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7、勇者よ世界を救え

 その館には重苦しい空気が渦巻いていた。

 人里離れた森の中、ひっそりと建つ。病んだ領主を幽閉したとも、嫉妬に狂った豪商が愛娼を閉じ込める為に使ったとも言われる館は、今は煌々と魔力光と松明の灯りに照らされ、歩哨が絶え間なく行き来していあ。


 手入れもされず放置されていた庭にも武装を整えた男たちがたむろしている。


「勇者を見たか?」


「お嬢様とご一緒だったな」


 服装こそ違うが、恐らくは同じ貴族に属する私兵であろう男たちが小声で交わす。


「あれが……」


「ああ。世界を救う勇者だ」


 男たちが視線を向けた先には、壊れかけた礼拝堂が隠れるように建っていた。





「勇者ドムサ殿。今日はよく来てくだされた」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた枢機卿が、長テーブルの向かいに座っている。勇者たちの前には何処から運んできたのか疑問を持つ程の豪華な食事が並べられていた。


 枢機卿の横には、よく似た貴族も座っている。

 警戒する視線を向ける勇者とは対称的に聖女はにこやかに微笑んでいた。


「お父様、お祖父様、ご無沙汰いたしております」


「お前も良く勇者殿に仕えているようで安心しておる」


 鷹揚に頷く枢機卿にナディアが頭を下げると、父である貴族がグラスを持ち上げた。


「今日の出会いに」


 全員が芳醇な薫りを漂わせるワインを口にし、視線を交わす。


「…………今日は何故?」


 食事の手を止めず、勇者が枢機卿に尋ねた。その姿を見たナディアが勇者の袖を引くが、ドムサは引くことなく会談の理由を問うた。


「…………勇者殿も順調に進撃を続けられ、既に王都まであと一歩。そろそろ次を話し合う頃かと思いお呼びした」


「枢機卿殿がわざわざお出ましになるとは、俺も偉くなったものですね」


 パクりと肉を口に放り込みながら、ドムサはナディアの祖父である男を見つめた。


 現リベルタ中枢を担いながらもナディアを差し向け、勇者への影響力を確保すると同時に一族の保身と権力の継承を望んだ狸。それがドムサの評価だった。


 互いに内心では嫌いあっている相手だ。その対応も自ずから刺々しいものになる。


「……喜ばしいことではないですか。初代悪辣王、二代目卑劣王、三代目の粛清王。その後も脈々と続く血塗れの王家を倒し、ようやく世界を人々の手に戻すことが出来るようになるのです」


