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5、関所

 勇者たちはあれから幾つかの街を通過し、その度に仲間を増やした。為政者たちからは歓迎されなかったが、その分聖職者や庶民たちからは熱烈な歓迎を受けた。


 そしてリベルタ中枢、女王の直轄領へと続く関所を通り抜けようとした時、勇者たちが恐れていた事態が起きる。


「勇者だ! 殺せ!!」


「第一級守備体制! 首都へ勇者襲来の一報を!!」


 いつも通り腐敗した下士官と勇者寄りの平民出の兵士たちだけだと思っていた関所には、女王直属の兵士たちの姿があった。


「くっそ! なんでこんなところに女王の兵がいるんだよ!!」


 毒づきながら勇者は撤退しようと辺りを見回す。関所の塀の上から弓兵が勇者を狙っていることに気が付いたフレデリックが盾を構えて正面に立った。


「退路は既に絶たれている。戦うしかない」


 冷静に状況を判断したフレデリックが勇者を諭す。


「ですが、彼らは人間です。この場で戦いば死者は避けられません」


 聖女が難色を示し、それに同意するように勇者は聖剣を下げた。


「ドムサ、ナディア、何いってんのさ。今までだって仕方ない時はあっただろ? 何を悩むのさ」


「兄さんどうするの?」


 ランは既に兵士に投げナイフの照準を合わせている。ジェシカは武器である杖を抜き、関所ごと吹き飛ばそうと魔力を込め始めながら、兄である勇者の判断を待っていた。


「いつかは全面対決になる。覚悟を決めろ」


「だがここで戦えば、関所にいる人だって巻き込まれるだろ?」


 それでも迷うドムサを尻目に、関所に詰めていた兵士たちは次々とその数を増やし、隊列を整えている。


「目的を忘れたのか?」


「忘れちゃいない! だけど関係ない人々が」


「世の中に無関係な人間などいない。

 腐敗した世の中を何とかすると決めたのだろう。それを旗印に仲間を集めてここまで来た。今まで討伐兵が向けられなかったのが異常なだけだ。ようやくリベルタが本気で勇者を脅威と認識した。覚悟を決めろ」


「だが……」


「ジェシカ様、出来るだけ広範囲の敵を巻き込みつつ、関所を壊してください」


 今ここで勇者に決断を求めても無駄だと判断したフレデリックは、ジェシカへと視線を転じた。その間にもフレデリックの構える盾は降り注ぐ矢を弾き忙しなく動いている。


「フレデリック様……。兄さん、いい?」


 視線を泳がせ迷う勇者に舌打ちしたフレデリックは、もう一度強目にジェシカへと魔法の発動を願った。


 隊列の整った関所の兵士たちは攻撃魔法や弓矢だけでなく、突撃命令を待っているようだ。時間がないと判断したジェシカは準備していた魔法を発動する。


 ジェシカの魔法に名前はない。太古の昔に遡れば同じ魔法を使っていた魔導師もいたのかもしれないが、無詠唱のまま全ての魔力を一撃に込めてランダムに放たれるソレを解析できる魔術師はいなかった。


 今回の魔法は黒かった。ジェシカの足元からウネウネとした蔓のような力の塊が無数に涌き出ている。


「これ……なに……」


「ジェシカ様、魔法を制御してください。敵にその黒いモノを向かわせるのです」


 動揺するジェシカにフレデリックが声をかける。ジェシカが発動させた未知の魔法に心当たりがあるようだ。


「う……ん」


 本能的に分かった制御方法を必死に操るジェシカの額には大粒の汗が浮かんでいる。


「うわぁぁぁ」


「ぎゃぁ!! 腕がぁ」


 黒い蔦が触れた途端、兵士たちの鎧ごと全てが消失していった。それどころか触れた箇所から広がるように自壊していく。


「フレデリック! なんだよ、これ!」


 さすがに異常だと思ったランが、蔦を指差し叫び声をあげる。


「虚無塵だ」


 フレデリックが呟いた声を拾ったナディアが、神殿に伝わる建国女王の伝説を思い出す。


「それは初代女王リュスティーナが得意とした伝説の魔法ではありませんか」


「黒い蛇みたいだな」


 呆然と逃げ惑う兵士たちを見つめながらドムサは口にした。


「……ジェシカ様だけに手を汚させるつもりか?」


 ジェシカが扱う魔法の圧倒的な力を見守る三人に、フレデリックの声が降る。そのまま崩れた隊列に突っ込んでいくフレデリックにつられるように勇者たちも戦いへと身を投じていった。


 兵士たちが総崩れになるまでに然したる時間は必要なかった。散り散りになり撤退していく兵士を追うフレデリックに、一人の剣士が立ちふさがる。


「閣下!」


 逃げ去る兵士の一人がその男を見て、足を止めた。


 狼の特色を強く全面に出したその姿は、女王親衛隊の隊長たる獣人のものだった。


「イーサンか」


 油断なく盾を構えたままフレデリックが問いかける。


「ここは引け」


 後ろに庇った兵士へと指示を出したイーサンは、獣相化した顔をフレデリックへと向けた。


「聖騎士フレデリック、これ以上の蹂躙は許さん」


 駆け寄り戦い始める二人の横では、ジェシカの魔法が脅威を振るい、関所を蹂躙し続ける。


 何度目かの打ち合いの後、フレデリックはイーサンの持つ剣に目を止めた。


「聖牙か……。懐かしいな」


「何故この剣の名を知る? これは王家に伝わる宝剣のひとつ。女王陛下から与えられるまで、長らく世に出ていない剣だ」


「その剣を持つ狼獣人と、昔、少し縁があっただけだ。

 …………引け。既にこの地の趨勢は決した。貴殿との決着はまた後日に回そう」


「おい、フレデリック! 何いってんだよ!!

