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12,捕まる妹

 始まりの森に一人の少女の姿があった。

 人の気配が途絶えたはずの魔境にただ草木を踏む音が響く。

 王城から人知れず……否、貴族の息がかかった下男下女たちから見て見ぬふりをされ脱出したジェシカだ。


 城での心無い視線や陰口から開放されたジェシカは、一般的には死地であるこの森の中で穏やかな表情を浮かべていた。


「ごめんね、兄さん」


 微かに漏れた謝罪の声。


 勇者として、更には王としての兄の役に立てない妹。

 力の制御すら出来ない魔法使い。

 危険すぎて政略結婚の駒にも出来ない。

 せめて美しければまだ使い様もあるのに。

 お可哀想な勇者様。


 優雅な立ち居振る舞いと密やかな笑い声と共に囁かれる数々の悪意。


 きっと女王を庇ったことも良くなかったのだろう。そして何より王であり勇者である兄がジェシカに普通ではない執着を示したのが悪かった。

 新たな王へ忠誠を誓った貴族たちは一丸となりジェシカの排斥に動いていた。


 このままでは兄の将来の迷惑になると覚悟を決め、3人の晴れ姿を最後に消えようと心に決めた。そして無事に結婚式を終え、国政が回りだすのと前後し、最後にして最大の謎であるこの『始まりの森』へと一人挑んだ。


