学生の本分
☆★☆★
心を空にしていると空気が循環する流れを感じ取れた。座禅の極地を悟った我輩には赤子の手をひねるが如し。ただし、これが生前社長の道楽に巻き込まれた会社研修でなければかっこ良かったのだが………と落語家みたいなオチをつける。
白でコーティングされた高い天井をおもむろに見上げ、消耗してきた気を蓄えるように丹田へ意識して息を吸い込んだ。
今は教室で授業中。ゆっくりとした静かな低音で教師の話が続く。席の構造は階段式になっており、高校の狭い教室というより大学の講義室に当て嵌めた方がピンと来るのではなかろうか。
教師生活二十五年の老教諭は教壇に立ち教鞭を振るっていた。しかし、残念ながらそんなのは前世で散々マスターしていたので、我輩の興味をそそるまでには至らない。だからその一定量の音声が相まって先程からギッコラギッコラと船を漕いでいたのは自然の摂理。
それにしても不思議だ。何故講義にしても会社または免許の講習にしても、教えてくれる者の声が子守りに聴こえてくるのであろうか。先程からアクビが止まらない。
そんな我輩の態度が気にくわないのか、周囲の学徒達がポリバケツを漁る猫を見ているような視線が刺さった。
ならばここは敬意を称してニャーと答えるべきだろうが、我輩の如き包帯グルグル巻きのミイラ男が行ったらシュール過ぎる。
――そして短くて永い催眠お音波の苦痛から解放され、叡智の探求者達お待ちかね終業を告げる鐘が鳴った。
「うーーん!」
授業解放から古来より継承してきた学生伝統の背伸び。コツはいかに椅子倒れないようにするかだが、生憎固定されたベンチタイプなので幾ら我輩が飛んだり跳ねたりしても問題はない。
さて、残骸を集めて死んでしまったモンスターを供養しないと。学園からのレンタルとはいえ一時的にはパートナーだったのだ。人間の勝手で調教されて人間の勝手で殺されたのではあまりにも不憫でならない。
我輩が立とうすると、「あら、オルナダーク君、今日は書き込まないの?」隣の女が人懐っこい笑みを浮かべ話し掛けてくる。
「……ん?」
「それとも別の事でも考えていた?」
ウェーブが掛かったシルバーブロンドが美しいお嬢様だが、生前飼っていた美しい毛並みのペルシャネコであるカトリーナには到底敵わない。
外見は思わず初等部はここじゃないと言い掛けた位の幼さ。しかし、制服右肩に燦然と輝く高等部のエンブレムが同学部同学年と告げている。