邂逅
とうとうユータリス王子が来る。
ヴィクトリアは侍女達によって、派手すぎない装いだが圧倒的な存在感が出る様にと、身支度を整えられていた。
「皆、ありがとう。
でも良いのよ、そんなに気合いを入れなくて」
「このような日に気合いを入れなくて、何時入れるのですか。
大丈夫です。
ヴィクトリア様より美しい者も、気高い者も存在いたしません」
その堂々とした身内贔屓にヴィクトリアはキョトンとした後、嬉しくなってしまい花が咲く様に笑ってお礼を言った。
侍女達はその神々しさによろめきながらもプロとしてのプライドで踏みとどまり、粛々と仕事を続けた。
ヴィクトリアが閉じていた瞳を開けると、鏡の中の自分が確かに自分なのに、何故かどこかが違う事に驚き感心した。
そしてヴィクトリアは何時もながら流石な腕だと侍女達を一人一人褒め、侍女達は歓喜しながらお辞儀をした。
そしてヴィクトリアの姿を見て恍惚とした顔をしている侍女達を置いて立ち上がり、控えていたヒューバートに声をかけた。
するとヴィクトリアはヒューバートの普段と異なった格好良さに思わず頬を染めてしまった。
短髪の赤い燃える様な髪は綺麗にオールバックにされており、紫色の瞳が際立っていて神秘的だ。
精悍な顔が何時も以上に凛々しく見える。
加えていつもの簡素な騎士服ではなく、式典用の騎士服になっており、アレックス王太子殿下が〝ヒューバートが自由に行動できる様に″とくださった王家の信頼を示すバッチが輝いている。
「凄い、ヒューバート。
格好良すぎて驚いてしまったわ」
ヴィクトリアを見た後ポカンと口を開いたままだったヒューバートに、ヴィクトリアは頬を赤くしたまま彼の装いを褒めた。
ヒューバートはどうにか開きっぱなしだった口を動かし、ヴィクトリアの女神の如き美しさに圧倒されながらも何とか褒め返し、お互い照れながらも行きの馬車に乗り込んだ。
「一週間、正念場ですね」
「そうね。でもきっと大丈夫よ。
ユータリス王太子殿下は愚かな事ばかりしているようだけど、大馬鹿では無いはずだから。
それは危ういながら王太子のままいられていることからも確かだわ。
でもその危うい一線を何かの拍子に超えてきそうなのが恐ろしいところね。
今回一番危険なのはリーンテ王子ね。
喉から手が出るくらい彼の命を欲しがっているはずよ。
もし彼が亡くなる様な事があれば、隣国で大規模な政変が起こる事になり、ステイリル王国も無事では済まないわ」
「そうですね。
仮に公爵家の姫君を害する様な事をしたら、彼は一発で廃太子でしょうから、意外と何もしてこないかもしれませんね。
流石にそこまでの馬鹿ではないと信じたいです」
そんな会話をしているうちに王宮の集合馬車に着いた為、馬車から降りると、アレックス王太子殿下とリーンテ王子、そしてレックスとローラがいた。
皆が見惚れてしまい、ヴィクトリアの方をぼうっと言葉を発さず眺めていたが、ヴィクトリアは〝しまったわ。遅かったからみんなが怒って黙ってしまっているのかも″と一人で焦っていた。
「皆様、ご機嫌よう」
彼女の今日の装いは色彩を抑えたモスグリーンのドレスだが、意匠が凝らされていて全く地味にならない高級感があり、黄金色に光る髪、控えめながら存在感のある粒の揃った真珠のアクセサリーなどの全てがヴィクトリアの高貴な美貌を最高に引き立てている。
ハッとその挨拶で正気に戻ったアレックスが進み出た。
「やあ、ヴィー。
ヴィーの仕事用の装いを久しぶりに見たけど、そういうシンプルなドレスアップもとても似合うね。
緊張しているかい?」
アレックスが変わらない幼馴染の美しさを褒めた後、真剣な瞳をしながらも茶化す様に話しかけた。
王太子の正装で黄金が余計に輝いて目に痛いほどキラキラしているアレクを褒め返しながらも、ヴィクトリアは軽く笑って首を横に振った。彼女は土壇場になると強いタイプである。
「ヴィクトリアさん、今回はご迷惑をお掛けしてすみません。
どうか、一週間ご無事で」
そう言ったリーンテ王子に〝貴方もくれぐれも身辺にお気をつけて″と返し、ヴィクトリアは強ばった顔をしているローラにも明るく声をかけた。
ローラはカーティオ国の第二王子派筆頭、グラード公爵の暫定後継者だ。
ユータリス王太子殿下の第二のターゲットといっても過言ではない。
ステイリル王国の食客として護衛が付いているが、どうしても王子に比べると守りが手薄になりがちである。
「貴女も、一人にはならない様にくれぐれも気をつけてね」
そのヴィクトリアの言葉にうるうると瞳を潤ませる相変わらず子リスの様なローラに、ヴィクトリアは可愛いなと頬を緩めた。
「はい!そうします!
