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8、勇者と聖騎士

 ナディアと二人で後援者と会って以来、何処か塞ぎがちのドムサたち二人を気にしつつも、旅は順調に続いた。


 日を追うごとに膨れ上がる仲間や支援者にその背を押されるように、勇者たちは王城へと近づいていた。


「明日、王城へと乗り込む」


 隠れ家に身を潜め、機会を伺っていたドムサが、大規模な宴を機に王族を一網打尽にするべく突入日を決める。


 各自部屋へと戻り休んだはずであったが、深夜、フレデリックがリビングで一人ぼんやりと宙を見つめる勇者を見つけた。


「どうした?」


「フレデリックかよ」


 一度は無視しようかと思い通りすぎたフレデリックだったが、思い直してドムサに声をかける。


「ナディア様やラン殿ではなく悪いな」


「まったくだよ。こういう時くるのは普通、女だろ?」


 珍しく真顔で冗談を口にするフレデリックに、ドムサが不器用に笑った。


 下世話な話題を口にするドムサを無視し、静かに椅子を引き腰かける。フレデリックは暗い表情を向けるドムサに問いかけた。


「悩みごとか?」


「明日だからな」


「今さら悩むか?」


 歯切れ悪く話すドムサを呆れを隠さず言い捨てる。


「何が不安だ? 言ってみろ」


 口を開いては閉じを繰り返すドムサにしびれを切らしたフレデリックは単刀直入に切り込んだ。


「明日、運命が決するんだな……。

 俺は本当にいいのか……、やれるのか……。

 もし上手くいったとして、その後は? 結局俺はお飾りで、ナディアのじいさんたちに操られるだけなんじゃないのか?」


「そうだな。そうなる可能性は高い」


 迷うことなく断言するフレデリックをドムサは睨んだ。


「だが初めだけだ」


「最初だけ?」


「勝手も分からないことをやるには、先達が必要だ。国はすぐにでも動かさなくてはならない」


「どういうことだ?」


「船頭がいなければ船が動かん。いや、心臓が動かなければ人は死ぬといってもいいか」


「分かるように言えよ」


「国とは心臓で、その支配者は王だ。脳に当たるともいえる。体の隅々まで血を行き渡らせなければ、人は末端から死んでいく。苦しむのはいつも、最も弱いものたちだ」


「?」


「…………ある王と愚かな男の話をしようか」


 分からないという表情を浮かべるドムサにフレデリックは例え話をする。何処か懐かしそうだが、苦しそうでもある悲痛な表情を浮かべたまま囁くように続ける。


「その王は孤児だった。ある町で一人孤独に冒険者として暮らしていた」


「冒険者? 昔あった職業だよな。開拓者と兵士を合わせたような仕事だったか?」


「ああ、今では無くなった仕事だが、その当時はなくてはならない仕事だった。危険も多いが一攫千金も望める、孤児でもつける職業だった」


「ふーん。でも冒険者ってキツくないのか? 命の保証もなにもないんだろ?」


「ああ、だが幸運にもそのお方は才能に恵まれ、運命に愛された。数ヵ国を巡り歩き名を残し、ある時、世界に請われて王となられた」


「普通の孤児が? 王に? 嘘だろ」


「今では信じられないだろうが、本当の話だ。

 多くの労力と犠牲を払いながらも、王となったその方は、最初こそ困惑していた。だが歩みを止めずに己の道を進まれた。

 そんな王に冒険者時代から仕える仲間がいた」


「へえ……仲間」


「戦士、騎士、騎士の従者、料理人……」


「バランス悪っ」


 思わずといったドムサの突っ込みにフレデリックが苦く笑う。


「今思えば、まったくだ。攻撃魔法も治癒魔法も全ては王が一手に引き受けていた。

 建国すると同時に、戦士は近衛兵隊長に、騎士は宰相に、料理人は王の料理番となった。

 宰相になった騎士は、何も知らない王の負担を減らそうと、臣下たちと協議し運営方針を決め報告していた。

 ある日、王がその事実を知ったとき、お怒りになった」


「そりゃそうだ。王なのに傀儡だなんて怒るだろ。その宰相や臣下たちは処刑だな」


 当然だと相づちを打つドムサに苦々しい笑みを向ける。


「そうだな。臣下たちも処罰を覚悟した。願い出もした。だが王は決して認めなかった」


 椅子の背に凭れかかり、ギシッという鈍い音が部屋に響く。


「王は経験がない自分の非を謝罪した。その上で経験を積むことを邪魔しないで欲しいと望まれた。

 臣下たちに信用されない自分が悪いとな」


