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3-5

「あ、いいわよマーサ、わたしが出るわ。きっとベリオル卿(ロード・ベリオル)だもの」

 キンコン、と鳴った呼び鈴の音に、応対に出ようとしたメイド(ハウスキーパー)を引きとめると、イーヴィーは玄関ホールに向かった。

 今日はアーサーを午後の(アフタヌーン)お茶(ティー)に招待してある。自分の手でドアを開けるなんて、お嬢さまにあるまじき振る舞いだけれど、なんとなくイーヴィーは、自分がそうやって出迎えると、彼が喜んでくれそうな気がしていた。

(準備よぉーし!)

 ホールの鏡で身だしなみの最終点検をすると、笑顔で玄関の扉を開いた。

「あ、あら、マーティン?」

 勢い込んで開けたのに、そこにいたのはジェシーの家で従僕をつとめる青年だった。

「こんにちは、ミス・パクストン!」

 威勢良く一礼すると、マーティンは手にしていた、やたらと大きな花束を差し出された。

「どうぞ! ジョサイア坊ちゃんからお届けものです」

「あらそう……」

 拍子抜けした声でイーヴィーが受け取ると、彼は「ではっ!」と再び礼をしてきびすを返して立ち去った。

 花束の色は、深紅。中にはカードが挟まれていた。


『イーヴィーへ

 この間の夜会でうちの薔薇の話が出たから、家に顔を出したついでに、咲いていたやつを送っておく。ミス・エルマーとでも一緒に楽しんでくれ。そのうち本当に遊びにこいよ。

ジョサイア』


「ジェシーったら、ぜんっぜん学習してない……」

 メッセージを一読したイーヴィーは、あきれたように小さく息をついた。

「こんな真っ赤な薔薇、意味、分かってるのかしら?」

 情熱的な赤の薔薇なんて、求愛限定の花だ。

 いやいや、と首を振ったイーヴィーは考えを改めた。きっと彼は意味をよく分かっている。だから花がこっちに来ちゃうのだ。

「まあったく、分かりやすいんだか分かりにくいんだか……」

 ひとまずメイドを呼んで、ティールームにでも活けてもらうように指示しようとしていたら、再び呼び鈴が鳴った。

「こんにちは、ミス・パクストン。少し遅くなってすみません」

 花束片手にまごまごしている内に、さっさとマーサが開けた扉を通って、アーサーが玄関ホールに姿を現した。自分が出迎えるつもりだったのに、と思うとジェシーの間の悪さを恨みたくなる。

アーサーは、イーヴィーがやや雑にサイドボードの上に放り出した花束を目にすると、意外そうに眉を上げた。

「おや、見事な薔薇ですね」

「ですよね、アー…、いえベリオル卿(ロード・ベリオル)。ちょうど今、ジェシーから届いたんです」

「……そうですか。それは良かったですね」

(あれ? 不機嫌?)

 にこやかに答えた彼の声は、心なしかいつもより平坦だった。

 アーサーの帽子とステッキを受け取って引き下がろうとしていたマーサが、その時イーヴィーに向かってしかめっ面で首を横に振ってみせた。ジェシーの花束とアーサーに関係することのようだけれど、彼女がジェスチャーで何を伝えようとしていたのかまでは理解できなかった。

「キャンベル大尉はお元気ですか?」

「ええ、元気すぎて困っちゃうくらい」

「そうですか」

 アーサーは短く答えただけだった。やっぱり虫の居所が悪いのだろうか。あまり気にしても仕方ないので、イーヴィーは話を変えた。自然と、悪戯っぽい笑みが浮かんでしまう。

「ベリオル卿、今日のお茶に関わるリスクについて、あらかじめに警告しておいてもよろしいですか?」

「どのような危険があるのですか?」

 大きく息を吸い込んで、イーヴィーは真剣な顔で答えた。

「今日のショートブレッドなんですけど、わたしが作ったんです。ですから覚悟なさった上で手をのばして下さいね」

「あなたもご存じのように、僕は冒険好きな男ですよ」

 ぱっと破顔して答えたアーサーは、もう不機嫌なようには見えなかった。


「配達間違い?」

「ええと、実際に配達間違いというわけではなくてですね、行くべきところに行かなかった、というのが適切な表現だと思います」

(ああ、我ながら、なんてウソくさい弁解……)

