勘違いは更なる勘違いへと飛翔する
ヴィクトリアは何も考えずに教室を出てきてしまったが、特にする事はなかった。
始業までの間をトボトボと歩きながら今日の予定を考える事にした。
昼はとある歴史学者と会うつもりだ。
ステイリル王国の危機は過ぎ去ったと考える者が多い中、魔法のような国を守護する力は一度に失われるのではなく段々と落ちていくと主張している学者だ。
その学者は古文書を解読すると、危機はこれから益々高まっていくと考えられると論文を出していた。
その仮説が正しければ、ヴィクトリア基金で行なっている人材育成やインフラ整備などをより推し進めなければならない事になる。
この手の輩は甘い蜜を吸おうとする詐欺師である事も多いので警戒しなければならないが、確かに天候不順の兆候や大手のロークリーン銀行の経営不振等の国の危機を起こしそうな芽が実際にあるため、ヴィクトリアは歴史学者や経済学者をどんどん呼んで話を聞いている。
そして話を聞いた学者と協力できそうな時はヴィクトリア基金で活躍してもらっている。
夜には暫く会っていなかったヒューバートが公爵邸にやってくる予定だ。
カーティオ国でのヴィクトリア基金の活動がひと段落ついた為、リヒター公爵領から遥々報告に来るらしい。
事前に聞いた情報によると、カーティオ国は政情不安が残るものの、経済状況は改善してきたらしい。
カーティオ国の経済不安はリーンテ第二王子がステイリル王国に来ているように、戦争開始から十年以上もの長い間かなり不安定になってしまっている。
まず先の戦争で勝利したものの国内が酷く荒れた為、国民の不満が溜まり大規模な暴動が起きる前にと、前国王陛下が責任を取り現国王陛下に席を譲った。
その後現国王陛下は政治的均衡をとり、古くから続く名家の御令嬢である正妃様と、戦争で利を得た新興貴族である側妃様をお召しになった。
すると困った事に側妃様が先に妊娠してしまったのだ。
国王陛下は我が子を守る為に、産まれたのが男の子だった場合は王太子に指名すると公言し、次期国王かもしれないからと側妃様の護衛を増やした。
正妃様はとても思慮深い方で決して側妃様を害したりはしない方だが、彼女の派閥が彼女の意思に関係なく側妃様を害する可能性があったからだ。
王妃様はその不安定な政治状況をよく理解しており、側妃様に男の子が産まれた時、率先して祝辞を送った。
しかし事態はそう簡単にはいかず、側妃様と半年程しか変わらない時期に正妃様は妊娠していたのだ。
その事実が公表された時、皆良識のある者はその子どもが女の子である事を祈っていた。
これ以上カーティオ国に争いをする余裕はなかったからだ。
その後皆の必死の祈りに反して正妃様から産まれてきたのは若き傑物、リーンテ・カーティオ第二王子だった。
国内は荒れた。
王太子殿下が成人するまで国内を抑えれば大丈夫だと思う者も多かったが、事はそう簡単にはいかなかった。
王太子殿下は側妃様の元で育てられたのだが、国内で有名な程の傍若無人な暴君となってしまったのだ。
それに反し、リーンテ第二王子は非常に聡明で、王妃様に似て色っぽい美しい美貌を持ち、優秀だと皆から褒め称えられる青年になった。
小さい頃から腹違いの才能のある弟と自分を母親からも比べられ、弟を超えるくらい優秀であれと求められた王太子殿下はドンドンと荒れていき、教師達を次から次へと首にして遊び歩くマナーも知性もない人間となってしまったのだ。
今年十八歳になる王太子は、リーンテ王子や王妃を害そうとする動きを見せた為、急遽リーンテ王子は留学を名目にステイリル王国に避難してきたのだ。
王妃様だけなら王宮から出る時は国王陛下と共に行動できる為、何とか守り切れると判断されたらしい。
隣国の政情不安はステイリル王国にとっても大きなマイナスだ。
