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11.未来を壊したのは

 転移した先のソファーには既に、わたしの父であるリバデイル公爵が座っていた。

 姿を現したのがわたし達だと気付くと立ち上がり、臣下の礼を執る。苦笑いをしているけれど驚いた様子はない。ここに転移してくるというのは、父とディートリヒ様の間で決められていた事なのかもしれない。


「レジエス殿下もご一緒だとは思いませんでした。レジエス殿下はこの城にいらっしゃったはずですが、どうして娘と一緒におられるのでしょう」

「エルミラが学院に来ていると聞いて、会いに行ったんだ。体調不良だというから見舞いに行きたいと言っても、公爵はずっとそれを拒み続けていただろう」

「娘は床に臥せっておりました故に、お迎え出来るような準備が出来なかったのです」

「はっ、どうだか」


 レジエス殿下は刺々しさを隠さずにいるけれど、父はそれを軽く流している。緊迫した空気が息苦しい。

 ふと、わたしの背を撫でる優しい温もりに気付いた。隣に立つディートリヒ様を見上げると、大丈夫だとばかりに微笑んでくれている。

 それが幼い頃の面影と重なって、こんな時だというのにほっと力が抜けてしまった。


 不意に、ノックもなく扉が開いた。

 入室したのは国王陛下と王妃様、それから文官と護衛騎士。わたしと父は深く頭を下げた。


「楽にして構わぬ。座ってくれ」


 国王陛下と王妃様がソファーに並んで座り、一人掛けの椅子には父が座った。レジエス殿下はわたしの元に来ようとしたけれど、陛下に示された一人掛けの椅子に腰を下ろす。

 わたしとディートリヒ様がソファーに座って隣り合うと、レジエス殿下が舌打ちをしたのが聞こえる。


 ここまで感情を出す人ではなかったのに。

 不思議に思うけれど、今はそれを気にしている場合ではない。背筋を伸ばして、国王陛下と王妃様へと顔を向けた。


「レジエスとエルミラ嬢の婚約は解消となった。エルミラ嬢には──」

「父上! わたしは婚約解消なんて認めません!」


 国王陛下の言葉を遮ったのは立ち上がったレジエス殿下だった。ぐっと握った拳には力が入っているのか白くなっている。


 国王陛下が目で合図をすると控えていた護衛騎士が、レジエス殿下を椅子に座らせる。それに従いながらも、殿下は椅子の肘置きを強く握り締めている。


「お前が認めているかはどうでもよいのだ」

「レジエス、これはあなたが招いた事なのですよ。どうしてあなたはエルミラ嬢を大事にしなかったのですか」

「何を言って……僕はエルミラを大事に……」

「していたと言い切れますか。学院でエルミラ嬢がどんな悪評に晒されていたのか、知らないわけではないでしょう」

「そんな悪評なんて大袈裟な……」


 王妃様は諭すように声を掛ける。

 先程とは打って変わって顔色を悪くした殿下は、何か言葉を探しているように視線を不規則に彷徨わせている。その視線がわたしに止まった事に気付いたけれど、わたしは殿下を見る事はしなかった。


「エルミラ、あなたは辛い思いをしていたわよね」

「はい。覆そうと努力はしましたが、どれだけわたしが言葉を紡いでも皆様が耳を傾けて下さる事はありませんでした。レジエス殿下にわたしはふさわしくないと、そう直接告げられた事も一度や二度ではありません。それも……レジエス殿下はご存知の事でしょう」


 王妃様の問い掛けに答えるわたしの声は、自分でも驚くほどに落ち着いていた。

 言いたい事がまとまらないのではないかと不安になっていたのも杞憂で、それは……わたしの隣にディートリヒ様が居てくれるからだって分かっている。

 もし何かあっても、きっとディートリヒ様は支えて下さると信じているから。


「それは……」

「わたしがユリアーナ様にそう告げられた後に、レジエス殿下はその場にいらっしゃいました。きっとどこかでご覧になっていたのではないでしょうか」

「僕は君が心配で……」

「レジエス殿下はわたしの味方だと、いつもそう仰ってくれますが……本当に味方になって下さっていたと、そう思えた事がないのです」


 ゆっくりとレジエス殿下に視線を向けると、わたしを真っ直ぐに見つめる緑の瞳と目があった。

 その瞳に映し出されるのは、怒りと焦り。それから──執着。


「だって、君が……君がひとりぼっちになったら、僕に縋ってくれるだろう……?」


 掠れた声で紡がれるのは、信じられない言葉だった。

 でもそれがきっと、レジエス殿下の本心だ。


 ディートリヒ様とお父様が怒りの気配を纏ったのが分かった。

 国王陛下は唖然としてレジエス殿下を見ているし、王妃様は頭を抱えている。


「エルミラがディートリヒの事を好きなのは知っていたさ。今もその気持ちが残っている事も。でもエルミラの婚約者はディートリヒじゃなくて僕だ。エルミラは僕だけを見つめて、僕だけが味方で、僕しかいない世界に居ればいいんだ」

「その結果、逃げられたんじゃざまあないな。その世界はお前の妄想で、エルミラはそんな事をこれっぽっちも望んじゃいない。そこに彼女の意思はない」


 ディートリヒ様が吐き捨てるように低い声で言い放つ。

 でもきっとレジエス殿下には響いていないのだろう。光を失くした虚ろな瞳は、わたしを見ているようで違う場所を覗き込んでいるようだった。


「陛下、娘の今後についてなのですが」


 空咳を繰り返して空気を変えた父の声に、陛下も我に返ったようだ。深い溜息をついてから、背後に控えていた文官へと目を向ける。それを受けた文官がテーブルの上に数枚の書類を並べていった。


「契約や事業云々はここでは省いても良いだろう。エルミラ嬢へ支払う慰謝料についても公爵と合意が取れている。エルミラ嬢の今後については……王家はエルミラ嬢の婚約について口を出さない事を約束する。それが国外であったとしても、王家はそれを支援しよう」

「ありがとうございます」


 一番懸念していた事はそれだった。

 わたしはこれまで妃教育を受けてきていた。深い所を学ぶのは実際に婚姻を済ませてからの予定だったけれど、王子の婚約者で妃教育を受けていたという事実は変わらない。

 レジエス殿下と破談になったからといって、そんなわたしが国外に嫁げるかは王家の承認を得なければならなかった。


 ほっとしてしまって、体から力が抜けそうになる。

 わたしとディートリヒ様は視線を重ねて、微笑みあった。ディートリヒ様も安心しているのが伝わってくる。


 そんなわたし達を見て、レジエス殿下が口を開いた。


「そんな表情、僕の前では見せなかった……。エルミラ、君はずっと……僕を裏切っていたんだ。やっぱり孤立させるなんて生温かった。君が僕以外頼るものがないようにしておけば良かった」


 この人は……本当にわたしの事が好きだったんだ。

 狂気を孕んだ言葉に、改めてそれを実感する。


「わたしは確かにディートリヒ様に想いを寄せておりました。でもレジエス殿下の婚約者となり、その想いに封をしていたのです。このような事がなければ、わたしはレジエス殿下と添い遂げたでしょう。燃え上がるような激しい恋はなくとも、愛を育んでいけたのではないかと、そう思っていたのです」

「レジエス、お前がその未来を壊したんだ」

「……僕が……」


 力無く背凭れに体を預けたレジエス殿下は、表情もなく宙を見つめていた。

 その目から溢れた涙が頬を伝って落ちていくけれど、それさえも気付いていないようだった。

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