表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/43

2-7

ベリオル卿(ロード・ベリオル)は男前だよなぁ」

「な、なに? どうしたの、いきなり」

 踊り始めてからも、アーサーとネリーの不可解な行動のことばかりを考えていたので、頭の中を見透かしたようなジェシーの発言に、イーヴィーは思わず彼の足をぎゅうっ、と踏んでしまった。なのにジェシーは気づいていないのか、はあ、と切なげな顔で深いため息をついた。

「いや、社交慣れしてるし、女性に優しいしさ。たいがいの女の子は彼に夢中になるんじゃないかって、思って、な……」

 言い進むにつれて、彼の表情はどんよりと暗くなっていった。

「何落ち込んでるのよ。あなただってかっこいいわよ?」

 昔はお豆の苗みたいにひょろりと背ばかり高かったジェシーだけれど、今は連隊での訓練のおかげか、肩幅も広くなってがっしりとしている。

「とっても頼もしそうだし、制服も似合ってるわよ?」

「イーヴィー、おまえって優しいよな……」

 しみじみと言われて、イーヴィーは噴き出した。

「え――? 何言ってんの。大切な人に優しくするのは当たり前でしょ?」

「おまえなぁ……」

 はあ――っ、と再び盛大なため息をついてから、ジェシーは真面目な顔になった。

「そんな殺し文句、それこそ大切な時まで取っておけ」

「へ?」

「『大切な人』なんて台詞、こんなところでそうそう使うもんじゃないぞ、特に男相手に、な。妙な誤解をされるぞ?」

「そうなの? 気をつけるわ。あ、でもジェシーが大切な人なのは変わらないからね」

「おいイーヴィー、おまえ、ぜんっぜん話聞いてないだろ」

「ミス・パクストン」

 まるでわかってないじゃないか、と言いたげな仏頂面の後ろから、優雅な笑顔でアーサーが声をかけてきた。ちょうど曲が終わったところで、彼もネリーと連れ立って壁際の椅子が置いてあるところに向かっていた。

「なにやら刺激的な会話ですね?」

「とんでもない。わたしの言葉遣いに問題がある、ってジェシーにお説教されてたんです」

 イーヴィーが頬をふくらませると、アーサーはくすりと笑った。

「問題ですか? そうは思えませんけれど」

「うーん、言葉遣いそのものっていうより、その中身に問題があるみたいで……」

「そこまでわかっていて、なんで何が問題なのかわからないんだ?」

「そういうのを『天然』って呼ぶんですわ、キャンベル大尉」

「あ、わ、ミス・エルマー! さようであります!」

 突如上官が現れたみたいに直立不動になったジェシーは放っておいて、イーヴィーは眉間に皺を寄せた。

「なにそれ? わたしのどこが天然なの? ネリー」

「まあ。どこがどう、と指摘できないから天然って言うのよ」

「的確な定義ですね、ミス・エルマー」

 ネリーを肘掛椅子の一つに座らせると、アーサーは、「あなたと踊れて光栄でした」と腰を折って、彼女の手に軽く口づけた。

(うーん、たしかにハンサム!)

 だから『女の子は彼に夢中』――と。先ほどのジェシーの寸評を思い返しつつ、アーサーを鑑賞していると、彼が近づいてきた。

(え? あれ?)

 そろそろ他の参加者のところへ移動するかと思いきや、彼はイーヴィーの前に立つと、右手を差し出してきた。

「ミス・パクストン。次の曲をお相手願えますか?」

「またわたしでいいんですか?」

「お願いしているのは僕の方ですよ」

 自分の記憶が確かなら、今晩アーサーと踊るのはこれで四度目だ。別に続けて踊っているわけじゃないから、舞踏会の礼儀作法(エチケット)に反しているわけじゃないけれど、さすがに多くはないだろうか。彼のようにつきあいの広い人なら、他にもダンスに誘うべき令嬢はごまんといるはずだし、そろそろ遠慮したほうがいいかもしれない。

 イーヴィーが迷っていると、アーサーはくすりと笑った。

「足を踏まないよう、細心の注意を払うと約束しますから」

「あなたがステップを間違えるわけないでしょう、ベリオル卿(ロード・ベリオル)

「見とれてしまうような女性が目前にいる時は、僕もその限りではありませんよ」

「またまたぁ……」

 くすくす笑い出したイーヴィーの右手は、いつのまにか彼に取られていた。

 アーサーとのダンスは、他のパートナーと踊る時とはちがって大層緊張するけれど、リードがすごく上手だから、有頂天になって足がもつれても、きっと転んだりしない。そんな、とっても安心してドキドキできる相手だからと、イーヴィーは胸を弾ませて四度目のワルツに身を任せた。


読んでいただきありがとうございます。

お気に召していただけましたら、評価や「いいね」していただけると作者のはげみになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