紅蓮の旅立ち
己の人生を無駄に使われている、こんなブラック企業は早く退社するべきなのだが、斉藤には出来ない理由がある。
それは無類のペットマニアで、腹を空かせて待っている家族達のエサ代を稼がなければならなかったからだ。
新聞配達にコンビニのバイトも掛け持ちしているが、社員の安定した給料はどうしても必要。
ならば残る手段はそれを糧に多々のハラスメントから辛抱するしか方法はなかった。
幸いストレスも会社帰りの一杯で吹き飛ぶ。ペット仲間達と行き付けの居酒屋でペット自慢を披露。地獄の中の天国とはこの事だと常々思っていた。
しかし、ネオン街に身を委ねていると、一本の電話がサラリーマン斉藤義房を再び地獄へと叩き落とす。
「――――家が燃えている! とうちゃん、かあちゃん!」
「だ、大丈夫よ。それよりも動物達が……」
タクシーから降りると一面天をも焦がす紅蓮。築二十年の自宅が赤い炎に包まれていた。親とペットの為にローンを組んで購入したのだ。
消防車とパトカーが周りを固めて野次馬化しているご近所を入れないように阻んでいる。
両親は無事だったが、ペット達の姿が見当たらない。斉藤は一瞬で最悪の事態を想定した。
「俺のペット達は? ジュスティーヌ! スランソワーズ!」
ゲージに入れてある大蜥蜴のジュスティーヌとニシキヘビのスランソワーズ。
「すまん、ポチとタマだけで精一杯だった」
「うおおおおおお! みんなあああ!」
「駄目だ早まるな!」
「とうちゃん止めるなぁ! 皆俺が来るのを待っているんだぞ!」
「貴方が死んだら誰がこの家建て直すのよ!」
「妹と相談してくれ! とにかく俺はあいつらを助けるんだ!」
両親は止めるが引き剥がし五百匹以上の動物達へとの下へ炎上する母屋へダイブする。
もう大分火の手が回っているが、まだ動物達の鳴き声が聴こえていた。
「クロベエ! はむた! エドワード! オオドリー! ジュリアナ!」
口を押さえながら斉藤は、ペット達に呼び掛けて自分の部屋へと足を進める。
熱さでジリジリと痛む肌、進む度に視界が悪くなる煙。
だが、あと一歩のところで家を支える柱が倒れて斉藤は下敷きになる。
「はぁはぁ、動けないか。くそ…………ろくな人生じゃなかったが、頼られていて嬉しい自分もいた」
職場しかり親しかりペットしかり。
生物とは何かに依存しないと生きられないものだと改めて痛感。
「……もっと世界中の生物達を見たかったなぁ」
手を広げると舞う火の粉が先に逝ったペット達の魂のように感じた。
炎に世界に包まれて薄れゆく意識の中、いる筈もない女神の幻影を追いながら、斉藤はせめて来世でも動物達と共にあらんことを願うのだった。