 ニナニストリアはこの地に手を出してはならないと警告していたが何故なのだろうと、皆が首をかしげていた。


 せめて兄の役に立てればと森を進むこと数日。

 突然視界が開け目の前に道があった。獣道ではなく、轍があることから小型の荷車か何かが通っている。


 その道を辿り歩き続けると隠れ里の様に小さな村へと着いた。


 この数日魔物の脅威もなく、マジックアイテムだけで森を進めたのはこの村があったからかと納得しながら、ジェシカは村の様子を窺っている。


「何者だ?」


 突然首筋に冷たい何かを押し当てられ誰何される。

 肩を跳ねさせ驚きを露にしつつ、ジェシカはゆっくりと口を開いた。


「わたしは魔法使いです」


「魔法使い? 魔法使いがなぜここにいる。ひとりか? 仲間は」


「いません」


「いないはずがない。ここは後衛がひとりで辿り着けるほど甘い場所じゃない。ゆっくりとこちらを向け。顔を見せろ」


 指示通りに振り向いたジェシカの目に飛び込んできたのは、国軍の兵士の鎧だ。それもニナニストリアの、旧王家の紋章をつけている。


 それ以上に驚いたのはその頭部にピンと立った耳があったことだ。


「狼獣人?」


「立て」


 疑問符を浮かべるジェシカを構うことなくその兵士は命じる。周囲を警戒する兵士の姿も周辺にあった。


 ジェシカはそのまま村の中へと連れられた。数人に囲まれ尋問を受けたのち、村の一部屋へと軟禁される。


 女王の死も新しい王の誕生も彼らは知っていた。そしてジェシカがその妹であるという事実にも気が付かれた。

 対応を協議すると話した彼らは皆、狼獣人だった。





 夜半になり休んでいたジェシカの耳が喧騒を拾う。何事かと起きて待っていれば、抜き身の短剣を下げたフレデリックが入ってきた。


「ご無事でございましたか」


 安堵した表情を浮かべるフレデリックに、ジェシカはなぜと問いかけた。


「我が身は貴女様のもの。お忘れでございますか?」


 悲しそうな表情を浮かべ、フレデリックはジェシカへと近づく。


「お願いしたはずです。どうか終生お供をと。貴女様は私がお送りすると」


 妙な圧迫感を漂わせながら、黒い短剣を握り直す。そのままゆっくりと跪いた。


「この地はジェシカ様お一人で攻略できる場所ではございません」


「特に危険はなかったよ?」


「それはジェシカ様がこの森の主に呼ばれていたからです。偶然か必然かは存じませんが、この村へと辿り着かれ僥倖でした」


 確信を持って話すフレデリックに違和感を感じ、立ち上がったジェシカは握った杖を身体の前にかざした。


「どういうことですか? フレデリック様は何を知っているのですか」



 問い詰める口調になったジェシカを静かに見つめながら、フレデリックは覚悟を決める。


「私は貴女様を、ジェシカ様を愛しております。決して許されぬ愛ではございますが、全身全霊を込めてジェシカ様への愛を貫く覚悟をしております」


 突然の告白に驚きつつも喜んでいるジェシカてあったが、誤魔化されてはいけないと両手に力をいれる。


「愛してもらえるのは嬉しいです。でも誤魔化さないでください」


「わかっております。始まりの森についてお答えできることはお話しいたします。

 そもそも何故初代女王陛下がこの森の攻略を失敗したかはご存知ですか?」


「卑劣王グレゴリオが悪辣王リュスティーナを殺したからです。だから粛清王ルーカスがその当時関わった者たちを……父である卑劣王も含めて全て処刑したと歴史書には書いてありました」


 建国史の中でも限られた歴史書にしか載っていない史実をジェシカは事もなげに口にした。


「左様でございます。では何故グレゴリオは母である先王リュスティーナ陛下を弑たのだと思われますか?」


「え……それは…………。権力闘争とか?」


 書物にはただ数行だけ書かれていた内容だ。もちろん詳しい背景など書かれてはいなかった。建国期のお家騒動としか思っていなかったジェシカは動揺しつつ有り得そうな答えを口にした。


「それでしたらどんなに良かったでしょう。

 それぞれのやり方で世界を守ろうとした結果、肉親同士で殺し合う結果になったのです」


「世界を守る?」


「ドロップアイテムと寿命。そして種の存続が争点でございました」


 どこか懐かしむ表情を浮かべたフレデリックがポツポツと続ける。


「建国の女王は己の生ある内に種の存続を脅かすこの森を滅ぼそうとされました」


「次代の王は種族の繁栄のためこの森を利用しようとしました」


「三代目の王は滅ぼすことも出来ず、また利用し続けることも出来ないこの地を監視することにしました。

 そしてもしものときには倒せるだけの武力を持つことを目標に掲げました」


「三代目ルーカス王の遺言を守り、王家絶対の掟が出来ました」


「絶対の掟…………?」


 悲しそうに微笑みを浮かべたフレデリックは「ここの村もその掟に縛られているのです」と続ける。


「でもなんで王家がそこまでこの森に固執するの?」


「全ての魔物の始まりはこの森でございますから。この森がなくなれば魔物もいなくなり、またドロップアイテムもなくなります。それにレベルもなくなり種族進化もなくなりますので一部の者たちには死活問題だったのでしょう」


 フレデリックは何でもないことのように、サラッととんでもない内容を口にする。


「フレデリック様はどうしてそんなことまで知っているのですか?」


「嘘だとお疑いですか?」


「そうは思ってないですけど。聖騎士様は嘘をつかないと聞きますし。でもそこまでご存知なら兄さんたちに伝えてくれても良かったのではありませんか」


「口にすべきかは悩みました。ですがそれを知ったとしてドムサに何が出来たでしょう。下手にこの森を刺激すれば取り返しのつかないことにもなりかねない」


全てを否定するように首を振る。それとほぼ同時に大地から振動が伝わってきた。


「やはりこうなったか……」


何かに気がついたフレデリックは短剣をしまい立ち上がる。


「ジェシカ様、お立ちください。この森から離れます」


「フレデリック様?」


「大進行です。お早く」


待っている暇はないとジェシカの手を取り小屋から出たフレデリックを待っていたのは狼獣人たちの部隊だった。


「我々が時間を稼ぎます」


武装を整え覚悟を決めた彼らに対しフレデリックはついてこいと短く命令する。躊躇う兵士たちに対しただ一言、「継承が優先だ」と伝えると、撤収の流れとなる。


「フレデリック様?」


「経験はヒト同士でも継承されますので。今は少しでもあの女神に力を与えてはいけないのです」


愛馬に乗りジェシカを抱え上げたフレデリックは、狼獣人たちと共に森の出口を目指し駈け出した。









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