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夜会

夜会が始まる時刻が来た。


色とりどりの貴族達が夜会の会場でザワザワと主役達の登場を待っている。


ヴィクトリアは美しいが色彩を抑えたボルドーのドレスを着て、会場の控え室でユータリス王太子殿下に夜会の流れを説明していた。

だがユータリス王太子殿下は自分で何も覚える気はないらしく説明に対しおざなりな返事をするのみで、ヴィクトリアの装いを褒めたり、侍女に粉をかけたりと無能な女好きである性質を存分に発揮していた。


ヴィクトリア達は悪事の証拠を消す程の能力がある彼の側近達を非常に警戒しているが、今のところは側近の二人は酷く疲れている様子で土気色の顔色をして唯黙って立っている。

調べた所によると彼らは側妃様の実家の子飼いらしいが、心からの忠誠をユータリス王太子殿下に誓っているわけではないらしい。

今回のステイリル王国への訪問も、ユータリス王太子殿下の暴走だと情報が来ていたため、側近達は傍若無人な主君の急な指示に相当苦労をしたのだろう。


だが悪事に加担してしまっている以上、彼らはユータリス王太子と一蓮托生だ。

彼が破滅しそうな時、死に物狂いで向かってくる事は想像に固くない。

手強そうだしできれば揉めるなら帰国してからにしてほしいと思ったが、知らない所で隣国で政変が起こるのも怖いなぁとヴィクトリアはボケっと考えていた。


そんな事をしているうちに、入場の時間が来た。

ヴィクトリアはそっと目立たぬ様に入場し、アレックス王太子殿下とユータリス王太子殿下、リーンテ王子が皆に挨拶している姿を眺めた。

側から見ているとやはり金色と銀色の王子様と比較するとユータリス王太子殿下は銀メッキに見えるなぁとヴィクトリアは失礼な事を考えていた。


そうして夜会が始まり、皆が上品に、だが素早くお目当ての人物に挨拶へと向かって行く。


ヴィクトリアは今日は積極的に社交する必要がなく、ユータリス王太子殿下の横でサポートするだけの仕事なので楽勝だと他人事だったが、全員がユータリス王太子殿下に話しかけると共にヴィクトリアにも抜け目なく話しかけていく。


ヴィクトリアはユータリス王太子殿下にも皆にも失礼にならない程度に簡素に返すものの、明らかにヴィクトリアを尊重する人々の態度にユータリス王太子は苛つきを隠せなくなってきている様子だった。


だが皆の反応も仕方がない事だった。

何の実績もない自国より小さな国の評判の悪いユータリス王太子殿下よりも、世界に股をかける大企業となっているヴィクトリア基金の創始者であり、自国の社交界に燦然と輝く公爵令嬢であるヴィクトリアの方が、皆にとって利益だけの側面を見ても優先順位が高かったのだ。


ユータリス王太子は隣の小賢しい女の方が自分より周りから重んじられている事に激しい怒りを感じ、つい軽い口を滑らせてしまった。


「このような派手な金髪の女は頭が軽いと言われる事が多いが、実際はどうなんだろうな」


その側近に向けて言った嘲りの言葉は思いの外会場に響き、波を引く様に周りの音が静まっていく。


ユータリス王太子殿下の側近達が慌てたように〝ご冗談がすぎます。旅の疲れが出てしまったのですね″と火消しに走るが時は既に遅く、会場の多くの人だけではなく、権力者のトップであるヴィクトリアの父である宰相閣下や、ステイリル王国の国王陛下がユータリス王太子殿下を冷たい瞳で見ていた。


ヴィクトリアはそんな氷のように冷え切った空気の中、堪えきれずくしゃんとくしゃみをしてしまった。


皆の注目がヴィクトリアに向かい、ヴィクトリアは恥ずかしそうに〝申し訳ございません。少し冷えてしまったようです。ここは皆に任せて私は温かい飲み物を飲んでまいりますわ″と言って後ろに下がる姿を〝流石ヴィクトリア様だ。国際的な問題にならないようにサポートする立場のユータリス王太子殿下を立てて自分の都合で退出する事にして、場の緊張をほぐしてくださったんだな″と微笑ましい顔をしてその優雅な後ろ姿を見守った。


ヴィクトリアは〝このボルドーのドレスは美しいけど機能性に欠けるな″と見た目が良く温かい新しい素材への興味へと意識を飛ばしていた。


ユータリス王太子は焦りながら盛んにフォローを口にしたが、その裏ではヴィクトリアへの怒りで一杯になっていた。

こんな屈辱は初めてだ。

あの女、タダでは置かないとユータリス王太子は歯噛みをした。


その一見取り繕っている姿を裏をよく知っているリーンテ王子は怪しむような目で見ていた。



ヴィクトリアは裏に入ると直ぐに王家の行き届いた侍女からケープを被せてもらい、温かいハーブティーを淹れてもらった。


ヴィクトリアは唯のクシャミだったのにと申し訳ない気持ちになったが、ニッコリと笑い侍女達に感謝をしてからフカフカのソファに座った。

職場放棄になってしまったが、仕事の目的である社交界での紹介は済んだので問題ないだろうとヴィクトリアは寛いだ。


だがヴィクトリアという社交界の人気者に世話を頼んでおきながら彼女の事を貶したということで、ユータリス王太子に向けられる視線は尋常じゃないほど厳しかった。


ユータリス王太子は愛想良く皆に世辞を送ったが、それに対して心から笑う人間はもう居なかった。

ヴィクトリアの人気は唯その偉業の所以だけではない。

彼女は美しく、平等で、そして慈悲深く、周りの人々に些細な事でも親身になり、解決に自ら足を運ぶのも厭わなかった。

貴族には勿論、平民にも、貧民にすらもその手を差し伸べる女神として讃えられていた。

利益なんて全く関係なく行動する彼女の姿を憧れの目で見る者はユータリス王太子の予想よりかなり多かったのだ。


そんな彼女の王家由来の高貴なる黄金の髪を馬鹿にするような発言をしたユータリス王太子は、このステイリル王国での立場を無くしたも同然であった。




「クソッッッッ!!」


そう言いながら調度を蹴り倒すユータリス王太子に、側近達は頭を痛めていた。

他国の賓客用の部屋の調度を傷つけ、その上外に聞こえる程の大きな声を立てて叫ぶなんて、頭がおかしいとしか思えない。


人払いはしているが、完全に他国の人間を野放しにはしないだろう。

この醜態がこの国の首脳達にまた報告がいっていると思うと、溜息を押し殺せなかった。


「お前達!!今溜息をついたな!」


「滅相もございません。

そういえば私に良い考えがございます。

あの生意気な女を懲らしめる方法を思いつきました」


そう言って慣れたように機嫌を取る側近に、気を良くしたユータリス王太子は〝よし!話せ!あの女を後悔させてやる″と嫌らしい顔をして鼻の穴を膨らませた。

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