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4,妹はトラブル吸引器(無自覚)

 いくつもの町を抜けようやくついた大都市。勇者様パーティーはこの街で休息をとることにした。


「兄さんは聖女様と後援者たちに会いに行って、ランさんは情報収集。フレデリック様は随分嫌がってたけど、神殿騎士のお仕事……」


 いつも身につけているローブからは一転、少々地味めだが普通の街娘のような格好をしたジェシカは公園の側を歩いていた。


「補給は済んだし、また図書館に行こう」


 歩いていてもナンパひとつされたことがないジェシカの見た目は、一言で言えば陰気であった。本人もそれで良いと思っていた。


 今は恋愛よりも魔術師としての実力をつけ、少しでも兄たちの役に立つ。それがジェシカの目標であった。


 急ぎ足で公園を突っ切り、図書館へと向かう途中、銅像の下で足を止める。


 建国王を支えたとされる勇者像。その手が杖にしているのが、兄が神から与えられた聖剣カラドボルクなのだろう。


「勇者……か。兄さんが勇者になるとは……。でも当然と言えば当然なのかな? 私にあんなに優しくしてくれる良い兄さんだもんね」


 像を見上げる瞳を細くしつつ微笑むジェシカの耳に、少女と言い合う数人の声が届く。


 何事かと声の方を見ると、出店近くで上等そうな服装の少女が、派手な格好の若い男にナンパされているようだ。


 数人の青年に囲まれた少女は怯むことなく言い返しているようで、互いにヒートアップしている。


 その姿を公園のあちこちから、居合わせた人々が見ていた。


「……あ、危ない、かも?」


 業を煮やしたのか一人の青年が少女の腕を掴む。もう一人が逃げ道を塞ぐように背後に立った。そのまま何処かに連れ去られそうになり、少女は抵抗しているようだ。


 急いで駆け寄るジェシカを忌々しそうに見た青年は、「何処のブスだよ。邪魔するんじゃない」と怒鳴り付けてきた。


「嫌がってる。やめたら?」


 荒事に慣れているジェシカは怖がりもせずに青年たちに話しかける。


「へえ……根暗なブスかと思ったけどよーっく見ればまだ一応見れるな」


「おいおい、お前、趣味わりぃわ」


 少女を囲んでいた中から青年が一人、ゲラゲラと笑いながらジェシカに腕を伸ばした。ジェシカは腰に下げていた発動体の杖でその腕を叩く。


 まさかの反応に青年たちが色めき立ち、ジェシカに視線が集中した。その一瞬の隙を逃がさず、絡まれていた少女が屈み、スカートの中からナイフを取り出した。


「うわっ!」


 無言で切りつけられた青年が仰け反り、少女から手を放す。ジェシカもまた自衛の為に普段は抑えている魔力を解放した。


 勘はよい方なのだろう。ジェシカの圧倒的な魔力を感じた青年の一人が腰を抜かし座り込む。別の一人は真っ青になって後ずさっていた。


「…………やめたら」


 もう一度、ジェシカが呟くように繰り返すと、青年たちは我先にと逃げ出した。


「あなた、凄いわね」


 血が付着したナイフを取り出したハンカチで拭っていた少女がジェシカに話しかけてきた。


「あなたこそ。余計な事をしたみたい。ごめんなさい」


 血を見たことでそそくさと逃げていく見物人たちを目で追いながら、ジェシカは短く答えた。


「……兄さんなら女の子二人になんてしないのに」


 とっさに兄と比較して周囲の人物たちの評価を呟くジェシカに、少女は不思議そうにしていた。


「いえ、助かったわ。礼を言います。

 供の者とはぐれてしまって困っていたのよ」


「ああ、やっぱり貴族か何かのご息女ですか。失礼致しました」


 大都市であればあるほど貴賤の差は激しい。貴族や豪商の娘であるならば、平民にとっては雲の上の人だった。ひとつ対応を間違えれば、投獄されても文句は言えない。無礼打ちにされても同情はされても、誰も少女を罪には問えないだろう。


「気にしなくてよいわよ」


 鷹揚に頷いた少女は、ジェシカに向けて微笑んでいた。


「ねえ、お願いがあるの」


 断られるとは微塵も考えていない声音でジェシカに話しかけた少女は、イタズラでも思い付いたかのような表情を浮かべている。


「多分、もう少しで供の者たちが私を探しにくるはずなのよ。それまで一緒にいてくれないかしら?

