2-7
「ベリオル卿は男前だよなぁ」
「な、なに? どうしたの、いきなり」
踊り始めてからも、アーサーとネリーの不可解な行動のことばかりを考えていたので、頭の中を見透かしたようなジェシーの発言に、イーヴィーは思わず彼の足をぎゅうっ、と踏んでしまった。なのにジェシーは気づいていないのか、はあ、と切なげな顔で深いため息をついた。
「いや、社交慣れしてるし、女性に優しいしさ。たいがいの女の子は彼に夢中になるんじゃないかって、思って、な……」
言い進むにつれて、彼の表情はどんよりと暗くなっていった。
「何落ち込んでるのよ。あなただってかっこいいわよ?」
昔はお豆の苗みたいにひょろりと背ばかり高かったジェシーだけれど、今は連隊での訓練のおかげか、肩幅も広くなってがっしりとしている。
「とっても頼もしそうだし、制服も似合ってるわよ?」
「イーヴィー、おまえって優しいよな……」
しみじみと言われて、イーヴィーは噴き出した。
「え――? 何言ってんの。大切な人に優しくするのは当たり前でしょ?」
「おまえなぁ……」
はあ――っ、と再び盛大なため息をついてから、ジェシーは真面目な顔になった。
「そんな殺し文句、それこそ大切な時まで取っておけ」
「へ?」
「『大切な人』なんて台詞、こんなところでそうそう使うもんじゃないぞ、特に男相手に、な。妙な誤解をされるぞ?」
「そうなの? 気をつけるわ。あ、でもジェシーが大切な人なのは変わらないからね」
「おいイーヴィー、おまえ、ぜんっぜん話聞いてないだろ」
「ミス・パクストン」
まるでわかってないじゃないか、と言いたげな仏頂面の後ろから、優雅な笑顔でアーサーが声をかけてきた。ちょうど曲が終わったところで、彼もネリーと連れ立って壁際の椅子が置いてあるところに向かっていた。
「なにやら刺激的な会話ですね?」
「とんでもない。わたしの言葉遣いに問題がある、ってジェシーにお説教されてたんです」
イーヴィーが頬をふくらませると、アーサーはくすりと笑った。
「問題ですか? そうは思えませんけれど」
「うーん、言葉遣いそのものっていうより、その中身に問題があるみたいで……」
「そこまでわかっていて、なんで何が問題なのかわからないんだ?」
「そういうのを『天然』って呼ぶんですわ、キャンベル大尉」
「あ、わ、ミス・エルマー! さようであります!」
突如上官が現れたみたいに直立不動になったジェシーは放っておいて、イーヴィーは眉間に皺を寄せた。
「なにそれ? わたしのどこが天然なの? ネリー」
「まあ。どこがどう、と指摘できないから天然って言うのよ」
「的確な定義ですね、ミス・エルマー」
ネリーを肘掛椅子の一つに座らせると、アーサーは、「あなたと踊れて光栄でした」と腰を折って、彼女の手に軽く口づけた。
(うーん、たしかにハンサム!)
だから『女の子は彼に夢中』――と。先ほどのジェシーの寸評を思い返しつつ、アーサーを鑑賞していると、彼が近づいてきた。
(え? あれ?)
そろそろ他の参加者のところへ移動するかと思いきや、彼はイーヴィーの前に立つと、右手を差し出してきた。
「ミス・パクストン。次の曲をお相手願えますか?」
「またわたしでいいんですか?」
「お願いしているのは僕の方ですよ」
自分の記憶が確かなら、今晩アーサーと踊るのはこれで四度目だ。別に続けて踊っているわけじゃないから、舞踏会の礼儀作法に反しているわけじゃないけれど、さすがに多くはないだろうか。彼のようにつきあいの広い人なら、他にもダンスに誘うべき令嬢はごまんといるはずだし、そろそろ遠慮したほうがいいかもしれない。
イーヴィーが迷っていると、アーサーはくすりと笑った。
「足を踏まないよう、細心の注意を払うと約束しますから」
「あなたがステップを間違えるわけないでしょう、ベリオル卿」
「見とれてしまうような女性が目前にいる時は、僕もその限りではありませんよ」
「またまたぁ……」
くすくす笑い出したイーヴィーの右手は、いつのまにか彼に取られていた。
アーサーとのダンスは、他のパートナーと踊る時とはちがって大層緊張するけれど、リードがすごく上手だから、有頂天になって足がもつれても、きっと転んだりしない。そんな、とっても安心してドキドキできる相手だからと、イーヴィーは胸を弾ませて四度目のワルツに身を任せた。
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