やっと少し経済が安定してきたのでとりあえずは大丈夫だと思うが、それだけでは根本的な解決にはならない。
ヴィクトリアにできる事は多くない。このまま考えても仕方がないと首を振り、歩みを進めた。
当てもなく睡眠不足からいつもよりボケッとして歩いていると、中庭でまた生徒達に囲まれているリーンテ王子が見えた。
アレックス王子はどちらかと言うとカリスマ系であり、囲まれるのは彼がそれを許している雰囲気を出している時だけだが、リーンテ王子は親しみやすいらしい。
横目で見ながらそのまま通り過ぎようとした時、リーンテ王子の方向に飛んで行っている件の蜂がいるのが見えてしまった。
猛毒の蜂だ、、だけど別に積極的に刺しにいくわけではないだろう。ないはずだ。
そう思って通り過ぎようとしたが、どう考えてもそのままリーンテ王子に向かって飛んでいく。
いや、そっちには行かないで。お願いなので蜂のせいで国際問題なんてやめて欲しい、、、
そう思いながら祈る気持ちで何秒か蜂を見つめてたが、止まる事のない毒蜂の羽音に祈ってる場合ではないとヴィクトリアは急いでリーンテ王子に駆け寄った。
「危ない!!」
駆け寄ってリーンテ王子を突き飛ばそうとしたヴィクトリアは道にあった小石に躓いた。
「あっ」
ヴィクトリアは、そのヴィクトリアの声で勢いよく振り向いたリーンテ王子の驚愕した顔を、スローモーションのように眺めながら勢い良く転け、リーンテ王子との間に突然現れた女子生徒を後ろから勢いよく押し潰してしまった。
「騎士!誰かいないか!!」
ヴィクトリアは気絶したようでピクリともしない女子生徒の上から、足を挫いてしまったのか中々起き上がれずウゴウゴと蠢きながら言った。
「きゃー!大丈夫ですか?
大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「直ぐに騎士が来るから心配しないでください」
女子生徒に話しかけるヴィクトリアの声に何故か返事をしながら、リーンテ王子がヴィクトリアの方向に急いで向かってくる。
ヴィクトリアがそういえばとソロソロと首だけ動かして辺りを見渡すと、騒動の中、蜂はどこかに飛んでいってしまったらしい。
幾ばくもせず騎士達がワラワラと駆けつけてきてくれ、ヴィクトリアをそっと起き上がらせてくれた。そして何故か下敷きになっていた女子生徒は直ぐに騎士達にどこかに連れて行かれてしまった。
私が勢いよく乗ってしまったせいで怪我でもしていたのかもしれないとヴィクトリアは痛む右足をひょこっと上げながら心配した。
「あの、怪我を」
「怪我をしたのですか!?私のせいで申し訳ありません!!
まさか刺客がこんな昼間から学園の制服を着てやってくるとは思ってもおらず、君の注意で振り返ったものの理解が追いつかなくて、ナイフを持った女子生徒に勇敢にも君が捨て身で飛びかかっているのを眺める事しか出来ませんでした。
本当に、本当にありがとうございました。
今回の件で、つくづく貴女は噂通り女神の化身と言われるべきお方だと実感いたしました」
そう言ってキラキラした瞳でヴィクトリアを見るリーンテ王子にヴィクトリアは何も言えず口をパクパク開け閉めした。
そしてスッとお姫様抱っこをされたので驚愕してヴィクトリアは下ろすように言ったが、構わずスタスタとリーンテ王子は歩き続ける。
「足を挫いてしまった恩人を養護室に送るくらいはさせてください。
大丈夫です。誰も見ていませんよ」
そう言って憑き物が落ちたかのように破顔して笑うリーンテ王子をヴィクトリアは恨みがましくじっとりと見つめたが、どうやっても下ろしてくれないみたいなので仕方がないと諦め大人しくする事にした。
暫くするとヴィクトリアは昨日の夜更かしに加えてのこの騒動で疲れ切ってしまったらしく、心地良い揺れにそっと目を閉じ寝てしまった。