 この街を案内してちょうだい」


「は?」


「ああ、お金ならあるわよ?」


 ほらっと差し出した財布の中には、リベルタ首都や大口の商取引でしか使われることのない金貨が大量に入っていた。ざっと見たところでも百枚は下らない。


「ちょっ! 危ないよ」


 平然と笑う少女に、ジェシカは慌てて財布の口を閉じさせた。


「足りないかしら? こうして街を歩くなんて中々ない機会だから、多目に持ってきたつもりなのだけれど」


「…………多過ぎ。普段買い物はどうしてるの」


「必要なものは常に補充してあるし、誰か近くの者に言いつければなんでも手にはいるわ。普通は違うのかしら?」


「うわぁ。凄いお嬢様だ」


「うふふ。ね、良いでしょう。さっきの青年たちにもお願いしたのだけれど、何だか変だなとは思っていたの。貴女は素直そうだし、お願いできるわよね?」


 エスコートさせるように腕を組んできた少女は、ジェシカに名前を尋ねてきた。


「お嬢様は何と呼べばいいの?」


 短く名乗ったジェシカが逆に少女に問いかける。


「そうねぇ……。私の名前はニナ……。いえ、そうだわ、ニーナとでも呼んでちょうだい」


「あからさまに偽名ですね、ニーナお嬢様」


「あら、いいじゃない。大丈夫よ、貴女にはお咎めがないように話すわよ」


 ズルズルと引きずられながら、ジェシカは苦笑を浮かべていた。


 ニーナと名乗った少女は、本当に何も知らないようだった。街の人出の多さと、活気に圧倒されていた。


 しばらくして慣れると、瞳を輝かせて色々な店に突撃していった。振り回されるジェシカだったが、妙に憎めないニーナの魅力に抵抗を諦めて案内と説明に集中していた。


「ねえ、お迎えの人ってこんなに動き回って大丈夫なの?」


「平気よ。これくらいのことで惑わされるような護衛ではないもの」


 店で買った炭酸飲料を飲みながら、ニーナは笑っている。悪びれないその笑顔に、ジェシカはまだ見ぬ護衛に同情しはじめていた。


「あそこが雑貨屋ね。アンリが話していたわ」


「アンリ?」


「侍女よ。乳母の娘で私の乳母姉妹」


 飲み物を片手に雑貨屋へと足を早めるニーナをジェシカは慌てて追った。


 キラキラと輝く若い女性向けの品々に、今日一番の笑顔を浮かべたニーナは早速商品を手に取っていた。その際、邪魔になるとジュースはジェシカに押し付けている。


「………………あ、これがいいわ」


 最終的にニーナが手にしたのは、ハート型の小物入れだった。木製で作られ彫刻が施された上に、クズ輝石が散らばっている。


 黄金と銀の二つの小物入れを手にしたニーナは、会計へと走っていった。


 金貨で比較的安価な小物入れを買おうとしたニーナと店員の間で一悶着あったが、無事に買い物を済ませ、二人は外にでる。


「…………あら、見つかったわ」


 入口には動きやすい服装の青年が一人、肩で息をしつつ立っていた。


「お一人で出歩かれては困ります」


 無表情で見下ろす青年は明らかに戦う職種のものだった。大柄な体に鋭い黄金の瞳。何より三角の耳が周囲を警戒するように立っている。


「狼獣人……」


 後から出てきたジェシカが、街でほとんど見かけない獣人の姿に驚きの声をあげる。


 人と獣人の生活域はリベルタ建国当初こそ混ざっていたが、長く時を過ごす毎に自然と分かれてきた。今では山岳地帯や森林地帯など、人が暮らすのに不向きな場所がその生息域とされている。


