6、祈りと誓い
―――――私は誓います。
ただ一瞬の安寧も望まぬと。
片時も努力を辞めぬと。
次に我が君にお会いできるその日まで。
我が身、我が魂に安息は不要。
どうか、苦痛を。悲しみを。
理由なき暴力も、誹謗中傷も全ては我が身に。
常に高みを目指します。
常に我が君を探し求めます。
どれ程我が魂が疲弊しようとも
その最後の一片に至るまで。
どうかお待ちになっていてください。
私が必ず今一度、幾億に砕けし貴女様の魂を集めて見せます。
これは太古の昔、神へと捧げられた誓い。
幾度となく捧げた誓いを心の中で繰り返しながら、今世を生きるフレデリックは腕の温もりに顔を埋めた。
「フレデリック様?」
「ジェシカ様、お許しください。いましばし」
すがり付くフレデリックの声音は何処か悲痛にも感じられて、ジェシカは無言で背中を撫で続ける。
強く抱き締められた体は痛みを感じるほどだったが、振りほどこうとは思えなかった。
しばらくさせたいようにさせていたジェシカは、腕が緩んだタイミングでどうしたのかと問いかけた。
「……ジェシカ様がお倒れになり、少々動揺いたしました。どうかお許しを」
そんなフレデリックの苦しい言い訳を受け入れるかどうか悩んでいることに気が付いたのか、フレデリックが短く息を吐いた。
「お願いがございます」
「フレデリック様?」
「どうか私が生涯側でお仕えすることをお許しください。そしてどうか私より前に亡くなくならないでください。
貴女は私がお送りします」
苦悩、悲痛、懇願、混乱。沢山の感情をない混ぜたフレデリックの表情に困惑しながらも、ジェシカは無理やり明るく微笑んだ。
「矛盾してますよ。
自分より早く死ぬなと言ったり、送ると言ったり。本当にどうしたのですか?
いつもの魔力枯渇なだけなのに」
ただの魔力枯渇だったが過剰なまでに反応するフレデリックに、ジェシカも困惑していた。
「はるかな昔、貴女様によく似たお方にお仕えしておりました。その方は私の手の届かない所で儚くなられてしまった。
貴方は日に日にそのお方に似てこられる。どうかお願い致します。今度こそ見送らせてください。すぐにお供いたしますので」
「フレデリックさま、一体何を」
「これから戦いは更に激しさを増すでしょう。リベルタ中枢部に入り、味方を増やしつつ砦も落としました。聖女の一族も勇者の旗の元へと下り、仲間の貴族へも声をかけている。この流れはもう止まりません」
「リベルタを滅ぼすか、私たちへの対応を貴族たちが改善するまでね」
「それだけで済めば良いのですが、今のリベルタの王は女王。しかも年若い娘です。リベルタの建国王たるリュスティーナ陛下の生まれ変わりとも言われる美貌の持ち主」
「弓がお得意なのでしたっけ? 近衛騎士に数百年ぶりに獣人を迎え、私たち平民の扱いも良くなるかとみんな期待した方よね」
「女王ニナニストリア。かの女の首を取ることが求められるでしょう」
「うーん。兄さんにそんなこと出来るのかな?」
素朴な疑問を口にするジェシカにフレデリックは身を起こしながら苦笑を浮かべた。
「今のドムサでは無理でしょう。ですか早晩覚悟を決めねばならなくなります。歴史の潮流は時に誰もが予想もしない形で流れ出します。
もしもドムサが至高神様のお眼鏡に叶った本当の勇者ならは、きっとご加護がありすよ」
「兄さんが女の子を手にかけるとは、思えないんだけど」
「全ては運命のままに。大丈夫です。何があっても、ドムサがどんな選択をしたとしても、私がジェシカ様をお護りします」
――――私が殺すその日までは。我が君の光を宿す愛する君よ。神よ。どうか、この想いを許してほしい。
「ありがとう」
安心したように微笑むジェシカの顔を見ながら、フレデリックは祈っていた。