「すげぇ人だな。その王様。そんな人が国王なら、俺もこんなことしなくて良かったのかもしれない。だが、俺がそんな凄い王になれるとは思わない」


 聖剣を見つめつつ呟くドムサに、フレデリックは続けた。


「王は国民に学問を授けた。学校を作り、そこに通うことを義務化した。己を美化し洗脳することも出来たにも関わらず、ただ知識だけを与えた」


「……どういうことだ?」


「その当時の平民は、文字が読めれば驚かれるレベルだったということだ」


「ずいぶん昔はそうだったと習ったよ」


「だが今は違う。皆、一定レベルの知識を与えられ、読む、書く、簡単な計算までは修めている。少し大きな町ならば図書館もある。

 どんな小さな村の住民でも、町まで出れば恩恵が受けられる」


「俺は苦手だけど、妹はよく本借りて読んでたな。うちの村じゃ、移動図書館だったから種類は限られていたけど」


「文字を読め、知識を得る方法も知っている。ジェシカ様はもちろんだが、聖女ナディアも友好的だ。それなのに何故傀儡を怖れる? たとえ傀儡になったとしても一時的なことだと何故気がつかない?」


「でも……」


「枢機卿など、利用してやっているくらいの気持ちでいればいい。経験を積んだらお払い箱だと、内心で笑っていればいい。

 民は貴族に付いているのではない。勇者へと夢を託しているんだ」


「その夢を叶えられるかが怖いんだよ」


「称賛を求めるな。未来の名声を望むな」


「何だよ、いきなり」


「その王が臣下に覚悟を語られたときのお言葉だ」


 姿勢を正し座り直したフレデリックが続ける。


「重荷を下ろすことを望める立場だと思うな。

 結果が全て。王が進むことを止めれば民が惑う。その背を見つめる者がいることを忘れるな」


「恐いな。恐いよ。俺はそんな覚悟なんかない」


「そして、その、王は……」


 頭を抱え丸くなったドムサだったが、その後に続く不自然な沈黙に耐えきれず頭を上げた。


「フレデリック?」


 唇を噛み締めて両手を白くなるほど握りしめているフレデリックの名を呼ぶ。


「愚かな男の、宰相に任じられた仲間の孫の奸計 (かんけい)により発せられた王の息子の命を受け弑された」


「味方に殺されたのかよ」


「決して許されざる行為だ」


「俺、そんな地位に就くのかよ。マジで嫌なんだけど」


「大丈夫だ。今は乱世ではない。そんなことにはならんし、ジェシカ様の兄であるお前をそんな目に合わせない。

 ジェシカ様がお望みになる限り、俺も手を貸そう。安心しろ」


「いや、欠片も安心できねぇって。第一誰だよ、その悲劇の王様って。そんな王習ってねぇよ。よっぽどマイナーな国の王かよ」


「歴史で伝えられることが全て事実とは限らない。

 勝てば正義だ。いや、勝者は正義を作り出すことが出来る。どうしても傀儡が嫌だというならば、貴族どもを始末しても良い。やり方は教えるし、手を汚したくないのであれば俺がやる」


「いやだから、答えろって。その王誰だよ」


「お前には助けてくれる仲間がいる。助ける能力をもった者たちが手を差し伸べている。

 今のお前だからこそ、聖女もランも多くの仲間たちもついてきた。俺もな。

 怖れる必要はない。無理に変わろうとしなくて良い。ただ手を伸ばせ」


 フレデリックはそれだけ言い捨てて逃げるように自室へと去る。


「言いたいことだけ言いやがって。

 でも気分は変わった……かな。うん、やれる。大丈夫だ」


 妹であるジェシカ至上主義のフレデリックからの、不器用なエールを受けてドムサの気分も上向いていた。


「そうだよな。誰でも初めは恐いもんだよな。勇者になったときだって怖かったんだ。でも何とかなった。

 明日で勇者は最後になっても、俺の人生は続くんだ。妹が泣かない世の中を作る。親父やお袋が死ななくてもよい世にする。そうしたいと思って勇者になった。

 そのためならなんでもやる。どんなことでも利用するって決めたはずだったのに、怖がるなんてらしくねぇ。

 肩書きがかわるだけだ。大丈夫、きっとこれからも何とかなるさ。とりあえず目標は仲間に殺されないことにでもしておくか」


 ひとつ伸びをして立ち上がるとドムサは晴れ晴れとした表情で自室へと向かう。


 途中、フレデリックの部屋の前を通ったが、すでに眠ったのか明かりは消えていた。


「ありがとな」


 起こさないように足音を消しつつ、通りすぎながらドムサはそう囁いた。


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