ラストはいつも通りドタバタに
何が起こるのか、ドキドキする人々の予想を裏切るように静かに三月は過ぎて行った。
そしてとうとう三月末日、王立学園の卒業式とダンスパーティーの日が来た。
在校生も全員参加のため、ヴィクトリアはウィリアムと参加している。
朝に連絡が来たが、アレックスは王宮で一部の貴族が出仕を拒否するなどの幾つかのトラブルがあったようで、今日は遅れて参加するようだ。
ローラには〝今年度最後くらいは自分で対処します″と、ドレスもエスコートも固辞されてしまった。
だがまだ様子がおかしい為、今日一日はレスターが見張ってくれるようだ。
その為レスター不在となりアレックスは思いの外騒動の沈静化に手こずっているらしい。
ここが正念場だ。ここを乗り切ればきっと建国の王アルトの力が消滅しても皆で力を合わせれば大丈夫だったと笑い合える。
ヴィクトリアは祈るような気持ちで用意されていた真っ青なマーメイドラインのドレスに袖を通した。
会場まで兄妹で馬車に乗ったが、ウィリアムも口数が少ない。
「お兄様、きっと大丈夫ですよ。
あんなにお兄様もお父様も頑張ったのですもの。
何があっても対応できますわ」
そのヴィクトリアの声にウィリアムは緊張していた自分を恥じたように顔を赤らめながら、妹に返事をした。
「そうだな。
万全を期したのだ。
覚悟するしかあるまい」
似た顔の兄妹で顔を見合わせ、笑い合った。
「サルコーニ公爵令嬢!
貴様と婚約破棄する!」
キールスの声が響き渡った。
「貴様がローラが孤児院出身と蔑み、差別していた事は分かっている。証言している者がいるので言い逃れはできないぞ。
身分で人を差別するなど言語道断。
貴様に公爵家の令嬢としてのプライドはないのか!
私は王族としての責任がある為、このような者とは結婚できない!
よって私はこちらのローラ伯爵令嬢と、いやローラ・グラード公爵令嬢と婚約を結ぶ事をここに宣言する!!!」
あ、国際問題だ。終わった。ヴィクトリアは遠い目をした。
ローラは青白い、今にも倒れそうな顔色をしてキールスの後ろに立っている。
そこに場違いな声が響いた。
「キールス様!私と結婚してくださるとお約束いただいたではないですか!!」
あ、ビクター子爵令嬢だ。あんなに中庭で永遠の愛を誓い合っていたのだから、確かに結婚して貰わないと困るだろう。他にも何人かと永遠を誓っていたので、我が国は一夫一妻なのでどうするのかは分からないが。領地訪問の後、男性の交友関係をご両親から物凄く怒られていたと伝聞で聞いていたが、反省しなかったらしい。
取っ組み合いが始まるなど、場は極一部だけで盛り上がりを見せていたが、殆どの人間がとばっちりを受けないように沈黙を保っていた。
アレックスはまだ来ていない為、立場を考えるとうちの兄が口を出すしかないだろう。
ヴィクトリアはその場のシーンとした空気に笑いが込み上げてきた。
だが我慢しなければと堪えていると、レスターの慌てたような声が聞こえた。
「キールス様、困ります。
ローラ様は本日私が任されていたのですよ」
その声を聞き、レスターの方を見ると、眼鏡の右のレンズが割れ、全体が曲がっていた。
心無しか、眼鏡が悲しそうに曇っている。
ヴィクトリアは遂に耐えきれず吹き出してしまった。
静かな会場に響き渡る笑い声に、キールスが憤慨したように叫んだ。
「何がおかしい!!」
キールスがそのまま凄い剣幕で捲し立てる。
「お前はいつもそうだ!
ヴィクトリア、私が王になったらお前なんぞ排除してやる。
昔から目障りなんだよ!女は男に黙って従ってれば良いんだ!!」
その言葉を聞き、キールスの後ろで俯いていたローラがパッと顔を上げて叫んだ。
「ヴィクトリア様に汚い言葉を掛けないでください!!
ヴィクトリア様は美しくて、賢くて、面倒見が良くて、、、つまり完璧なんです!!
貴方の言う事はやっぱり信用できません。
こんなに素晴らしいヴィクトリア様に向かって暴言を吐くだなんて碌でなしに決まっています!!!
