第1話 社畜剣姫、ロケハンに行く
カタカタカタカタ――
わたしはキーボードを打つ手を止めて、大きくため息を吐きました。
「な、何とか終わったぁ……間に合ってよかった……!」
徹夜の動画編集作業。今日の朝〆切だったけれど、徹夜で何とか間に合わせました。
ここは大手ダンジョン配信者事務所、DLiveの秋葉原オフィスです。
大人気のインフルエンサーさんも何人も在籍されていて、わたしが今やっていたのも、その皆さんのプロモーション動画の編集作業でした。
わたしは最終チェックを社長にお願いし、そのまま机に突っ伏します。
ああ、お風呂に入れてなくて体はべたべたするし、暫く髪を切りにも行けてないから、前髪が伸びちゃって目元にかかって鬱陶しいです。
でも、それよりも何よりも――
眠い……もう目を開けてられない――
何時間続けて起きてたんだろう?
24時間どころじゃなくて、30時間は越えてるよね。
ダンジョン配信は今最先端の超人気コンテンツで、配信者の皆さんの人気競争も激しい、とても華やかな業界です。
地方の田舎出身のわたしが、高校を卒業してすぐ運営スタッフとして関わらせて貰えるのは凄く嬉しいし、やりがいも感じるんですが――
労働環境ははっきり言って、間違いなくブラックです。
わたしなんかが雇って貰えた理由が、これか……というのを実感します。
「すー……すー……」
「高井ィィッ!」
バンッ!
うたた寝していたら、机バンされました。
わたしはビクッと跳ね起きます。
「ひゃぁっ!? ご、ごめんなさい、社長……! な、何か動画に問題ありましたか!?」
社長は強面で体格も良くて、下手したらその筋の人みたいに見えます。
それでも事務所の人気ライバーの皆さんにはニコニコして見せますが、直の部下達にはとっても怖いです。
「いや、それは問題ねえ」
「あ……! そ、そうですか……! じゃあわたし、今日は午前半休にして、一旦お家に帰って寝て……」
「はあ!? 何言ってやがるお前! 今夜のライブのロケハンはどうした、あぁん!?」
「えぇっ!? それはわたしじゃなくて鈴木先輩の……」
「その鈴木が今どうしてるか言って見ろ!」
「あ……? 先日過労で入院して……」
「うむ、そうだろうが! お互いが困った時こそ、助け合うのがチームだっていつも言ってるだろ!? 特に今回は超レアのプリズムワイバーンの討伐回だ、他事務所のレア種討伐企画じゃ、どこも成功してねえ……! ウチが出し抜くチャンスなんだよ!」
「は、はい……!」
社長に詰め寄られると、本当に身がすくむ感じがします。凄い迫力です。
「いいかぁ? どんな手を使ってでも、本番のライブが大成功するようにロケハンして来い……! 失敗は許さねえ。失敗したらお前と! お前に仕事を押し付けた鈴木と! 二人で責任を取って貰うからなぁ?」
ニチャアと、社長はとっても悪い笑みを浮かべます。
その笑顔が意図するところは一つです。
「う、うう……わ、わかりましたぁ」
という事で、わたしは社長に追い出されて、オフィスを出ました。
ああ、太陽を浴びると頭がフラフラします……
「はぁ……」
「お、ひよりちゃーん。お疲れ様っ」
出てすぐのところで、呼び止められました。
「あ……! 叶さん! こんにちは……!」
天川叶さん。
うちの事務所、DLiveでも三本の指に入るダンジョン配信者さんです。
今夜のプリズムワイバーン討伐ライブに叶さんも出演予定だから、打ち合わせに来たんだと思います。
叶さんはすらりと背の高い凄い美人で、こうして目の当たりにしているだけでも、ドキドキしてしまうくらい綺麗です。
ノーメイクで髪も伸びてボサボサのわたしとは、住む世界が違います。
それでいて、こうやってわたしを見かけたら気軽に声をかけてくれたり、お菓子とかジュースとか、差し入れてくれたりもします。
勿論人気ダンジョン配信者ですから、探索者としての腕前も折り紙付きです。
本当に何もかもが完璧な存在で、憧れてしまいます。
「どうしたの? お出かけ? あたしは打ち合わせに来たんだけど……」
「あ、はい! これから今夜のライブのロケハンに……」
「お! そうなんだ、ひよりちゃんに任せとけば安心! ロケハンして貰った時は、本番でレアモンスターと100%遭遇できるラッキーガールだしね?」
「い、いえそんな……たまたま運がいいだけで……」
「いいのよ、そう言うゲン担ぎって大事だし? じゃ、頑張ってね! またね!」
叶さんはわたしの肩をぽんぽんと叩くと、笑顔で手を振りながら事務所のビルに入って行きました。
「……よし!」
元気を貰えました。
これが、本当に叶さんのためになるのかは分からないですが、それでも……!
