3-9
ズキ。ズキズキ。
ズキ、ズキ、ズキ。ズキ。
あたまがいたい。
いたい。われるようにいたい。
「うう~………っ」
「イーヴィー、目は覚めた? 具合はどう?」
ちょっとでも動くと破裂しそうな頭を抱えてうめくと、ネリーの心配そうな声が聞こえた。
「あたまがいたい……」
薄目を開けて弱弱しく訴えると、はい、と何かが目の前に差し出された。
「お水とお薬よ」
「ありがとう……」
(あれ?)
水と粉薬の入った薬包をおぼつかない手つきで受け取りながら、何だかつい最近、似たようなことがあったように思う。
薬を飲んでしばらくじっとしていると、痛みは少しマシになったので、ベッドの上に起き直った。寝台の横に置かれた椅子に座る親友の姿を目に収めて、改めて首を傾げる。
「……あれ? なんでネリーがうちにいるの?」
「ちがうわ、イーヴィー。ここは私のおうちのお客様用の寝室よ。昨日はうちに泊ったのよ、憶えてない?」
言われてみれば、部屋の調度に全く見覚えがない。でもなぜネリーの家に泊ったのだろう。
「憶えてないわ……、えっと、ちょっと待って……」
まだ朦朧とする頭で、イーヴィーは必死に昨夜の記憶をさらった。
「昨日はコンセット家の音楽会に行ったのよね? それで休憩時間にレディ・リンジーたちと話して、……それから――」
(やだ、真っ白)
なんにも憶えてない。ペンキで塗りつぶしたように、談話室に行ってからの記憶がきれいさっぱり消えている。
「それで、なんでわたし、ネリーの家に泊ることになったの?」
「ベリオル卿に頼まれたのよ」
「アーサーにっ? なんでっ?」
がばりっ、と起き直ろうとして、「あたたたぁ~!」と頭を抱えて突っ伏す。頭をカナヅチでたたかれたみたいな痛みが頭蓋内を反響する。
「休憩時間が終わっても、あなたは席に戻って来なかったのよ。それで心配していたら、演奏が終わってから使いの人に談話室に呼び出されたの。何事かと思ったわ。だって行ってみたら、ぐっすり眠っているあなたの横に、ベリオル卿が付き添っているんですもの」
心配したという割には、ネリーの語り口はやけにうきうきしている。
「それでね、お酒が回ってしまったあなたを、うちに泊めてほしいってお願いされたの。あの状態のあなたをトムソン夫人に見られたら、あなたが後でお目玉だし、彼が家に送り届けたら、それはそれで騒ぎになるからって」
父の叔母のトムソン夫人は、イーヴィーの昨夜の監督者で、お小言が長寿と健康の秘訣と言ってはばからないうるさがただ。
「わたし、そんなに酔っぱらっていたの……」
確認するまでもなく、この二日酔いが動かぬ証拠だ。
「きっと体調が良くなかったのね。だからお酒が回ってしまったんだわ」
気の毒そうにネリーは眉をひそめた。
「トムソン夫人には、あなたと話が弾んでしまったからうちに泊ってもらったことにしてあるわ」
「た、助かったわ……。本当にありがとう、ネリー」
ほーっと安堵のため息を漏らして、イーヴィーは心の底からお礼を言った。トムソン大叔母に昨夜の醜態がばれていたら、確実に今日一日は彼女のお説教の餌食になっていた。
「お礼なら、ベリオル卿に申し上げた方がいいわ。あなたを介抱なさったのも、うちまで馬車で送り届けて下さったのも彼ですもの」
「え………?」
凍りついたように動きを止めたイーヴィーに、ネリーが悪意のない追い打ちをかける。
「意識のないあなたを抱き上げて馬車に乗せたのも、うちに到着してから、寝室まで運んで下さったのも彼よ。まるで、あなたに触れていいのは自分だけだ、とおっしゃりたいような態度だったわ」
「ひゃ―――――――――――――っ!」
奇声を上げて、イーヴィーは頭から枕に突っ込んだ。ばふっ、と空中に羽根が舞う。
「馬車の中でも、大事そうにあなたの頭を膝の上に乗せてらしたのよ」
うふふ、と笑ってネリーはとどめを刺した。
(ひ、ひざまくら? わたしったら、アーサーにひざまくらされたの?)
「いや―――っ! もうだめっ! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎて頭が爆発する――っ!」
「頭が爆発しそうなのは、お酒が残っているからじゃなくて?」
おっとりとした声で冷静に指摘されても、枕を抱えて悶絶するイーヴィーには、反論する余裕などなかった。
前回は猫姿だったから、まだしも水に流せたけれど――。
やってしまった。またもやってしまった。今度はれっきとした人間の姿で、彼に抱きかかえられてしまった。おまけに、またもや酔態。
「もう……ダメ! 恥ずかしくて耐えられない………、ネリー、どっかに穴ない?」
「ごめんなさい、あなたが隠れられるサイズの穴は、うちの庭にはないわ」
「それなら掘る………」
そして地中深くもぐって、来年の春あたりまで出て来ないことにする。
「もう、タヌキみたいに隠れなくっても良くてよ、イーヴィー。ベリオル卿は怒っていらっしゃらないわ。そうそう、言伝もお預かりしてたんだったわ」
がまんしきれずにころころと笑い出したネリーに、イーヴィーは涙目ですがりついた。
「な、なんて? アーサーはなんてっ?」
「ええとね、ちょっと待ってね……」と、眉根を寄せたネリーは首をかしげている。
(まさか、『あなたにはあきれて言葉もありません』とか? ああ……っ、だめっ! 立ち直れそうにない……っ!)
想像だけで討ち死にしそうだ。絶望に震えるイーヴィーをよそに、ゆっくりと考え込んでいたネリーは、「そうそう」と両手の指先を合わせると、嬉しそうに口を開いた。
「こうだったわ――『不可抗力だったことは分かっていますから、どうかお気に病まないで下さい』って。お優しい方ね」
不可抗力でも、彼に二度も醜態をさらした事実には何ら変わりはない。
「もう彼に見せる顔がないわ……」
「心配しないで。ベリオル卿はああおっしゃってるし、それに昨晩の彼は、とっても楽しそうだったわ」
「なっ、なんでっ?」
何か失笑を買うような奇行を彼の前でしでかしたのだろうか。
「それは私にはわからないわ。彼にたずねてみたら?」
「そんなことしたら、顔から出火してドレスが燃えちゃう……!」
すでに燃え尽きて灰になったような顔色で、イーヴィーは嘆きの叫びを上げた。
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