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「こんばんは、ミス・パクストン。先週はお招きいただいてありがとうございました」
(わっ! アーサー!)
大広間に入ってすぐにアーサーに話しかけられた。うれしい驚きに浮かれる乙女心を笑顔に変えて、イーヴィーはすましてしゃなりと一礼した。
「ごきげんよう、ベリオル卿。こちらこそおこしいただいて光栄でした」
マタタビ泥酔事件の夕べに娘を送り届けてくれたお礼として、イーヴィーの両親は先日、アーサーを招いて晩餐会を開いた。主賓として招かれた彼の隣にはイーヴィーが座らされたが、それはもちろん彼女の両親の差し金だった。がんばってアピールして彼に気に入られてこい、ということだ。
そんなあからさまな小細工にも嫌な顔一つせず、アーサーは終始、イーヴィーや他の招待客を明るいユーモアで楽しませてくれた。
(今日は彼も来ていたなんて、幸運だわ)
天にめぐりあわせの良さを感謝していると、彼女の監督者として同行している伯母への挨拶を済ませたアーサーは、彼女を椅子のある方へとさりげなくエスコートしてくれた。
「ベリオル卿はマダム・ウィロウとお親しいのですか?」
今夜の夜会の主催者は、芸術家の後援者として知られている婦人だ。その方面での親交が深いのだろうかと予測していたら、あっさり裏切られた。
「実はあまり。マダム・ウィロウは美術品そのものより、若い芸術家を育てることに喜びを感じる方ですからね。本当の事を白状すると、つてを頼って、少々強引に招待状を手に入れました」
「え? なぜですか?」
彼ならどの家だって、もろ手を上げて歓迎するだろうに。
「あなたが出席すると聞いたからです」
「……っ!」
赤くなって絶句したイーヴィーを、アーサーは悪戯が成功した子供のように楽しそうに眺めている。
「………からかってるんですね……」
眉をつり上げると、彼は今度は心外そうな面持ちを見せた。
「とんでもない! 嘘偽りのない事実ですよ。――なぜ僕がそんな行動に出たか、知りたくないですか?」
「……………、…………、なぜですか?」
たずねても本当の動機が出てくるとはとても思えなかったけれど、それでも彼が何と言うか気になって仕方ないので、しぶしぶ質問した。
「あなたと踊りたかったからですよ」
すい、とあまりに自然に手を差し出されたので、気づいた時には彼の手を取っていた。
そのままダンスフロアへ連れ出されて、三度目のタクトに合わせてステップを踏みだす。
曲は少し物憂げなワルツだった。マダム・ウィロウが後援している音楽家の作品なのだろうけれど、なんとなく、先日の馬車の中でアーサーが見せた横顔を思い起こさせられた。
今日の彼は、朗らかな笑顔を見せているけれど。
「今夜のような凛とした装いだと、余計にあなたが可憐に見えて不思議ですね」
「ありがとうございます……」
今夜、彼女が着ている銀灰色の大人びたデザインの夜会服は、昨日仕立て上がったばかりのものだ。自分にしては大胆に開けたデコルテの周りには、藤色のレースをあしらってみたけれど、釣鐘のようにふんわりと広がるスカートは、前裾にだけ藤の花房のようにレースを折り重ねて、生地の美しい光沢を生かすために、飾りは最小限にとどめた。
かなり背伸びした仕上がりになったドレスは、母親には『少し地味ではないですか?』とダメ出しされてしまったけれど、イーヴィーは気に入っている。
だからアーサーにほめられると、こそばゆいけれどうれしい。
(やっぱり今日は幸運だわ……)
頬をゆるませてアーサーを見上げると、なぜだか彼はまぶしそうに目を細めた。
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