安請け合いは苦難と共に
入学式も終わり、ヴィクトリアはボケッとしていた。
昨日の夜お気に入りの作家の新作の本が手に入った為、昨日まで頑張ったしご褒美に少しだけど思いながら読んでいたらいつの間にか朝日が見えていた。
しまったと急いでその時間から寝た為、申し訳ない事に今日はそっと優しく起こしてくれた侍女に端から端まで朝の準備を整えてもらう事になってしまった。
何故か学園に行くだけにも関わらずしっかりとピカピカに磨いてもらってしまい、いつもより耳にかけても落ちてきてしまうサラッサラの銀髪が少し鬱陶しい。
馬車から降りて欠伸を堪えるためこっそり歯を食いしばりながら真剣な顔をして歩くヴィクトリアを、生徒達はいつもに増して神々しいと見つめている。
席に着くと、キャサリンから声を掛けられた。
「おはようございます。ヴィクトリア様。
今回は本当にありがとうございました」
「いいのよ」
理由は知らないが、感謝されるという事は何か私が良い事をしたのだろう。偉いぞ、過去の私。
これで話は終わっただろうと思ったが、何故かまだキャサリンが話しかける訳でもなく目の前に立っている。
遠慮がちながらもチラチラと此方を見てくる期待するような瞳に耐えきれず、ヴィクトリアは仕方なく問いかけた。
「どうかしましたか?」
「いえ、あの、、
こんな事を頼むなんて本当に烏滸がましいのですが」
「いいのよ」
まぁキャサリンの頼み事ならそこまで難しい事では無いだろう。
幼い時から草むらトイレ事件以外に叶えられないお願いを言われた事はない。
にっこりと笑って快諾するヴィクトリアにキャサリンは瞳を輝かせた。
「もうご存知だと思うのですが、パンフレットに重版がかかり、在校生も希望する者はパンフレットを買う事が出来るようになったのです。
私も一冊購入したのですが、烏滸がましくも表紙ではなくヴィクトリア様の見開きページに出来ればサインを頂きたいと言う願望が押さえきれなくて。
こんな事を頼んでしまって本当に申し訳ございません!」
そう言って頭を下げるキャサリンにいつにも増してボケッとしているヴィクトリアはとりあえずいつも通りの万能フレーズで返答した。
「いいのよ」
変な事が聞こえた気がしたが深く考えず、キャサリンから差し出されているサインして欲しいらしいページを見ると、信じられない内容に思わず二度見してしまった。
何となく私っぽい銀髪に青目の女性が描かれているが、羽が生えているし、何故か両手の中に様々な小人が乗っている。その上〝誰これ?″っていうくらいに美人に書かれているが、先程の発言と女性の周囲にヴィクトリア基金等の文字が書いてある事から、信じたくはないがこの女性がヴィクトリアをモチーフにしている事は間違い無いだろう。
無心でサインした後、ヴィクトリアはこのパンフレットについて詳しく聞こうと思い口を開いた。
「この絵、、」
「はい!お恥ずかしいですが私がデザインさせていただきました。
お恥ずかしながら大好評で、ヴィクトリア基金の方でこちらの絵の版権を買い取らせてくれと言っていただいたんです。
本物のヴィクトリア様の魅力には到底敵いませんが、ヴィクトリア様の素晴らしい内面も私なりに反映させていただいているこの絵を一人でも多くの方に見ていただきたいと思い、了承しました。
ちなみに羽が生えているのは女神のようなヴィクトリア様を表現していて、小人は人材を大切にしているヴィクトリア様の活動を表現しております」
ヴィクトリアは聞きたくない事は聞こえなかった事にする主義だ。
「流石ね。キャサリン」
とりあえずキャサリンは知らないところで随分頑張ってくれたらしい。
止める事もできず、ただ褒めるだけでヴィクトリアはお茶を濁した。
アレックスも登校してきたようで、席に近づいてきた。
キャサリンがペコリと頭を下げ、大事そうにパンフレットを胸に抱えて去っていくのを死んだ魚のような目でヴィクトリアは見つめた。
「おはよう。ヴィー。
今回は本当にありがとう」
アレックスの感謝の理由は明確だ。先日の入学式の件だろう。安心してヴィクトリアはにっこりと笑って返事をした。
「いいのよ」
ふう。解決。そう思いながら見上げるとソワソワしながらまだ去っていかない幼馴染の姿が見える。
なんかデジャヴで嫌な予感がすると思ったら、何らかの冊子をこちらに差し出してくるのが視界の端にチラッと見えた。
先手必勝とハッキリとヴィクトリアは断った。
「断固としてお断りいたします」
背中に羽が生えていて手に小人を載せている、美しいがどう考えても私ではない絵に、さも私ですと主張せんばかりにサインをするのは金輪際ごめんだ。
ヴィクトリアは颯爽と席から立ち上がると、敵前逃亡あるのみとスルッと教室を去っていった。
残された呆然としているアレックスの手には、最近恋人達に人気の観劇のパンフレットが握られていた。
〝このパンフレットを見てヴィーが凄いとか言ってくれたらチケットあるけど行くとか誘って″と彼の頭には考えていたお花畑な計画がグルグルと虚しく空回っていた。
だがヴィクトリアの勘もあながち間違いではなく、彼は既に表紙にヴィクトリアのサインが入ったパンフレットをちゃっかり手に入れ、とても大事に執務の合間に羽の生えた女神ヴィクトリアの単独の見開きページを眺めているので、あまり同情しなくても良いなと一連の流れを見ていたレスターは考えていた。
あとその劇甘なだけで面白さが全くない観劇は、恋人未満の友達と見に行くのには気まずいのではと心の中で夢見がちな王子様の立てたデートプランを酷評していた。




