11.新たな世界の守護者
バルコニーでイーサンの首を掲げ女王の死を告げる。高らかに勝鬨を挙げた勇者たちは、蜂起した民衆に圧倒的な支持を受けた。
先を争うように勇者への恭順を誓う有力者たちを鷹揚に受け入れる勇者、その姿を微笑みを浮かべながら見守る聖女。穏やかでありながらも、威厳ある風景に王都の国民は新たな時代の幕開けを感じていた。
翌日、興奮も明けきらぬ内に発表された勇者ドムサの即位と婚礼の知らせに、更に国民は沸き立つこととなる。
そんな熱狂の日々に酔いしれる王城の中で、静寂と沈黙が支配する一角があった。
勇者側に合流した騎士たちから目礼を受けつつ、重厚な扉を押し開けたフレデリックは目的の人物を見つけて、静かに近づいた。
「こちらでしたか」
「フレデリック様」
どことなく余所余所しい雰囲気のジェシカだったか、それでも礼儀正しく立ち上がりフレデリックを出迎える。
「ニナニストリアとお話でしたか」
その言葉通り、ジェシカの側には美しく整えられた女王の棺があった。本来であれば晒されたままになるはずの女王たちは、ジェシカの懇願とナディアの慈悲により、この霊安所へと運ばれていた。
「おや、それは……」
ジェシカが持つ見覚えのない箱に目を留めて、フレデリックは声を上げる。
反射的にであろう、自身の陰にそれを隠そうとしたあとで、ジェシカは誤魔化すように微笑んだ。
「ある人が持ってきてくれたんです。私へって」
その誰かが間違っても咎めを受けないよう、細心の注意を払いつつジェシカは続ける。
「ニーナちゃ……、女王は愛されていたんです。この城の人たちから……。沢山のひとたちがこっそりお別れにきてくれました」
涙を浮かべながら、それでも笑顔を維持する。
「女王を弑した私へも、尊厳を守ってくれてありがとうってお礼を言われました。私は、なにも出来なかったのに……」
「私を恨んでおいでですか?」
静かに問うフレデリックに首を振るだけで意思を伝え、静かに並んだ棺を見つめる。
「希望者の王家の墓への埋葬が認められました」
そんなジェシカへフレデリックは静かに告げる。
「ただニナニストリアについては、葬礼は認められません。神殿での儀式も不可能です」
「兄さん、頑張ってくれたんだ」
本来であれば破れた国王がリベルタ王家の墓に入ることなど許されない。戦いに破れた兵士や騎士たちもだ。それを兄たちがなんとかしてくれた。安堵の息をジェシカは吐く。
「引き取ることを望む家族がいる場合は、それも認めます。既に待っている家族たちもおります」
「ニナニストリアについては明日の夜明け前に埋葬することになります。お別れを済ませてください」
淡々と紡がれる言葉を受けて、ジェシカは静かに頷いた。
では……と挨拶をして去るフレデリックと結局一度も目を合わせなかったジェシカは、再度訪れた静寂の中で何を思っていたのだろうか……。
※※※※※※※※※※※※※※
いっそのこと悪趣味と言われかねない程に、勢を凝らした綺羅びやかな婚礼の列が街を練り歩く。勝利と結束を国内外に示すために行われる婚礼の主役は、勇者とその仲間たちだ。
衆目に晒される馬車の上には3人の人影。中央に勇者、両脇に元聖女と元賞金稼ぎの妃たちだ。聖女は純白に輝く刺繍とレースで彩られた伝統的なロングトレーンドレス。馬車に乗せるのが苦労するほど、長く引きずる裾を持つ栄誉を勝ち取った少女もまた、揃いの衣装で婚礼の列に加わっている。
反対側にはマーメイドドレスに身を包んだランが輝く笑顔で気さくに手を振っている。同じく純白のドレスではあるが、こちらは身体のラインを惜しげもなく晒し、重ねられた透ける生地に縫い付けられた無色の宝石と真珠が、陽光を浴びてまぶしい綺羅めいていた。
対象的な装いの二人であったが、人々は熱狂的に歓声を上げ続けている。
