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「おいイーヴィー! 元気にしてたか?」
降ってわいた懐かしい声に、振り返ったイーヴィーは小さく歓声を上げた。
「きゃあっ、ジェシー! 久しぶりね! もちろんわたしは元気よ! 元気すぎてお母さまにしょっちゅうお小言をいただいてるくらい! あなたはお元気?」
飲み物を手に、アーサーとネリーの三人で立ち話をしていた時のことだ。
二つ年上のジェシー、ことジョサイア・キャンベルは、父方のまたいとこにあたる青年で、イーヴィーにとっては大切な幼馴染だ。
「ああ元気だともさ。イーヴィーは相変わらずお転婆そうだな」
記憶の中よりも日焼けした顔に白い歯を見せて快活に笑ったジェシーは、昨年士官して、今の身分は大尉のはずだ。赤地に金モールも華やかな軍装に小麦色の髪と青い目が映えて、なかなかに風采が良い。
「休暇なの?」
「いや、部隊がロンドン郊外に配置変えでさ。それでこっちに戻ったってわけなんだ」
「そうなの! 良かった、それじゃこれからはもっと会えるわね」
「おう、そうだな。そういや、おまえ、このところちっともうちに来ないらしいな。お母さんが寂しがってたぞ」
「ごめんなさい。ちょっとイロイロいそがしくって。近いうちにおうかがいするわ」
「……何なら友達も連れてこいよ。にぎやかな方がいいからさ」
待ってましたとばかりに、イーヴィーは傍らの親友を振り返った。
「ねえネリー、今度いっしょにどう? ジェシーのお家は薔薇がすっごくきれいなのよ」
「本当? それはぜひ見てみたいですけれど、私などがお邪魔してもよろしいのですか、キャンベル大尉?」
「あ、ああ、ミス・エルマー、こんばんは」
まるで今頃ネリーの存在に気がついたように、ジェシーは彼女に一礼した。
「こんばんは、キャンベル大尉。本当によろしいのですか?」
「もちろんであります。イーヴィーのご友人でしたら、どなたも大歓迎であります。――……、お元気ですか?」
「はい。おかげさまで、とても元気にしております」
「それは重畳。――おいイーヴィー! 次のダンス、一緒にどうだ?」
ふい、とネリーから顔をそむけると、ジェシーはがらりと調子を変えて誘ってきた。
「いいけど、今日は新品の靴なんだから、足を踏んだら承知しないわよ」
「おっかねえなあ。わかったよ、努力するぜ」
「あ、なら……行ってきても……?」
なんとなくイーヴィーは、隣に立って一部始終を見守っていたアーサーを見返った。最初のワルツを踊って以来、彼にはずっとエスコートしてもらっていたから、断らないと悪いような気がしたのだ。
「次の曲はカドリールでしたね。あなたがそばにいらっしゃらないのは寂しいですけれど、お楽しみを邪魔するつもりはありませんから」
(?)
いってらっしゃい、と笑顔で言われたにもかかわらず、違和感を感じる。
「ああっ! 挨拶が遅れまして大変失礼しました! ベリオル卿、お久しぶりであります! イーヴィーとダンスの先約がおありでしたか?」
今度は本当に目に入っていなかったのか、あせってジェシーはアーサーに敬礼した。
「こちらこそお久しぶりです、キャンベル大尉。ミス・パクストンとは約束していませんよ。大切だからとあまり束縛しすぎると、姫君に嫌われてしまうからね」
(あれ……? 機嫌が悪い?)
ジェシーと言葉を交わすアーサーは、いつも通りにこやかだったが、どことなく言葉と雰囲気がトゲトゲしい。
「では私もお仲間ですわね、ベリオル卿。イーヴィーにおいてきぼりにされるのは、同じですものね」
「え、ネリー?」
人見知りするネリーが、どういう風の吹き回しか、笑顔をアーサーに向けている。
「その通りですね、ミス・エルマー。寂しい者同士、情けをかけていただけますか?」
「よろこんで」
アーサーが優雅な所作で差し出した腕を、ネリーはゆったりとうなずいて取った。
(え―――――――っ?)
面食らうイーヴィーに、ちらり、とアーサーが意味ありげな流し眼をよこした。けれど肝心の意味が不明だ。
(どういうこと? どういうこと?)
ジェシーに腕を取られてダンスフロアに向かうイーヴィーの首は、ピサの斜塔のように傾げられたままだった。
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