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怪しい雲行き

ヴィクトリアは鬱々とした気分だった。


カーティオ国の王太子ユータリスが来る日が迫っている。

危険な人物という情報しかなかったので、急いで情報を集めたが、集めれば集めるほど酷い話ばかりが聞こえて来る。


例えば貴族のご令嬢に乱暴な振る舞いをしたとか

例えば気に入らない貴族の当主を嵌めて没落に追い込んだとか

例えば平民を何人か無闇に処罰した事があるとか


多くの事件の証拠は上手く側近が消しているようだが、立証されていないものの多くの証言がある事件があったり、実際証拠が見つかり賠償などの処理に持ち込んでいる事件があったりする。

 

それでも廃太子になっていないのは、単に彼の母親である側妃の強力なバックグラウンドの存在と、彼の父親である国王陛下が不安定な国のバランスを取る事に苦労しているからだろう。


彼の母親の実家は国内の元子爵家で、先の戦争での財政拠出の功績を評価された為、論功行賞で伯爵家に陞爵している。

その伯爵家は現在もカーティオ国随一の大金持ちで、金の力で爵位や側妃の地位を得た成り上がり者と一部では囁かれている。

戦争の時、彼の家の金の動きがおかしいと指摘する者もいたが、騒動はいつのまにか沈静化していたようだ。


その様な後ろ暗い所のありそうな家だが、新興貴族の台頭が激しいカーティオ国では、王室の借金を精算するためにも、新興貴族の側妃様を娶らざるを得なかったのだ。

幼い頃からの婚約者だった筆頭公爵家の出の王妃様はどれほど辛かったのだろう。

我が国は王家も一夫一妻なのでそのような愛憎劇はあまり聞かないが、そんな国もあるのかと想像するだけでゾッとしてしまうドロドロさ加減である。


そんなバックボーンも本人も黒すぎるユータリス王太子の世話か、、

ヴィクトリアは暗い気分になったが、考えても仕方がないと首を振り、身支度を整えた。



のろのろと学園に登校すると、自分の机の上に何故か真っ赤な薔薇の花束が置かれていた。

暫く固まってしまったが、このままでは机を使えないとそっと花束を持ち上げると、かなりの本数の様で腕が千切れそうな程に重い。

しかも花束に挟まれていたカードには〝愛を込めて″とだけ書かれていて記名はない。


ヴィクトリアがどうしようかなと固まっていると、ユータリス王太子殿の訪問に向けての準備で忙しく、学校に来れない日も多かったアレックスとレスターが珍しく登校してきた。


「とうとうやってしまったんですか。

アレックス王太子殿下、率直に言って赤い薔薇の花束はプロポーズの時くらいしか許されませんよ」


ドン引きしたようなレスターの視線に慌てて手を振りながらアレックスは否定した。


「私じゃない!

というか昨日からずっと一緒に居ただろ!

忘れたとは言わせないぞレスター!」


そのアレックスの言葉を受けて〝え?あの二人って?″〝前から怪しいと思ってたのよ″などと周りでコソコソと囁かれ始めた。

ヴィクトリアも一瞬だけ横流しで悪いがお祝いにこの薔薇の花束を渡すべきかと思案した。


「違う!仕事でだ!

付き合うなら美しい金髪に透き通った青い目をした幼馴染と付き合う!

断じてこの自分より背が高い眼鏡ではない!」


その言葉にアレクってそんなに限定していて結婚できるのかしら?次代の王妃様大丈夫?と他人事で済ませたヴィクトリアは、腕の中の薔薇にまた視線を戻した。

こんな薔薇をくれる様な人、全く覚えがない。

兄も、唯一なんとなく好意を感じたルーカスも卒業してしまっている。ううむと考えながら周りを見渡すと、遠巻きに見守っているクラスメイトの中にキャサリンとローラが居るのが見えた。


なるほど彼女達かと合点がいって、薔薇を抱えたまま二人の元に近寄ると、二人は眩しいものを見た様によろめきながら此方を称賛してきた。


「流石です!!ヴィクトリア様!

赤い薔薇により、さらに引き立てられるその美貌に感服いたしました!

誰か分からないけどグッジョブです!」


「本当にお美しいです!ヴィクトリア様。

その艶やかな金の髪と赤い薔薇のコントラストがまさに女神の様です。

愛の神ネウロディーネも今の貴女様のような美しさだったのでしょうね」


口々に褒めてくれる二人に目を白黒させながらも、どうやら二人がくれた訳ではなかったらしいと首を捻った。

そんな時リーンテ王子が登校してきたので、薔薇を送ったのはリーンテ王子かと皆の注目が集まった。

彼は登校するなり急に受けた皆の強い注目にたじろいでいたが、事の成り行きを説明された後直ぐに否定した。


「私も知りません。

確かにヴィクトリアさんの華やかな美しさには赤い薔薇も良く似合いますが、私ならどちらかと言うと白い百合の花を送りますね。

純粋でありながら高貴な彼女には、あの凛とした美しさがぴったりです」


その子慣れた言葉と艶やかな微笑みに頰を染める者が続出したが、ヴィクトリアは彼でもないのかとそちらを見ることもなく首を捻るだけだった。


ヴィクトリアと親しい人は限られている。その誰でもないとなると、、


「ストーカーだな」


その厳しいアレックス王太子殿下の言葉に緊張が走った。

確かに貴族令嬢への贈り物は、学園といえども名がわかる様にしておく事が必須だ。

それを無記名で送り名乗り出ることもしないとなると大変失礼だし、怪しいとされるのも仕方がない。


ヴィクトリアも可哀想だが、警備の方に花束を引き渡さないといけないなと思っていると、明るい大きな声が聞こえてきた。


「待って待ってー!

それ名前書き忘れたけど、僕がリアに送ったやつ!」


その陽気な声にヴィクトリアは知らず知らずのうちに強張っていた肩を下ろした。


「シャルだったの。

もう、昔からうっかりしてるんだから」


そう言って微笑むヴィクトリアに、ニコッと笑ってシャルルは重ねて言った。


「でも、ヴィーに学園で渡すにはちょっと大きかったね!

またリヒター公爵家の方に送るから、僕が一旦貰うよ」


そう言って猫の様な大きな瞳を細めるシャルルに安心した様な顔をしたヴィクトリアは花束を手渡し〝お気遣いありがとう″とその柔らかい癖っ毛をちょいちょいと撫でた。


「ふふふ。リアに撫でられるのは久しぶりだね!

じゃあいつも通りリアはゆっくり机で勉強してなよ。

僕は王子サマ方とちょっとお話してくるからさ」


そう言ったシャルルに連れられて教室を出て行く人々の後ろ姿を不思議そうにヴィクトリアは見送ったが、深く考えずよしっと意気込んで予習を始めた。

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