 自分の家なのに、まるで居候でもしているような居心地の悪さを感じながら、イーヴィーはジェシーの花束のどこがどう間違っているのかを説明しようと悪戦苦闘していた。

 庭に向いたサロンでアーサーとお茶をしていたところ、新米メイドのルースが、先ほどの薔薇を花瓶に入れて持ってきた。二階の自分の私室に持っていってほしいと指示したのだけれど、部屋を間違えたのだ。十三歳のルースは今月仕事を始めたばかりだから、こういう失敗をするのも仕方がないと思う。

(とにかくマーサには、ルースを叱りすぎちゃダメって後で言っておかないと。でないと、ルースがまた泣いちゃう……)

 来客中のサロンに入ってしまったと気づいた時点で、彼女は自分のしでかした粗相にすでに涙ぐんでいたし。

 困ったことに、赤い薔薇が視界に入った途端、アーサーの機嫌がまた悪くなった。最初は、パクストン家の使用人の教育不足にあきれているのか、と肝を冷やしたイーヴィーだったのだけれど、途中でどうも原因は花束そのものにあるようだと悟った。

(赤い薔薇の花束を、意味も分からずに受け取るようなバカ娘に思われてる……?)

 軽率で無教養な行動を目の前で見せられれば、それは不愉快に思うだろう。腑に落ちたイーヴィーは、彼の誤解を解くべく事情を説明し始めたのだけれど、ことは非常にデリケートな問題に関わるので、まるで誤魔化すような曖昧な言葉しか並べられない。

 そして、それを聞かされるアーサーはますます憮然とする、という悪循環を先ほどからぐるぐるとたどっている。もちろん彼は、露骨に不愉快そうな顔を見せるような不作法はしない。それでも口数が減っているので、どうしても分かってしまうけれど。

「えーと、もう少しショートブレッドはいかがですか?」

 話の接ぎ穂に窮して、イーヴィーは自作のショートブレッドが並んだ皿をアーサーに差し出した。

 自分で言うのもなんだが、お砂糖の案配もサクサクとした歯触りも、我ながら上々の出来栄えだと思う。昨日ショートブレッドを焼くと言い出したイーヴィーを、マーサはいつも通り台所からつまみ出そうとしたが、意外にもパクストン夫人が強く賛意を示した。

『家庭的な面を見せるのは好印象だと思いますよ』

 そう言ってイーヴィーの母親は深くうなずいたのだ。全く家事というものをしない上流貴族の女性とは違う、親しみやすくて温かい側面をアピールしなさい、ということらしい。

(別にそういう下心があって作ったわけじゃないんだけど)

 イーヴィーが手作りしたもので、彼が最初に味わったのがハーブティーだったということが、彼女としては不本意だっただけだ。食材を切ったり刻んだりは苦手だけれど、小麦粉を使ったレシピなら、素人にしては上手な方だと自認しているのだ。

「いただきます。こんな素敵な特技があったんですね。本当に美味しいですよ」

 今度は本物の笑顔で、アーサーが手をのばしかけた時――。

(あ、またこの感じ……!)

 おぼえのある気配に、イーヴィーは身を固くした。ずん、と空気が重くなった。

「…………!」

「アーサー!」

 ふらり、と上体を揺らがせた彼の姿に、イーヴィーは乱暴に皿をテーブルに戻すと、床にひざをついて彼の顔をのぞきこんだ。

「………っ、大丈夫です。もう治まりかけていますから……」

 肩で荒く息を継ぎながら、アーサーは弱く笑ってみせた。

「いいから、タイをゆるめて! お水を持って来ましょうか?」

「本当にもう大丈夫です。軽い発作だったみたいです」

 肩に置かれたイーヴィーの手を取ってそう答えた彼は、まだ顔色は青かったけれど、確かに回復のきざしがあった。

「でも………」

 彼の手は氷のように冷たい。

「ちょっとした揺り戻しです。あなたのお茶のお陰で、大分良くなったんですよ」

「良くなってるなんて、こんなで、うそでしょう……」

「本当ですよ。これは久しぶりの発作だったんですからね」

 イーヴィーの心配を封じるようににっこりと笑うと、アーサーは体を起こした。

「すみません、体が冷えてしまったようなので、お茶をもう少しいただけますか?」

「え、ええ、もちろん」

 話をそらすために彼がそう言ったと分かっていても、イーヴィーには、唇を噛んでお茶を注ぐ以外にできることがなかった。それがもどかしくて、腹立たしくてたまらなかった。


読んでいただきありがとうございます。

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