魔導縫合
「エヴァ・プラネットさんよ。卿は早く処置しないとこのままでは死ぬのである。だが医者の所へ移動するのに時間が掛かり過ぎるのだ」
「私はここで死ぬわけにはいかないのです、まだやるべきことがある。絶対死ぬもんか」
「いや、この出血の様子だと卿は一時間ともたんよ。方法は我輩が止血するしかない」
「いやだ! お前みたいな無知にやられる位なら、このまま意地でもマルギッテ様の元へ赴いて死んでやる!」
樽から漏れ出たワインのように溢れ出ている。脈拍は速く肌の色も蒼白。
プラネットは意地を張っているがもはや立つ事も不可能だ。
這ってでも行こうとする気概は認めるが、自分の命を無駄に散らすのは頂けないな。
「ドクトル、この強情っ張りを暫し押さえてくれ。応急手当てをする」
「ヒールを使うの?」
「いや我輩は公爵家の無能者。そんな大それた事など街中でやれないだろう」
「なら縫う?」
「ああ、自動は制作にしか使えないから、今回は手動で行う」
一刻を争う。早急にナイフで衣服を刻み、我輩の前に一糸纏わぬ姿を晒させる。
出血が酷い場合は迅速に処置しなければならない。本来なら道具を煮沸消毒しなければならないが、ドクトル直伝、魔力の針と糸を使用して危険を抑える。魔力出量の加減は難しいが一番最短で処置が可能だ。
この世界は未だに焼灼止血法という火傷による止め方が主。だが、それでは膿むし、最悪生涯目も当てられない焼け跡が残る事になる。
これは嫁入り前の娘にとって悪夢の何者でもない。
「プラネットさんじっといていて。ナタクが縫合するから」
「私は無惨な死に方はしたくない! あんな無能者に命を預けられるものか! それに焼け跡が残ったら生き残っても嫁ぎ先が無くなり家を勘当されてしまう」
「なーは黙って言う通りにせよ! 大体嫁に行けないのがなんだ!? 死ぬより何倍もましじゃ。絶対損はさせん。わーが約定しよう」
ドクトルは素が出ていたが、それでも抵抗するプラネットの口へハンカチを突っ込み沈黙させた。そのまま抗菌結界を張って外部と遮断。
「魔導縫合術式展開。魔導バイパス開設」
魔力で形成された糸がプラネットへ連結した魔導バイパスから我輩の魔力が注ぎ込まれる。収まるまで血液の代用とする為だ。
直接の魔法は危険視されるが、認識出来ないスキルによる間接的な使用なら公爵家も我輩のままごと程度で処理される筈だ。ゴルディオン公爵には知られたくはない。穏便に済ませないと。
魔力による針の先端を傷ついた柔肌へ刺す。
まずは中央を結び、あとはスニーカーの要領で一個一個、迅速丁寧に縫い付ける。魔力で生成された糸なのでエネルギー体で自体はない。だから半月経てば消えるように調整しておけば、抜糸はしなくていいのでこういう場面で優れていた。
「うぐぐぐぐー!」
「プラネットさん頑張るのじゃ!」
麻酔はしてないから痛みは相当辛いだろう。その証拠にドクトルが握る手を強く握り返す。
呻き声と大量の汗が流れた。されど傷口を塞ぐ度、血の流出は徐々に収まっていく。
そして、最後の縫合が完了してやっと我輩は安堵した。
施術は無事に終了。
一足遅かったら体の一部を切断したはめになったかもしれない。そうなったらい幾らうまくいっても完全回復は無理だったろう。
それにしても、虫の知らせが当たった。おそらくこのエヴァ・プラネットはマルギッテが雇っている配下の者。
彼女が関わっているならおそらく純血派の捜索で、手柄を焦るあまり深い闇の部分に入ってしまったのだろう。
これは一度マルギッテと話をつける必要がありそうだ。大事に至る前にこの一件から手を引くように言い聞かせなければならない。全くもって厄介極まりない事をしでかしてくれる。
その証拠にプラネットは気を失う前とても重要なことを言っていた。
私の事を始末しに来た純潔派から逃げていると。
奴らがゴルディオン公爵家の目が光っている日中から事を荒立てるということは、それだけ危険なことを知ってしまったということだ。
我輩は早まったかなと少々後悔する。
ならばとっととこの場から離脱したいのだが しかしその前に、今日一番の山場が待っていた。




