気込んだ矢先にトラブルは舞い込んで来るのである。




「課長、き、緊急連絡です!」


 受話器を手にした女性社員が声を震わせる。


「どうした? 藤吉(ふじよし)さん」

「クレーム対応に向かった鬼本(おにもと)さんが、上司を呼ばないと帰らせないと(おど)されているそうです!」

「何ぃいい――っ!?」


 僕は思わず椅子から立ち上がっていた。

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