 二人の間を取り持つように、ナディアの父は口を開いた。


「血塗られた王家。まさしくその通りだ。勇者殿もそう思われるだろう?」


「俺はただの農民だった。雲の上の話なんかしらない。だが、リベルタのせいで苦しんでいる人々は多い」


「代替わりの度、王を殺すのが掟の王家に、慈悲心などあるわけがなかろう」


「お祖父様、当代女王はまだお若く、即位された時は十歳にも満たなかったと聞きます。それでも王家の因習に従われたのですか?」


「王家の掟は絶対だ。そして詳しい内容は我々貴族にも隠されている。ただ事実として、先王が崩御された瞬間、部屋には当代陛下のみがおられた」


「エグっ」


「勇者殿にはそのような忌まわしい一族を滅ぼしていただきたい。なにより我らが主神メントレ様がそれを望まれたゆえ、貴殿にその剣が下されたのだ」


 何度となく聞かされた要請に霹靂(へきれき)しながらも、ドムサはおざなりに頷いた。


「そして時代の潮流は既に決した。遅かれ早かれ、リベルタ王家は倒れる。

 そろそろその後のことを考えねば、世に混乱をもたらすこととなる」


「…………何が望みだ」


「ドムサ殿には王となっていただく」


「馬鹿なことを言わないでくれ。

 あんたらも知っての通り、俺はただの田舎者で政治とやらも出来ない。国をどうこうなんて出来やしない」


「ご安心を。我らが支えよう」


「神聖勇者王として立った暁には、ナディアを正妃に迎えて欲しい。それで多くの貴族や聖職者たちは貴方に膝を屈するでしょう」


「お父様!」


「お前は黙っていなさい」


 まさかの要求にナディアが驚き声を上げると同時に黙らされる。


「我が孫よ。お前にとっても良い話であろう。何を動揺している。これは勇者殿へとお前を遣わし、王家打倒の狼煙を上げたときから決まっていたことだ」


「…………それで枢機卿様たちは、正妃の親戚として権力を握るということですか」


 静かにフォークを置いたドムサが、らしくもなく冷静に話す。その姿を見た枢機卿は初めて満足げに顔をほころばせた。


「君もようやく役割を身に付け始めたようだ。なによりだよ」


「ふざけないで頂きたい」


「ふざけてなどおらぬよ。なにも分からぬ、分かろうともせぬ若造が、ようやくいっぱしの顔を見せるようになったのだ。可愛い孫の婿として、これ以上のことはあるまい」


「俺は!」


「ドムサ!」


 テーブルに手をついて立ち上がったドムサの腕を、ナディアが強く引いた。


「お祖父様、お父様」


「なんだね?」


 ドムサに目配せをしたナディアは、祖父たちを見つめながら努めて冷静な声音を保っていた。


「勇者様は世界を救ってくださいます。ですがリベルタ王家はいまだ強大です。当代女王は悪辣王の生まれ変わりと言われるほどの傑物。今はまだ先のことなど考えられません」


「傑物……確かにそうも言われるがただの小娘だ。勇者が気にする相手ではない。どちらかと言えば気にするべきは、忌々しい狼だろう」


「護国将軍に任じられたイーサンのことか?」


「卑劣王の御代で、狼獣人は貴族より落とされました。それ以来森に住む獣となったあの者たちを、何故当代は呼び戻したのでしょうか」


 枢機卿へと問いかけた父上に、ナディアは軽蔑の視線を送る。ただそれは一瞬のことで、気がついたのはドムサだけだった。


「忠臣たちを信じられぬのだろう。愚かな娘だ」


 吐き捨てるように呟いた枢機卿は、ドムサへと顔を向ける。


「勇者ドムサよ。世界は救済を求めている。

 君は世界の希望であり、神の剣だ。

 努々(ゆめゆめ)、忘れてくれるな」


「世界なんてどうでもいい。だが、今まで協力してくれた仲間や妹の望みは叶える。

 その後のことは今は考えられない」


「良いだろう。先のことは我々でお膳立てしておく。君はただ君の目的を見ていればいい」


 友好的とは言えない会談を終えて、ドムサとナディアは仲間の元へと急いでいた。揺れる馬車の中で向かい合って座る二人の間には微妙な沈黙が流れている。


「ドムサ様、今日は祖父と父が失礼なことを口にして申し訳ございません」


 ゆっくりと下げられる頭を見ていたドムサは、気になっていたことを聞く。


「ナディア、何か知ってるのか?」


「何かとは?」


「さっきスッゲェ顔で親父さんを睨んでただろ」


「私は聖女です。初代女王もまた聖女であったことは知っていますか?」


 首を振るドムサに、ナディアは悲しそうな笑みを浮かべる。


「聖女に任じられた時、同じ聖女の任にある方から、口伝で国史を伝えられます。

 初代から数えて三代目までの王族が歩んだ道は、私には悲劇としか思えませんでした。そして三代目の国王により、王族典範が定められ、それ以来リベルタの王に平穏は無くなったと聞いています。

 もちろん今の貴族たちもリベルタ中枢部も許すことは出来ません。ですが私は父たちが話すように、王を殺せば全て終わるとは思えないのです」


 それ以上は聖女としての秘密だと何度聞いても話さないナディアをドムサは歯がゆそうに見守ることしか出来なかった。









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[一言] >ご挨拶  少し遅れましたけど、あけましておめでとうございます。  旧年中は楽しませていただき、ありがとうございました。  また本年もよろしくお願いいたします。 >感想  いやぁ、”勇…
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