貴方は母を売女だと、既婚のニクソン伯爵を誘惑した毒婦だと皆んなにバラされたくなかったら従えと言いました。
でも何を言われようと私にとって母とヴィクトリア様が同じぐらい世界で一番最高で、大好きな人である事は変わりません。
貴方に何を言われてももう構いません。
私はニクソン伯爵令嬢でも、グラード公爵令嬢でもありません。
唯の母とヴィクトリア様を心から愛しているローラです!!」
ウィリアムが拍手をしながら言葉を発した。
「よくぞ言ってくれました。
キールス様は、うちの可愛いヴィーに目障りだとか言ったり、そこのローラ嬢を脅して婚約を迫ったり、とてもではないですが王家の者の振る舞いとは思えませんね。
サルコーニ公爵令嬢の件もあやふやな証言のみで、全く有効な証拠が無いと見えます。
王権を簒奪するとも取れる先の発言、ついでにレスターへの暴行など、貴方にはよくよくお話を聞くしかありませんね」
ブリザードを出している冷えた青い瞳でキールスを睨みつけている。
「そこまで」
アレックスが背筋が伸びるような張り詰めた声を出し皆を静止しながら、見知らぬ二人を連れてやって来る。
一人はローラによく似た琥珀色の瞳をした渋い中年で、もう一人は銀色の輝く髪に銀色の瞳をした艶やかな青年だ。
渋い中年の方が口を開いた。
「ローラ、苦労をかけた。君の伯父で、現グラード公爵だ。
君の母親のローザリアンは、いや、ロージーは君を立派に育てたんだね。
今まで君に会いに来なくて申し訳なかった。
ニクソン伯爵家での扱いも薄々勘づいていたのだが、国内が安定しないうちはと言い訳をして迎えに来るのが遅くなってしまった。
君のその瞳を見る勇気が出なかったんだ。
私の妹は身体が弱くて、護らなくてはと小さい頃から思っていたのに、君も君の母親も見つけられなかったんだ。その事を君の瞳を見る事で嫌でも直視してしまうと思うと怖くて仕方がなかった。
弱い伯父を恨んでくれても良い。
だが、王弟だけではなくニクソン伯爵や義姉などの無礼な者がいる環境にはもうローラ、君を置いておけない。
どうか一緒にカーティオ国に来てくれないか」
その言葉を聞き、怒ったり悲しんだりしていたローラはやっと心が決まったかの様に返事をした。
「カーティオ国に行けば、ヴィクトリア様に頼るばかりの自分を変えられますか?
私は母が亡くなってからヴィクトリア様に身も心も助けられたから生きてこれました。
この命を出来るだけ有用にヴィクトリア様に捧げたいのです。」
その言葉に苦笑しながらグラード公爵が言った。
「グラード公爵家には現在跡を継ぐのに丁度良い歳頃の子がいない。
君がうちの跡を継げば、無礼な無能な王弟を排除する事くらいは出来る様になると思うよ」
その言葉に目を輝かせ、ヴィクトリアの方を見て頷いたローラは、カーティオ国に行く事を約束した。
ヴィクトリアはその恐ろしいほどの早さで進んでいく状況に目を回していた。
するとこちらにいつのまにか、前からアレクと見知らぬ青年が来ていた。
「ヴィー、迷惑をかけたね。
こちらはリーンテ・カーティオ。
カーティオ国の第二王子だ。
グラード公爵家の跡目になるかもしれない者がこちらの国にいると聞き、公爵と共にこちらの国に視察に来てくれたのだ。
ちなみにキールスは王家から除籍して最北の塔に幽閉になることになった。
国家転覆に詐欺などとてもでは無いが通常の処刑では足りない罪を犯しているからね」
爽やかに言うアレックスを引いたようにヴィクトリアが見た。
するとその姿を見ていたリーンテがヴィクトリアに徐に跪いた。
「結婚してください、美しい人」
ざわついていた周りの音が波を引くように鎮まっていく。
レスターがボソッと二期だったかと呟いた。
アレックスが〝ご冗談を″とにこやかに牽制するが、リーンテは〝冗談ではございません″と引かずに返す。
ヴィクトリアは基金の支援の増加とか狙ってるのかな?それともヴィクトリア基金ごと取り込むつもりかな?と考えながらも、にっこりと笑って言った。
「断固としてお断りします」