わたしは気合いを入れ直して、ダンジョンに向かいました。
今回の撮影場所は、秋葉原第二ダンジョンです。
通称、アキバクリスタルタワーと言います。
ダンジョンは地下迷宮型が多いんですが、ここみたいに地上の建造物として姿を現しているものは珍しいです。
しかも名前の通り、全体がキラキラしたクリスタルの塔ですから、とても綺麗です。
世界にダンジョンが現れてから10年以上経ちますが、唯一無二と言っていいダンジョン時代のランドマークです。
わたしはタワーに外付けされたエレベーターで、頂上に昇ります。
ここには地上に入口が無く、上から降りて行くしかありません。
屋上には中に降りて行く階段もありますが、塔の中央部分は吹き抜けになっていて、内部を見下ろす事が出来ます。
だけど――下が見えません。
それほど物凄く深くまで、ダンジョンが続いているという事です。
ここは地表に露出したクリスタルタワーの部分と、更にその地下深くまで広がる迷宮がセットになった巨大ダンジョンなんです。
今夜のライブ配信でターゲットになるプリズムワイバーンは、地下25Fにポップするとされる超レアモンスターです。
まずはそこまで行く必要がありますが、その前に――
わたしは持って来た撮影用のドローンを起動します。
小さなどら焼きのような形のそれが、ぷかぷか浮かびます。
「追尾対象設定。撮影モードはダンジョンライブストリーミング……」
スマホの連動アプリへの音声入力を通じて、ドローンのセッティングを行います。
最新型のこれには、ダンジョンライブに特化した撮影モードもあって、自動的に一番映える画角を判断してくれるんです。
ロケハンですから、配信機材のチェックも当然お仕事です。
動画サイトとの連携もチェック必要ですから、外部非公開でテスト配信もします。
これは本来、数分だけで問題ないんですが、ロケハン中の動画は全部撮っておけ、とは入院された鈴木先輩の教えです。
いつか労基に駆け込む時に、超過労働の証明になるから――
だそうです。ありがとうございます。
「ええと……高井ひよりです! これからテスト放送と、今夜のダンジョンライブのロケハンを――うぅっ……!?」
一瞬立ちくらみがしました。
その拍子にスマホが手からするっと滑って――
「わっ……!? と、あっ!? あああああぁぁぁぁっ!?」
落とさないように取ろうとして失敗して、むしろ遠くに飛ばしてしまい――
スマホはそのまま、真っ暗で先の見えないダンジョンの奥深くに落ちて行きました。
「あうぅぅ……そんなぁ――」
踏んだり蹴ったりです。
わたしの安月給でスマホ買い替えなんてしたら――餓死しないか心配になります。
「あ! で、でも見つけたら買い替えじゃなくて修理で済むかも……! 急がなきゃ!」
――わたしはその時、落としたスマホに夢中で気づいていませんでした。
手を滑らせた時に誤操作で、ライブ本番用の設定に切り替えてしまっていた事に。
念のためドローンをつかまえて電源を切ればよかったんですが、その発想がありませんでした。
ただもう急いでいて――
スマホの後を追って、ダンジョンの深層を目がけてダイブしていました。
あ、護身術は通信教育で習ったので、このくらいは平気です!
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