ペット好きの転生(三人称)
「先輩、すみませんがこの仕事も今日中にお願いしますよぉ」
チャラチャラした若い男はデスクに書類の束を無造作に置く。
飾ってある家族の写真が倒れると同時に、先輩と呼ばれたくたびれた感のある中年は眉をひそめた。
「………なんで?」
「俺は新規の客から仕事取ってきて疲れたんですよね。書類までやってられませんよ」
どうしてそんな事聞くの? と言いたげに澄まし顔で相手の元気のない男に相対する。
クチャクチャとガムを噛む音が先輩と呼ばれた男の血管を浮かせる理由には十分だった。
「自分が請け負った仕事を他人に押し付けて、お客様に信頼と礼を欠く行為なんじゃないのかな?」
「は? 何っているんですか? そんなもの客が分かるわけないでしょ?」
と、サラリーマンの証であるネクタイを緩める。
「でも、時間がない。もう退社時間だ」
「サービス残業お願いしますよ。先輩のノルマこなせてないのにこの部署にお咎めないのは俺がその分こなしているからなんですからね」
先輩と呼ばれている男は何も言えなくなった。
会社の営業部は成績が全てだ。どんなに性格が最低でも世の中を舐めていても仕事が出来る奴が正義で、どんなに善人でも甘い苦いが分かる苦労人でも出来ない奴は悪なのだ。
見渡しても仕事仲間が助け船を出してくれる事はない。それどころか火の粉が飛び火しないように余計なことに首を突っ込まない。それが感情で動く学生と違う社会人という生き物なのだ。
「ならせめて半分手伝ってよ」
「残念ながら俺はこれから彼女とデートなので。それに童貞の大魔法使いは明日の朝まで暇でしょ?」
胸ぐらを掴みそうになる前に生意気な後輩は挨拶もなしに部屋を後にした。
窓際でふんぞり返っている厳しい上下社会を生き抜いた上司に目で訴えるも、人材不足だ我慢我慢と言いたげにメールで、『斉藤よ、就職氷河期の猛者として気概を見せよ』とお達しだった。
勿論、姓は斉藤、名は義房は無能ではない。
ノルマが足りないのだって、上司がそのまま丸投げした面倒な仕事を一人でこなしているからだ。それも上層部にバレない厳選したものを。
後輩の件にしても、下手に辞められて仕事が増えてほしくないと上司が褒めちぎって優遇した結果、自分が正しくて凄いと自惚れる始末。
腐った上司を起点に一部署は負のスパイラルへと変貌を遂げているのだ。
位置がズレたレンズ代込み五千円の眼鏡を修正した斉藤。写真立てを置き直し写る小動物達に癒されながらノートパソコンへ後輩が寄越したデーターを移す作業に入る。
怒りは仕事の邪魔だから極力抑えるが、外野からバカにされる声がやけに耳に入りやすいのは人間の性だろうか?
上司が引退するか出世すれば管理職になるのでずっと職場が良くなるのだが、生憎その気配は全然なかった。