表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/14

13.新たな世界へ

「ジェシカ!!」


 俺はようやく戻ってきた妹に駆け寄る。立っている姿をざっと確認し変わりがないことに安堵した。


 魔力欠乏でふらつくジェシカをフレデリックから強引に奪って横抱きに抱え上げる。


「陛下!」


 新しく臣下となったクソ貴族どものなかから咎める声がするが知るか。くるりと踵を返せば、当然のようにナディアとランの二人が左右を固めた。


「ついて来い」


 フレデリックに言い捨てて、魔物のドロップ品が散乱する道を城へと急ぐ。





 ハエのようにまとわり付く廷臣たちを追い払い、この城を落とす前からの仲間たちで周囲を固める。廷臣やら貴族やらが俺の妹に何をしたか、何を言ったかは既に調べがついていた。


 お上品な口調に隠された悪意に晒されたジェシカはこの城を去った。俺から妹を奪おうとする相手を決して許すつもりはない。それがたとえ誰であっても、だ。

 今に見ていろ。


 どす黒い決意が胸を焦がす。すぐに武力行使せずに堪えたところを大人になったとナディアたちに褒められたが、それに比例して報復の腹黒さは上がった気がする。どうすれば最も相手が嫌がるか。ダメージがでかいか。後々まで尾を引くか……。今も頭の中で妹には生涯知られてはならないような方法で、さっきまでいた貴族たちに報復の限りを尽くす。


 そう言えば故郷の村から幼馴染のマディラの安否確認の連絡がきたな……。怒りに誘われたのか、ふとそんなことが頭に浮かんだ。


 追放後のことなど興味もなかったから、一言「知らん」と返したがやはり甘かった気がする。妹に悪意を向ける人間を俺は許しはしない。俺も探すべきか……。


「にいさん……」


 渦を巻く思考に流されていると、意識を取り戻した妹に呼ばれて身を乗り出す。


「ジェシカ! 無事か?」


 怪我はないか。苦しくはないか。腹は減ってないか。矢継ぎ早に問いかける俺に、ジェシカは弱々しいながらも苦笑を浮かべた。


「魔力欠乏でグラグラするけど大丈夫だよ。兄さんこそだいじっ……いえ、陛下こそ……お変わりございませんか?」


 いつもの口調で話していたのに、途中でハッとしたように口調を変える。回らない頭で必死に敬語を操る妹の手を握り、額に押し当てた。


「いいんだ。いつもどおりでいいんだ」


「そうはいかないよ」


「大丈夫だ。ジェシカがヤツラにどんなことを言われて、どんなことをやられてきたか既に調べ終わっている。必ず報復する。許しはしない。

 お前は俺の唯一の肉親。大切な妹だ。いままで通りでいいんだ」


 ゆっくりと首を振るジェシカに更には言葉を重ねようとした。それを制して妹がフレデリックに問いかける。


「フレデリック様、どうか全て説明してください。そういうお約束でしたよね?」


 フレデリックに向けるとしては冷たすぎる声にハッとした。ナディアやランも二人の顔を交互に見ているから俺と同じように驚いたのだろう。


「我が君のご命令とあらば」


 スッと頭を下げたフレデリックに驚いたのは俺だけじゃないはずだ。確かにジェシカたちと一緒にいた狼獣人の兵士たちのことも気になる。今は兵舎で待機を命じ、同じく監視も命じた。いったい何があったのやら。


「始まりの森はミセルコルディア……魔族の母の始まりにして最後の領土。彼の地を解放すれば魔に類するものも消えます」


 突然の話にフレデリック以外の全員が固まった。人払いは済ませているが、鍵を確認したのは俺だけじゃなかった。


「始まりの森を解放すればドロップアイテムも出なくなるんでしたっけ。それに森の扱いを巡って王家の争いもあったって……」


 妹が俺たちへの説明も込めてフレデリックに確認する。聞かされた話は国史にも載っていないものばかりだった。


「なぜ今まで隠していたのですか?」


 フレデリックと俺たちの間に移動したナディアが咎めるような口調で話す。ランはフレデリックから距離を空け、必要とあらば扉を開け人を呼ぶ準備をしているようだ。


「狼獣人たちをご覧になられましたね。あやつらの役割と似ているともそうでもないとも言えます」


 そんな俺たちの動きは眼中にないようで、フレデリックはジェシカだけを見つめていた。


「狼獣人がどうしたと言うんだ」


 フレデリックの視線を俺へと向けたくて、必要以上に強い声が出た。


「あれらの存在理由は贖罪。初代女王陛下への贖罪のため、いつか彼の地を攻略する解放者の役に立つため、その為だけに存在しているのです」


 静かにジェシカに向けて話した後に、俺に向かって問いかける。


「人間同士の経験値譲渡方法は知っているな」


 酷く冷たい声だ。明らかに俺にそれをやらせようとしているのだろう。だが相手は誰だ。さっきの狼たちか?


