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3-4

「ねえイーヴィー、ヤかなかった?」

 お茶の支度が整うなり、ネリーはそんな質問をぶつけてきた。

「え? 何よ、いきなり」

 イーヴィーがきょとんとしていると、ふふ、と訳知り顔の笑みを見せた。

「マダム・ウィロウの舞踏会の時のことよ。わたしがベリオル卿(ロード・ベリオル)とダンスをした時、あなた、ヤいたんじゃない?」

「ヤくって、ヤキモチ?」

「そうよ、そのおモチ」

「やっだ、ネリー、面白い~! ――ううん、全然よ」

 吹き出しながらイーヴィーは頭をふった。だって、自分はそれどころじゃなかったから。

「あら、残念」とため息をついたネリーに、今度はイーヴィーが踏み込んでみた。

「そんなことを言ってないで、ネリーこそ彼に興味があるんじゃないの?」

 ネリーが笑顔で誰かとダンスをするところなんて、それこそ一月ぶりにお目にかかった。それも、彼女が積極的に行動を起こすほどのことなのだから、よっぽどに違いない。ここは気合いを入れて応援しないと――。

 そう決心を固めてたというのに、ネリーはコロコロ笑って、あっさりと首を横に振った。

「ちがうわよ。私がベリオル卿をお誘いしたのは、彼がとっても面白くなさそうだったからよ。理由はわかるわよね?」

「わたしに分かるような理由なの?」

「ええ、そうよ」

「???」

 トンチンカンな彫刻家が作った銅像のように、あさっての方向に首をひねる親友に、「それじゃ質問を変えるわね」とネリーは助け船を出した。

「あなたがあの時ダンスをご一緒していたのは、どなただったかしら?」

 その言葉に、がば、とイーヴィーは顔を上げた。

「まさか、もしかして、わたしがジェシーとダンスしたから……って言いたいの?」

「ええ、そうよ」

「うそぉ――――っ!」

 すっとんきょうな声がエルマー家の瀟洒な談話室に響いた。

「うそでしょ、ネリー。だからアーサー、じゃなくてベリオル卿をダンスに誘ったの?」

「そうよ。ちょっと悪戯がしたくなって。ベリオル卿には、『後で首尾を聞かせて下さい』ってお願いされたわ」

 うふ、と茶目っ気たっぷりに笑うネリーには、何かを誤魔化している様子はない。

「なぁんだぁ……。もう、色々考えちゃったじゃないの……」

 がくっ、と肩を落としてイーヴィーはうめいた。

(紛らわしいわよ、もう~、ネリーもアーサーも……)

 アーサーは遊び慣れた社交家(ソシアライト)だから、そんな悪戯なんて、ワルツのターンを決めるくらいの気軽さでやってのけちゃうのだろうけど。

(振り回されるこっちの身にもなってほしいわ!)

 心の中で、彼に向かってこぶしを振り上げておく。現実の彼にそんなことできないから。

「それで、何をイロイロ考えちゃったの? イーヴィー」

「うん……。ネリーはベリオル卿のことが好きなのかなとか、それならどうやって出会い(ランデブー)をお膳立てすればいいのかな、とか。もう、切ないくらい頭を絞っちゃったわよ……」

「まあ、ありがとう、イーヴィー。でも心配ご無用よ。だって彼はあなたにご執心よ?」

「ネリー! もうこの際だから教えちゃうわ!」

 ぴっと座り直すと、イーヴィーは宣言した。気がかりが取り越し苦労と判明したからか、舌の動きもやたらと軽い。

(あれ? なんでこんなにホッとしてるの、わたし?)

 安堵している自分を不思議に思ったけれど、それより今こそが白状のチャンス、と気持ちを切り替えてカウチから立ち上がる。

「ベリオル卿がわたしにかまうのは、純粋な好奇心からよ。いーい? よく見てて!」

 勢いよく言い放つと、イーヴィーはその場で、くるくるくる、と三度回った。

「まあ!」

 まんまるくなったネリーのオリーブグリーンの目を見上げて大きくうなずくと、イーヴィーは黒猫の姿から人の姿に戻った。

「ネリーだから教えちゃうけど、わたしね、魔法が使えるようになったの。それをたまたまアーサーに知られて、それで彼と時々お話をするようになったの」

 悪い夢のことは彼のプライバシーだから、自分の胸に収めておくことにした。

「そうだったの……」

 二人の関係が思っていたほどロマンチックではなかったことが、ネリーは大層残念そうだ。けれどもじきに気を取り直したのか、目をキラッとさせると、身を乗り出した。

「ねえねえ、魔法って、他にはどんなことができるの?」

「えっとね、後は色々、お薬とか作れるわ」

 えへん、とちょっと得意げにイーヴィーは鼻の頭をこすった。

「お薬? まさか、どなたかご病気なの?」

 一転して眉根を寄せたネリーに、彼女がイーヴィーの家族を心配をしていることがわかったので、急いで笑顔で首をふった。

「あ、ちがうわ。病気とかじゃなくって、夢見が悪かったり眠れなかったりする時に効くお茶とかが作れるの」

「ハーブティーみたいなもの?」

「そうよ。それにちょこっとだけ魔法をかけるの。そうするとね、とっても良く効くようになるのよ」

 アーサーの笑顔が脳裏にまた浮かんだ。社交の場で彼が見せる華やかで優雅な笑顔ではなく、中国庭園(チャイニーズガーデン)で二人きりだった時に彼が見せた、気だるげで、少し頼りなげな微笑みが。

煎じ茶(ティザーヌ)、飲んでくれたかしら?)

 彼は教養も人生経験も豊富な大人の男の人だから、イーヴィーみたいな小娘は、彼のちょっとした遊び心から出た言動にも大きくふりまわされてしまう。だけれど彼の本質は、聡明で優しい、本当の紳士だ。

 それにほんのちょっと、甘えん坊かもしれない。先日の別れ際のキスを思い出して、イーヴィーは付け加えた。

(効いてるといいな……。ううん、効いていますように……)

 イーヴィーの怪しげな魔術を笑顔で受け入れてくれた彼のために、心の中で祈った。


読んでいただきありがとうございます。

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