 せっかくのチャンスを」


 ようやく掃討を終えた勇者が合流し、イーサンへと剣を向けながら文句を口にする。それに同意しながら、ランも投擲ナイフの狙いをイーサンに定めた。


「ジェシカ様が限界だ。それに相手は女王の最側近。このようなところで殺す相手ではない」


「戦いの美学かい? 冗談お言いじゃないよ。

 勝てばいいのさ。こんなところにリベルタの将軍が来てるなんて幸運じゃないか。殺すべきだよ、ドムサ」


 言いあいを始める勇者パーティーを横目に見ながら、イーサンはジリジリと後退を始めた。そのまま、限界を向かえたジェシカが地面に倒れ付し、ドムサが駆け寄ったのを確認して、一気に走り出す。


「あ! 待て!!」


 ランが投げナイフを投擲したが、風切り音だけを頼りに避けたイーサンは、一路リベルタへと去っていった。


「ジェシカ!」


「魔力切れです。怪我はありません」


 ジェシカをかき抱く勇者に、ナディアが伝える。そのまま幾らかでも回復させようと、魔力回復薬を少しずつ飲ませた。


「今日はここで休むしかないな」


「でも誰かくるかも」


「これだけ派手にやれば戻ってはこないさ」


 周囲を見回した勇者は、辛うじて屋根が残った関所の一部にジェシカを寝かせる。


「フレデリック」


 一度だけ心配そうに妹を見た勇者は表情を改めて、フレデリックを睨み付けた。


「何だ?」


「どうして手加減した?」


「何がだ」


「あのイーサンさ。お前の実力なら殺すのは簡単だったろう?」


「何を言っている」


「隠すなよ。本気になれば、俺だけじゃなくて、ここにいる全員敵に回しても問題ないくらいお前は強い。違うか?」


 睨み合う二人に怯えたナディアたちはそっと一番の安全圏であろうジェシカの側へと近付いた。


「何を言うのかと思えば……。そんなことはない。所詮、聖騎士は守りの力だ。狼獣人には勝てない」


 苦笑しやれやれという雰囲気で否定するフレデリックを信じることなくドムサは更に詰め寄る。


「違和感がある。聖騎士なだけじゃないだろ。絶対。

 お前、何者だよ。ジェシカの周りを彷徨くな。胸糞わりい」


 吐き捨てるように言うと、ジリジリと武器に手を伸ばす。


「やめておけ。

 冷静になれ。

 俺が勇者に何かしたか?」


 勇者に悪意を向けられても動じることなく、これどころか冷静に言葉を紡ぐフレデリックを化け物を見るような目でナディアたちも見つめる。


「落ち着け。

 俺は敵ではない」


「味方でもないんだろ?」


「味方かどうかは知らんが、目的は……いや。そうだな。利害が一致しているだけだ」


「利害?」


「ジェシカ様だ」


「それだよ! なんでそんなに妹に執着するんだ!!」


「……我が君だからな。騎士が剣を捧げるに足る主」


「意味わかんねぇ。そんな不気味な理由で妹に付きまとうんじゃねぇよ!!」


「つき待とっている俺を便利に使っているのはおまえたちだろう?」


 ナディアとドムサの二人を見つめながら、フレデリックは冷酷なまでに言いきった。


「…………もうやめて」


「ナディア?」


「聖騎士、フレデリック。貴方は至高神様から認められ、勇者の仲間として遣わされた聖騎士です。分を弁えなさい」


 これ以上はさすがにまずいと判断したナディアが言い合う二人に割り込んだ。


「それとドムサ様、確かに聖騎士は護りと癒しを主とする職業であり攻撃は得意ではありません。どうかこれくらいで」


 しばらく睨みあう両者であったが、どちらともなく視線をそらし、ジェシカを挟んで座る。


 その険悪な雰囲気は、翌日、ジェシカが目を覚まし、兄を宥めるまで続いた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 追記・でもここでの判断は聖騎士達の方が正しいし、妹さんの方がきちんと判断出来てるね。 聖騎士も主絡むと狂うけど、きつい局面では甘い勇者よりまともか。
[一言] まあ、勇者シスコンだが、それ以外は鬼畜でもないし、あの幼馴染にも一応は追放で済ませてるが、寧ろ、聖騎士の方が突き抜けててやばいか。 まあ主の大事な兄君なんで害意はないにしても。
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