マルギッテ・ライトファント(マルギッテ一人称)
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「僕は絶対一流のモンスターテイマーになって、王国最強のドラゴンナイトになるんだ!」
「ナタクなら絶対出来るよ! だってこんなに生き物が大好きなんだから!」
王国式典騎士授与式の日、燃えているように赤い黄昏満ちる空の下、興奮した少年は幼馴染みの私に誓う。
好きな事を夢中で語る蘭々に輝く彼の瞳が好きだった。
私達が世界から自由だった頃、願えば、頑張れば、全て叶うと信じていた。
とても純真で混じりけがない願い。
でも、現実はとても残酷で私達から何もかも奪ってしまう。
その時から私は神を信じなくなった。あいつを認めてくれない世界がとても嫌いだ。
「――お嬢様、お嬢様。起きてください」
「…………っ」
「マルギッテお嬢様、またうなされていましたよ」
「婆やか……」
またあの夢か。
悪夢にも似た目覚めの悪さに嫌悪が募る。
微睡みからまだ覚めないが、ベッドから気だるい上体を起こすと側の台から愛用の眼鏡を掛けた。
メイド服を着た老婆から渡されたコップに満ちた水を飲み、今いる現実世界へと気持ちを切り替える。
「夜分遅くお休みの所申し訳ありません」
「…………かまわない」
深々と一礼する婆や。
幼少より身の回りの世話をしてくれた人物だ。今はメイド長をやっているので役を離れたが、それでも私にとっては母同然の存在に変わりはない。
白髪と顔に刻まれた年輪は我が家を長年支えてくれた勲章のように燦然と輝くようだった。
その数少ない敬意を払うに相応しい存在は、私にそっと赤いカーディガンをかける。
私の寝室は広いから春になっても深夜は冷え込みやすい。なので婆やの気遣いには頭が下がる思いだ。
「で、婆やの事だ、それだけで起こした訳じゃないんだろ。一体どうしたんだ?」
「はい。実はお屋敷に賊が押し入ってまいりました」
確かに外がやけに騒がしい。カーテンをめくると正門辺りが祭りみたく複数の光で揺らめいている。三階からなので現場近くまで見下ろせるが、残念ながら太陽の光線でもない限り状況を認識するのは難しいようだ。
現在確認済みなのは、時折聴こえる雷鳴の如きモンスター達の鳴き声がオーケストラに負けぬ音量な事ぐらい。
それでも私は自分の耳を疑る。
モンスターテイマーを多く輩出してきた名家ライトファント。その現ノース伯が住まう屋敷に賊とはどんな馬鹿者共なんだと。
私は胸騒ぎがした。
「規模は?」
「正確な数は分かりかねますが、数十人はいると言っております」
「アレックス」
常に私の側で控えていているパートナー、ファイアーフォックス(炎狐)は反応するかのように立ち上がる。
獅子のごとく大きな体躯だが性格的に大人しいので手はかからない。
火の粉を纏っているかのような鮮やかな赤毛が炎狐の由来だ。なので燃えている訳ではない。
「お嬢様、気をつけてください」
「分かってる。アレックスもいるから心配しなくてもいい」
「はい」
心配している婆やには悪いが、急ぎ足で部屋を後にした。
屋敷と敬称するだけあって我が家は広い。他の上級貴族の中では平均以下だが、それでも正門までは走ってもそれなりの時間を要する。
手摺りに力を込めて階段を三段抜かし、両手両足を巧みにコントロールしてコーナーぎりぎりを攻めた。
しかし、床が毎日磨きあげている大理石な為、グリップ力のない素足だと受け付けず滑って中々思い通りの方角へは行けない。なので時折使用人達にぶつかるも構っている暇はないから、不作法ながら済まんと謝罪で済ます。
だから父様からじゃじゃ馬と言われるのだが、私こと、ノース伯の一人娘マルギッテ・ライトファントはこれが性分なので致し方がない。