「知っている」


 疑問はありながらも、俺は短く返答する。人殺し……相手を殺せばその経験値は奪える。無論、倫理が許すはずはない。一部死刑となる罪人との間で実験され確認された事象だ。もちろん公にはされていない。


「あれらは王家への生贄。毎年退役した者たちが王へとその命を捧げる。

 そして王家もまた、当代から次代へと……」


 重い溜め息を吐きフレデリックは一度下を向いた。何かを振り払うように小さく首を振り顔を上げる。


「種族進化の末、今一度彼の地に挑めるときまで彼らの償いは続くのです」


「ニナニストリア女王も?」


「嘘だ。あの女王は若くして王になったんだ。そんな、出来る訳がないだろ」


 言外に漂わせる王家の闇に俺もジェシカも驚きの声を上げる。だがナディアだけはどこか悲しそうな表情を浮かべるだけだった。


「知っていたのか?」


「いえ……ですが王家になにかある。そして御代が変わるとき立ち合うのは次代様だけとは噂で聞いておりました」


 ナディアにとっては予想の範囲内だったのだろう。ただ痛ましそうに顔を伏せた。


「でもならフレデリックがニナニストリアを殺したのはマズかったんじゃないのかい。だって勇者はドムサだろ」


「ドムサが始まりの森を攻略すると言うならばジェシカ様のこともある。必ず俺も同行するので問題はない。

 もしも始まりの森には手を出さないと決めるならば、それでも良い。

 時が来たら俺自身の経験値もつけて全てくれてやる。遠慮はいらない。それにドムサが躊躇わないように場も整えてやる」


 気負う事もなくさらりと話された内容は衝撃的なものだった。フレデリックはあのときそこまでの覚悟を決めてニナニストリアを手に掛けたのか。俺が迷ったばっかりに……。


「聖騎士である貴方があのときそこまで覚悟を……」


 驚きに目を見開く周囲でなんとか声を絞り出せたのはナディアだけだった。


「無茶言うな!

 妹の……その、おも………人を殺せるわけないだろ!!」


 迷ったのは一瞬。だが答えは既に出ていた。


「にいさん!?」


 俺の口から恋人と認めるのは悔しい。だが相思相愛の二人だ。妹の夫候補第一位を俺が殺したら、絶対にジェシカに泣かれる。下手をしたら嫌われる。許してもらえないかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ。生きていけない。


 かと言って今すぐに始まりの森を討伐することは出来ない。

 この短い期間でも、この国のあり様が始まりの森や魔物のドロップ品と深く結びついていることはわかっていた。


「森はいつか攻略する。

 でも今は無理だ。

 だからお前も殺さない」


 慌てる妹をなだめるために宣言する。フレデリックが本気になったら、俺がどう足掻いても逃げられない状況に追い込んで来そうで恐ろしい。


「新しい世界を作る。

 新しい秩序を作る。

 昔と違って今じゃほとんど種族進化するやつなんていない。

 世界が魔物抜きでも豊かになれば、危険をもたらすだけの魔物が消滅しても文句は出ないだろう」


 そのために手伝えという意志を込めてフレデリックを見つめた。

 こいつだってジェシカと別れたくはないはずだ。

 別れたいなんて言ったら俺が殺す。

 妹を泣かせても殺すがな。


「分かった」


 頷くフレデリックをみて安心したのか、ジェシカが涙目で俺に感謝を呟く。

 これは泣かせた判定か?

 少しくらい殴っても許されるか?


「では国の運営を頑張らねばなりませんね」


「手始めにジェシカをイジメたやつらにオシオキかな」


 実行に移す前に頼りになる二人の妻に笑いかけられた。

 そうだった。今はジェシカにやられたことのお返しをする時だ。


 国とか世界の未来とかそんなものはどうでもいい。


 いや、一応、きちんとやらないと悲しまれるだろうから頑張りはするけどな。


「おう。新しい世界とやらを作るか」


 フレデリックを殺してジェシカに嫌われたくない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