でもヴィクトリア様が一番長い間彼の方の近くにいる事になるなんて、とっても心配です。
私が変われたら良かったのに〜」
そういって縋り付いてくるローラに苦笑しながらそっとその栗色の髪を撫でて慰めた。
そうして場が整った後、民衆の歓迎の声を受けながらとうとうカーティオ国王太子、ユータリスが豪奢な馬車でやってきた。
復興が最近急速に進んできたばかりだというのに、その豪華さとは側妃様の実家は相変わらず金満らしい。
「出迎え、感謝します。
カーティオ国の王太子、ユータリス・カーティオです。
この度はお世話になります」
そういって、取り繕ってはいるものの傲慢さがみえる顔をしている、噂の王太子殿下がやってきた。
リーンテと髪色こそカーティオ国の王家特有の銀髪だが、日頃の不摂生が出てくすんでいて、王妃様由来だろう派手な顔もとても同年代には見えない程に老けて見えた。
ユータリス王太子には通訳が必要かと思われていたが、勉強が進んでいないとは聞いていたものの流石に友好国である隣国の言葉は話せるらしく、必要なさそうだった。
アレックス王太子殿下も爽やかな笑みを浮かべて歓迎の挨拶を返した。
「ようこそ、ステイリル王国にお越しくださいました。
アレックス・ステイリルです。
リーンテ第二王子にも此方に留学に来ていただいているのに、この度はユータリス王太子殿下にもお越しいただけるとは、ステイリル王国一同光栄に思っております」
そう言ってリーンテ王子に場を譲るアレックス王太子殿下は、キラキラ輝く笑顔で取り繕っていたが、内心ヴィーに何かしたらコロスと思っていた。
そうして進み出たリーンテ王子は、和やかに腹違いの兄に挨拶をした。だがそれに対しユータリス王太子は鷹揚に頷きながらも、侮蔑の目でリーンテ王子を見ている事は側から見ていて丸分かりだった。
そうして若き首脳陣達で挨拶を交わした後、夕刻の夜会までゆっくりするようにと案内があり、ヴィクトリアが進み出て挨拶をした後、一週間よろしくお願いしますと会釈をした。
その間ヴィクトリアの人形めいた美しさと、メリハリの効いた体型にユータリス王子はいやらしい目をしてジロジロと眺め、鼻の下を伸ばしていた。
周りは殺意をみなぎらせていたが、ヴィクトリアは全く頓着せずスッと案内へと歩き出した。
色んな妄想で忙しくしていた為に置いていかれかけたユータリス王太子がその後ろに慌てた様に続いた。
「ヴィクトリア姫、貴女に付き添っていただけるとは光栄です。
内緒の話なのですが、貴女にこの役目を与えてくれないかとステイリル王国の方に私が事前にお願いしていたのです。
叶ってとても嬉しく思います」
そういうユータリスに、やっぱりコイツがヴィクトリア様を指名したのかとヒューバートは表に出さずに怒りを抱いていたが、ヴィクトリアは特に気にも止めずに返答をした。
「光栄です。
では、此方がユータリス王太子殿下に滞在していただくお部屋になります。
夜会まで、何か御用がありましたらベルを鳴らしてください。
侍女がご対応致します」
そういってペコリと頭を下げて去っていこうとしたヴィクトリアを急いでユータリスは呼び止めた。
「待ってください!是非部屋でゆっくりお話ししましょう。
この国について案内していただけるのですよね?」
そう呼び止めるユータリス王子にヴィクトリアは恐ろしい程に美しい笑顔になり、頭を深く下げた後に立板に水のように話しかけた。
「お客様のご負担になってはいけないので、慣例として初日のご案内は最低限にさせていただいております。
夜会の準備は此方の侍女が来ますので、ご心配なさらないでください。
私も夜会の時に、またご案内させていただきます」
そう言って頭を上げ、圧すら感じる美しい笑顔を浮かべて辞去の許可を取るヴィクトリアを引き留める口実が見つからず〝あぁ″とだけ言ったユータリス王太子殿下に辞去の挨拶をしてヴィクトリアはさっさと去っていった。
ヒューバートは〝このアホはうちのお姫様とは格が違うな″と呆然としているユータリス王太子殿下を内心嘲笑しながらも、慇懃無礼に礼をした後ヴィクトリアを追いかけた。




