9、女王の騎士
「来たか」
抜き身の剣を杖にし待ち構えていたイーサンを五人は睨み付ける。退路を断つように背後からも兵士たちが雪崩れ込んできた。
「……女王の守護者か。相手になるぜ」
聖剣を抜き構えるドムサをフレデリックが制する。
「ここは俺がやる。お前たちは女王の間に向かえ」
「この人数です。フレデリックだけでは辛いでしょう」
ナディアが周囲を見回しながら話すと、ランも同意するように投擲武器を構えた。
「見つかったなら、ここからは時間との勝負。時が過ぎれば過ぎるほど我々の不利になる。ここは私が抑えよう。女王を倒せ」
「ふん、大口を。この人数、ただ一人で相手に出きると思っているのか?」
じりじりと包囲の輪を狭めつつ問いかけるイーサンを牽制しながらフレデリックは先を急がせる。
「……仕方ないね。あたいが残るよ」
フレデリックと背を合わせるようにしたランがドムサに笑いかける。
「ラン!」
「大丈夫さ。すぐにここを片付けて追いかける。フレデリック、ドジ踏むんじゃないよ」
止めようと手を伸ばすドムサを無視し、敵の一人にナイフを投げつけたランは好戦的に唇を吊り上げた。
「賞金稼ぎのラン様のお通りだ!
安い馘に興味はない!! 死にたくなけりゃ、とっととおどき!!」
「フレデリック様! ランさんをお願いします。お待ちしてますから!」
「畏まりました」
ランが敵に突っ込んた為に出来た隙に、勇者を連れナディアが強引に押し入る。その背を追って走りつつジェシカはフレデリックへと叫ぶ。
ナディアとジェシカが使い捨ての魔道具で道を開き、視界の外へと消えるのを確認したフレデリックは、イーサンに向き直った。
「さて、我が君のお願いもある。さっさと片付けさせて貰う」
「……命をかけるだけの価値が勇者にあると?」
暴れまわるランの戦闘音を聞きながら静かに語り合う。二人の男たちの間には静かだが寒気がする空気が流れていた。
殺気を隠さずに問いかけるイーサンに、フレデリックは肩を竦める。
「何を言っている。我が君は勇者ではない。あんながさつで夢見がちな男であって堪るか。我が君はジェシカ様だ」
「ジェシカ? ……ああ、勇者の妹か。では噂は誠か」
「どんな噂かは知らないが、まあいい。それよりもイーサン、お前こそ何故あんな小娘に使えている?」
「我が主に不敬は許さん」
「ニナニストリアか。初代女王の生まれ変わりと広められていたが、所詮は俗物。初代女王の足元にも及ばん」
当代女王の名が出た瞬間に、イーサンから怒気が漏れる。剣を握り直し、その剣先をフレデリックへと向けた。
「陛下への不敬は許さん」
「私が陛下と呼ぶのはただお一方のみ」
「何を言っている?」
訝しげに見つめるイーサンに苦笑を浮かべ、フレデリックもまた剣を構え直した。
「おしゃべりが過ぎた。さて、そろそろ勝負をつけようか……ジル」
ぼそりと続けられた名はイーサンには届かず、ただ烈迫の気合がぶつかり合う。
甲高い金属音と地面を蹴る足音。荒い息遣いが交差し、離れる。
「良い腕だ」
「そちらもな」
どちらともなく互いの腕前を称えて笑みを交わす。何処までも好戦的で野性味を感じさせる表情だ。
何度目かの攻防の末、幾つかの手傷を負った二人は次で終わらせようと呼吸を整える。
「その剣筋は守りを主とする聖騎士とは思えない。まるで餓えた犬のような野蛮な太刀筋だ」
「狼人の剣筋は変わらんな。質実剛健。ただひたすらに致命傷を狙う」
「我々はあまり人の世には出ないはずだが、詳しいものだ」
「昔、少しな。同じ流派を使う友がいた」
イーサンが持つ剣を見たままフレデリックは懐かしそうに目を細めた。
「…………惜しいものだ。そして残念だよ」
「何を」
「時が違えれば、また別の解決方法もあったかもしれん。だが……恨み言は後で聞く。今は死んでおけ、ジルベルト」
「ジルベルト? 誰のことだ」
知らない名で呼ばれ困惑した表情のイーサンに向けて駆け出す。
「なに、こちらの話だ。気にするな」
今までとは比べ物にならない、重い一撃を受けてイーサンがバランスを崩す。その隙を見逃さずにフレデリックは軸足を蹴りつけた。堪らずたたらを踏むイーサンに肩からぶつかる。
尻餅をつくように倒れたイーサンの鎧の隙間に剣を刺すまでが、瞬きの間だった。
「ぐっ」
悲鳴を押し殺しつつ、反撃に振るわれる聖牙をさけて、更に首を一突きにした。噴き出す血を交わしながら、油断なくイーサンの背後に回る。即死だったイーサンがフレデリックに向けて仰向けに倒れてきた。脚でその背を支えつつ、フレデリックはそっと右手でイーサンの両目を覆った。
一瞬で勝負がついた戦いに怯んだ兵士たちが我先にと逃げ出す。呆れを隠さずに見送ったランが、フレデリックへと近づいた。
「本気になればやれるじゃないか」
怯えを隠すように、強気な笑みを浮かべた頬がひきつっている。それを一瞥したあと、フレデリックはゆっくりとイーサンを寝かせマントでその姿を隠した。
「死者に敬意を払うなんて珍しいね」
「…………立場にあった扱いは必要だろう」
静かな声でそう答えたフレデリックは、抜き身の剣を腕に勇者たちの後を追うため歩きだした。
「そんなもんかい? よく分からないね。卑怯ですぐに裏切る狼
獣人だよ、そいつは」
「今の世の評価はな。だが……。いや、イーサンは女王の騎士だ。聖騎士の名を冠する者として敬意は必要だ」
「ふーん」
よく分からないという表情だったランであったが、少し離れた場所から漏れでた戦闘音で気持ちを切り替えたようだ。
「あっちも始まったみたいだね。急ぐよ、聖騎士さま」
「無論だ。ジェシカ様に何かあってからでは遅いからな」
駆け出したランの後を追いつつ、フレデリックは一度マントで隠されたイーサンに視線を流す。
「刻まれた記憶を元に本能的に主を定めたとしたら……あるいは……」
「ほら! 急ぎなよ!!」
先行したランに急かされるまま、フレデリックはわき上がる予感に蓋をして足を早めた。




