1、シスコン勇者
コメディではありません。
軽めのシリアスです。
「帰れよ」
街道沿いの焚き火から青年の声がした。取り付く島もない口調と声が、星空へと消えていく。
「なんで? 村を出てから今まで、ずっと一緒に旅をしてきたんじゃない。なのになんでよ」
涙声で青年に訴えるシルエットは、小柄な少女のものだ。揺れる焚き火に照らされた横顔は整い、素朴な美しさを湛えていたが、今は悲しげに歪んでいた。
「村に帰れよ。殺さないだけありがたいと思え」
青年はそれだけを言うと、焚き火を背に横になる。まとっていたマントを頭から被ると、全てを拒絶するかのように丸まった。
「諦めなよ」
「夜の移動は危険です。朝までここにいた方が良いでしょう」
焚き火を囲む人影から声がする。低く艶やかな女の声と、鈴がなるようなたおやかな声だ。
「ラン! ナディア!!」
身を乗り出す少女に同世代だと思われる二人の娘は揃って首を振った。
「だからジェシカには手を出すなと言ったんだ」
「仲間を危険な目に遇わせるなど、行ってよいことではありません」
「そんな……。だって、勇者とは幼馴染で、妹はいっつも勇者の側にいて……、邪魔で……二人だってそう思っていたよね? なのになんであんな出来損な 痛っ!」
「黙れ。さっさと消えろ。俺の可愛い妹は、素直で優しくて正直で、世界一の妹だ。世界は妹を中心に回っているんだ。それを高々幼馴染だからって何をいってるんだ?」
少女に向けて手近にあった小石を投げつけた勇者は、片手で別の小石をもて遊びながら、焚き火越しに睨み付けていた。
「おまえと妹の価値を比べたら、土くれと宝石、いや、ゴミと太陽くらい差がある。
なのにおまえは、妹をこのパーティーにいらないと言ったんだ。邪魔だとな。
邪魔なのはお前だよ。このパーティーに不要なのもおまえだ。
聖剣ガラドボルクの錆になりたくなければ、すぐに消えろ」
そう刺々しく言い捨てると、闇に沈む街道を指差す。魔物が出る街道を夜に歩く危険は子供でも知っている。指差されるままに歩き出せば、朝日が上る前に魔物の餌になるだろう。
「消えろ。俺に殺されたくなければな。ジェシカが戻るまでに消えてなければ、俺が消してやる」
上半身だけを起き上がらせた勇者に凄まれ、少女はとうとう泣き出した。その泣き声にうるさいと呟くと、剣を片手に勇者は立ち上がる。
「お待ちください、勇者様」
殺気立つ勇者の前に立ちはだかるナディアと呼ばれた少女の背後に、泣きながらすがり付いた。
「聖女とは伊達じゃないか。お優しいことだな」
「落ち着いてください。ジェシカちゃんは聖騎士のフレデリックが護衛しています。魔力暴走の後です。しばらくは戻らないでしょう。まだ時間はあります」
青い顔色で勇者を見つめるナディアは、ゆっくりと話す。
「パーティーメンバーが死んでは外聞が悪くなります。お願いです、勇者様、落ち着かれてください」
「だが、こいつは……。ジェシカを囮にしようとしたんだ」
「魔物の数は多く、弱いところに殺到しただけです。ジェシカちゃんは魔術師ですもの。守りは一番薄いところです。意識して魔物をけしかけた訳ではありません」
胸の前で腕を組み、涙目のまま慈悲を乞うナディアは正に聖女の鏡と言えそうな風情だった。
「………………チッ」
しばらく睨みあった二人であったが、しばらくし青年が腰を下ろした。
「ドムサ、大丈夫だよ。ジェシカは夜明けには戻る。今までだってそうだったろ? あの子は優しくて強い子だ。マディラを怒ってなんかいないさ」
ソッと近寄ったランが勇者の半身に凭れかかりながら、宥めるように微笑む。
「…………消えろ。妹の害になるなら、俺の敵だ。二度とその顔見せるな」
マディラの嗚咽が落ち着くのを待って、ドムサが冷静さを取り戻した口調で話す。
「もし戻れば俺が始末する。
ジェシカのことを悪くいってみろ、絶対に後悔させる」
「……わかったよ。帰る。でもドムサっ!」
「なんだよ?」
「ジェシカが可愛いのはわかるよ。大切な妹だもんね。でも、あの子が欠陥魔術師なのは間違いないでしょ? 勇者パーティーにいるのは危険だよ。あの子の負担にもなるし、勇者の道を歩く貴方の邪魔にもなる。だからっ!」
「だから? なんだ?」
「ジェシカも村に連れて帰るよ。そうすればあの子は平和に暮らせる。貴方たちだってもっと強力な魔術師を仲間に加えれば、早くこの国を変えられる」
「…………あのなぁ」
必死に訴えるマディラに、勇者は呆れを隠そうともせずにため息を吐いた。
「俺は国なんてどうでもいいんだよ。ただ両親を殺したやつらが許せない。妹を酷使しようとするやつらは認めない。
だから戦ってるだけだ。何故か知らないが、メントレ様からは聖剣ガラドボルクを与えられたけどな」
「勇者様、至高神様から与えられた使命をそのように仰るのは不敬ですわ」
「神様が何をしてくれるってのさ。わたいたちは一日一日、生き残るので精一杯なんだよ。神様と共に生きる聖女様のようには生きられないよ」
ドムサの言葉に反応したナディアとランが言い争いになりかける。だがそれには取り合わず、勇者はマディラを睨んでいた。
「いつまでいるつもりだ? さっさと村へ帰れよ」
勇者の意志が変わらないと感じたマディラは、焚き火から魔物避けの香に火をつけ立ち上がった。
「…………ドムサ、今日までありがと」
腰に香を下げて、弓を手に持ったマディラはそれだけ話すと夜闇に消えていった。
「勇者様」
「ドムサ」
「…………ナディアもランも、もしジェシカを悪く言うなら許さない。パーティーを抜けてくれていい」
名前を呼ばれた勇者は、焚き火を突つきながら話し出した。
「知ってますわ」
「百も承知さ」
二人はどこか後ろめたそうな勇者に笑いかける。
「ジェシカちゃんがあなたの全て」
「うん、うちの勇者はシスコンだからねぇ」
仕方ないと笑い合う二人に救われたように勇者もまた微笑む。
「ああ。俺の妹は世界一可愛い。
それを分かってくれてありがとう」
「早く戻ってくるといいですね」
「ジェシカは弱ってるの見られるの嫌うからね。体調が良くなれば帰ってくるさ」
「…………フレデリックが一緒なのが気に食わないけどな」
去っていった元仲間の事など忘れたように、三人は穏やかに夜を過ごしていった。