二人の頭上に輝くティアラは、共に豪華なものである。王妃の冠と頭上に掲げたナディアは慈悲深く控えめに微笑んでおり、新しい王家の存在を意識させた。逆に側妃として破格の扱いである、旧王家伝来の豪華なティアラを下賜された側妃は気後れも感じさせず、堂々とした風格さえあった。
そんな輝かしくも美しい二人の少女に挟まれて座るのは、新たな国王である勇者王ドムサだ。国を解放に導いた若き王を一目見ようと集まった群衆を気にすることもなく、ただ真っ直ぐ前を向いている。
「顔が引きつってるよ。しっかりおしよ、ドムサ」
「笑って手を振ってください。今日は喜びの日ですよ」
小声で窘める二人の妃たちに、ドムサは頷くだけで返事をした。硬い表情のまま、せめてもと利き手を上げ民衆の歓声に応える。
「ほら、笑顔、笑顔」
そんな風に肘で突かれつつ、婚礼の列は順調に進んでいく。そのまま神殿で父神メントレに誓いを捧げ、三人は夫婦となった。仲間として祝福するフレデリックとジェシカだったが、すぐに押し寄せる臣下たちに埋もれていった。
数日に及んで続いた婚礼の宴も終わり、国政も動き出したある日、王妹となったジェシカが姿を消した。置き手紙には、王家の繁栄を祈ることと、自身の不出来さを謝罪する文言が連ねられ、最後には兄の幸せを願う妹としての言葉で結ばれていた。
探さないで欲しいと書かれたそれを見つけるなり、王はパニックを起こしたように探し回った。
王の権限を使い大規模な探索隊を組織しようとしたが、重臣たちに止められ、それをすることが出来なかった。確かにいつ暴走するか分からない強力な魔術士として、ジェシカの存在は国の運営の邪魔なものであった。これ幸いとジェシカの排除に動く周囲を、斬り捨てようとしたことすらあった。
「放せ! ジェシカを探しに行く!!
こんなもの、欲しいやつにくれてやる!!」
王冠を床に叩きつけ、キレるドムサを宥める王妃たちの顔色も悪い。
「もういいな? 俺はジェシカ様を探す」
「待てよ! フレデリック、お前ジェシカの居場所に心当たりあるのかよ!!」
「ない。だがお探しする」
「当てもないのにどうするんだよ! こうしている間にも、妹に何かあったら……」
殺気立ち睨み合う二人に声をかけたのは、臣下たちから縋るような眼差しを向けられていた妃たちだった。
「少しは落ち着きなって」
「ラン妃のおっしゃる通りです。落ち着かれてください」
「フレデリック、あんたのこった。ジェシカの失踪が誰かの手で行われてないかくらいはもう調べてるんだろ?」
きつく睨む視線と歯に衣着せぬ言葉遣いで詰め寄るランに、フレデリックが頷くことで答えた。
「本人の意思で出て行かれたようだ」
「何でだよ! 何か気に入らなかったんだよ!!」
食って掛かるドムサを抱き着いて抑えながら、ランはナディアと視線を交わす。
「それを調べ、改善するのがドムサ様の仕事です」
静かに優しく、けれどきっぱりと言い切ったナディアがドムサを諭した。
「探し出して保護し、王城へと連れてくるのは誰でも出来ます。ですがこの城で、ジェシカちゃんに何があって誰にも何も言わずに姿を消したのか。それを調べるのは、調べられるのは王命を発せられる陛下だけですわ」
「探すのはフレデリックに任せようよ。それにあの女王が話していた始まりの森のことも調べなきゃならない。ドムサだって、ジェシカが危険な目に遭うのはいやだろ? ならそっちも片付けちまわなけりゃならないよ」
「くっそ……。王様ってこんなに不自由なのかよ。妹一人探しに行けない。探索隊すら出せないなんて……」
拳を握りしめる腕に力が入る。それを呆れたように見つめたフレデリックは無言で踵を返した。
「待てよ!」
「茶番に付き合ってられん。俺は出る」
「クソっ……。聖騎士、フレデリック! 悔しいが……すっげぇ不本意だが、お前に妹の探索を任せる」
首だけで軽く振り返ったフレデリックは、おざなりに聖騎士としての挨拶を送り部屋を出ていった。
「世界の守護者になんて、なるんじゃなかった!!」
足早に去るフレデリックの耳に、駄々をこねるドムサと宥める妃たちの声が響いていた。