3前世の記憶
氷のように冷たく体が引き千切られるように痛かった。
心と体がバラバラになったような感覚と何故か違和感を感じていた。
――このまま死ぬのか。
暗い闇の中に落ちている最中、このまま死にたいと言う感情とは別の感情が芽生える。
――死にたくない!
アイリスの中でもう一つの心の声が響く。
頭の中に響く声と共にこれまでのアイリスとは別のもう一つの人格が構成された。
生死の境を彷徨う中、アイリスは前世の記憶を取り戻す。
生前流行った乙女ゲームの七色の花を君に。
通称ナナキミ。
詳しくは思い出せなかったが、記憶が薄れる中あの断罪イベントで思い出した。
アイリスの婚約者、クラハドールも主要キャラの一人だった。
ただし、シナリオ通りならば彼は悪役令嬢と恋仲になるストーリーはない。
隠しルートでもそんな設定はないのだが、既に息絶えそうなアイリスにそんなことを考える余裕はないのだ。
(ちょっと待ってよ…前世を思い出してバッドエンド!)
前世の記憶が戻り、焦るアイリス。
このまま天国になんて行きたくないし、浮気男の所為で死ぬなんて冗談ではない。
(あの浮気男!ふざけんじゃないわよ!)
既に前世の記憶を取り戻し、ふつふつと怒りと恨みが芽生える。
あんな自己中な男にどうして尊敬の念を抱いていたのか理解に苦しむ。
なんせこれまでの記憶では婚約者としての扱いはあまりにも酷かった。
親同士が決めた婚約でも、アイリスは努力をしていたのに対してクラハドールは一切の歩み寄りもしなく被害者面をしていたからだ。
あげく、アイリスは大人しいながらも王族の親族に気に入られていた。
その一番の理由は気配りのうまさだった。
常に多忙だった王妃を気遣い、心を癒したい一心でアイリスは侯爵令嬢でありながら王妃の為にお茶やお菓子を頻繁に送り。
時には王妃の祖国から取り寄せた花を送って喜ばせていた。
里帰りもままならず、常に気丈な王妃を痛々しく思っていたからだ。
そんな気遣いに王妃は喜び、アイリスを我が娘のように溺愛し。
王族の親族でもあるクラハドールの妻に迎えゆくゆくは王室に入って欲しいとまで言われるようになった。
王妃を慕っていたアイリスは努力をしていたが、クラハドールはアイリスに恋愛感情はおろか、一切の情すら抱いてなかった。
聡いアイリスは気づきながらもいつか振り向いてくれるなどと言う淡い期待を抱いていたのだから、今にしてみればなんて愚かで情けないとさえ思った。
だが、既に溺れて身動きが取れないアイリスはどんなに悔やんでも遅かった。
(もう…ダメ)
意識が遠のき気を失う最中、激流に流されて行き――
「ん?」
流れ着いた先で一人の青年が近くを通っていた。
「止めろ!」
「旦那様?」
馬車から飛び降りた一人の青年は人が倒れているのに気づき急いでかけよる。
「おい、しっかりしろ!!」
「旦那様!」
「まずい、体が氷のように冷たい…急いで邸に」
青年は自分の着ている上着を羽織らせ抱きかかえたまま馬車に乗せ邸にと急いだ。
今にも死にかけの少女の手を握りながら。