「…………こちらは?」


 ニーナを庇う位置取りへと瞬時に体勢を入れ換えた青年が警戒も露に問いかける。


「ジェシカよ。街で絡まれた時に助けてくれて、今日一日、この街を案内して貰っていたの」


「あの、ニーナちゃ……お嬢様」


 ギロリと睨み付けられ、慌てて言い直したジェシカに、ニーナは笑いかけた。


「供の者が来てくれたから、帰らなくてはならないの。今日はありがとう。これ、貰ってくれる?」


 先程買った二つの小物入れのうち、銀に赤の輝石がはまったものを渡された。


「うふふ、お揃い。嬉しい。友達が出来たみたい」


 無邪気に笑うニーナに対し、狼獣人の青年は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


「あの、私はこれで」


 不機嫌そうな狼獣人から逃げるように頭を下げるとジェシカは踵を返して宿へと向かった。






 ***





「…………何故、あの娘と?」


 豪華な一室で寛ぐニーナに、狼獣人が尋ねる。互いに変装はやめて本来の姿に戻っていた。


 部屋に負けず劣らずの贅を凝らしたドレスを纏ったニーナは、騎士服の青年に向けて皮肉に笑う。


「勇者の妹と(わたくし)が共にいたことが不服ですか」


 主人の機嫌を損ねたと気が付いた青年は即座に絨毯へと膝をついた。ニーナの化粧を施された顔は妖艶なまでに美しいが、何処か残虐性も感じられる。手招かれるままに近付いた青年をヒールで蹴りつけると同時にニーナは笑みを消した。


「いつから下賤な狼ごときが、私に意見できるようになったのです」


「申し訳ございません」


 深々と頭を下げた青年の頤を少女は扇で持ち上げた。促されるまま顔を上げた青年であったが、視線だけは従順に下を向いていた。


「リベルタを滅ぼす勇者ドムサとその一行。世界に害を及ぼすならば、何を置いても消さなくてはならないと思っていましたが……」


「殺すべきでした」


「浅はかなことを言わないで」


 ピンと顎を弾いた扇で顔の下半分を覆うと、大仰にため息をついた。


「腐った貴族と自分達の快楽に従順過ぎる王族たち。貴方たち狼獣人の献身にも感謝することなく蔑むだけ。悔しくはないの」


「我ら狼人族は始祖さまを害しました。その罪は何代経とうとも消えはしません」


「だから始まりの森に住み、毎年首都へと生け贄を捧げるというの? 愚かとしか言い様がないわね。だから歴代の支配者たちに利用されて、狼獣人族全てが差別の対象とされるのよ」


 呆れも隠さず言い捨てると、立つようにとの声をかける。青年は表情ひとつ変えずに、静かに立ち上がった。


「王とは暗闇を照らす光。

 王族とは光を守るためのもの。

 貴族は民の為にあるもの。

 もしもの時は王に諫言し、それでも駄目なら弑するべき覚悟を持つものたちの総称よ」


 憤懣やる方ないという表情で虚空を睨む少女は、扇を閉じ立ち上がった。


「王に力なく、王族にその意思なく、貴族に覚悟もないならば、そんな国はもう国ではない。至高神様が勇者をこの世界に降されたものその証明のひとつ」


 大きくスカートを翻し扉に向かうニーナは側近たる青年とのすれ違い様に好戦的に微笑んだ。


「腐った国を正すためには王という生け贄が必要。それが勇者が生まれてしまった国の、最後の女王たる私の役目。違うかしら?

 私、ニナニストリアはリベルタの女王として、貴方たちの献身を受け入れてきた王族として、他の親族たちがどんなに無様に逃げ回ろうと、その責任から逃げるつもりはないわ」


 自信に満ちた笑顔を顔に貼り付けた女王と、鉄壁の無表情で女王に仕え続ける近衛騎士となった二人は、本来あるべき場所へと戻っていった。


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