chapter 98 スープ対決
ご愛読ありがとうございます
アルカディア軍はゆっくりと北上を続けていた。
ここは長城へと続く東の山脈、その中に築いた第2のダンジョン砦。
ようやく道のりの半分だ
この第2ダンジョン砦はかなり巨大だ。全軍が収容出来る規模で施設も充実している。とても大きなお風呂があって好評だ。
連日、軍議が開かれているけど自分はもう参加すらしていない。各隊長もしくは代理の者が騎士団長ザッジ、軍師ファリスを中心に真剣に話し合っている。
自分は小さな診察室で兵士達の怪我の治療や健康管理をしている。
幸い死者こそ出ていないものの怪我人が増えてきている
軍が北上するにつれて敵が強くなってきた。必然的に怪我は増え、軍の進行も遅くなってきている。
深い傷には即効性のある錬金術で作ったポーションを使い、浅い傷には手作りの軟膏を使う。体調の悪い人には漢方薬を処方してあげる。
自分に出来る事をやるしかない
「君は少し顔色が悪いな。食欲はあるのかい?」
「最近、食べる量が減ってきたかもしれません。でも、大丈夫です。頑張ります!」
「食欲が無いのはよくないよ。とりあえず漢方薬を処方しておくからね。あとは……具材の多く入ったスープを食堂で作ってもらうようにするから飲んでみてくれ」
疲れて食欲が無い人が多くいる。だけど誰も泣き事を言わない。これは逆に良くないな。何かをきっかけに大きく崩れてしまう危険性がある。
軍議の終わりに呼んでもらい、医者としての意見を言わせてもらう。
「誰も口には出さないけど、疲労が蓄積してきているみたいだ。食欲が落ちている人の為に食堂で食べやすいスープを出してくれ。そうだな……以前カナデが作ってくれたスープがいいな」
魔力切れで倒れた時にカナデが作ってくれたスープはとても美味しかった。
ファリスが挙手をして発言を始めた。
「ナック様、カナデさん1人ではあまり量が作れないので料理が得意なクレアさんとセレスさんにもスープを作ってもらって料理対決にしましょう。何か楽しい事があった方が気分転換になります」
ファリスの提案によりアルカディア三大美人によるスープ作り対決が行われる事になった。
数日後、第2ダンジョン砦でカナデ、クレア、セレスのスープ作り対決が開催された。
既に会場には多くの兵士達が集まってきていて、3人が作る姿を見守っている。
カナデがこちらに来て不満そうな顔をしている。
「どうしたんだい?」
「ナックがあの野菜スープがいいと言ったから同じ物にしたけど、もっと凝った物にしないとあの2人には勝てないわ」
クレアは牧場から新鮮なミルクを取り寄せてクラムチャウダーを作っている。クレア特製スープはゴブリン駆除用のイメージが強いので対決には向かないと判断したそうだ。
セレスは海老のスープを作っていた。かなり煮込んでいるみたいでオレンジ色のスープから美味しそうな香りがしている。元貴族だけあって美味しい物を良く知っている。
一方でカナデはシンプルな野菜スープだ。
「2人ともかなり凝っているみたいだね。そうだな……君のスープは全く前と同じ味なのかい?」
「ええ、そうよ。祖母から教えてもらった味よ」
「ほんの少しだけ塩を足した方がいいな。それでいい勝負なる」
「本当に? とても勝てる気がしないけど……」
カナデは自分の鍋に塩を足しに戻っていった。
小さな皿に3種類のスープが入れられて配られた。そして1番美味しいと思った人の名前を木札に書いて投票箱に入れてもらう。
ルナと一緒に3種類のスープを食べてみた。
「セレスさんの海老のスープは凄いわ。海老の濃厚な旨みが凝縮された味ね。私はこれがいいわ。アルカディアに来た時は料理なんて出来なかったのに勉強したのね」
今では料理上手として知られるくらいになっていた。
「俺はクレアのスープがいいな。なんだかほっとする味だ」
特製スープも美味しいけど、豊潤な味だな。いろんな素材の味を上手に引き出している。
「ナック……カナデが可哀想よ。あなたが野菜スープを作ってと頼んだのに……」
「ん? そうかな……カナデのスープも美味しいよ。アルカディア村で取れた新鮮な野菜が使ってある。1度、食べた事があるからね。以前に作ってくれた味だ」
確かにカナデの野菜スープは他の2人と比べるかなりシンプルだな。でも……
勝つのはカナデだ
食べ比べるとよく分かる。カナデのスープは新鮮な野菜の優しい味だ。この味をみんな求めているはずだ。
ファリスから投票の結果が発表される。
「1位カナデさん、2位クレアさん、3位セレスさんです。2位と3位は僅差ですがカナデさんの圧勝でした」
それは悲しい結果でもあった。みんな表面には出さないが、かなり疲れている。多くの者が食欲が無くなっている。そこに凝ったスープは合わない。
思った以上に疲れているみたいだな……
カナデが不思議そうな顔をしてこちらに来た。
「圧勝したんだから嬉しそうな顔をしてくれよ?」
「全く納得いかないわ。私も2人のスープを食べてみたけどとても勝てる味では無かったわよ……あの2人はプロの料理人になれるくらいの腕だわ」
「まぁいいじゃないか。勝ちは勝ちだろ」
「よくないわよ……既になぜか食べたくなる魔法のスープと噂になっているわ……」
魔女伝説が加速してしまったみたいだな。
ファリスもこちらに来て話に加わってきた。
「ナック様、ありがとうございます。危うく判断を誤る所でした。みんな真面目過ぎて本当の事を言いません。良い面でもありますが悪い面でもあります」
「うん。君は誰に投票したんだい?」
「カナデさんです……他の方のスープは口に入れる事も出来ませんでした。だから分かったんです……みんなには次の大きな作戦後に交代で休暇を取ってもらう事にします」
「君にはハイポーションと漢方薬を渡しておこう。1番の重症は君のようだ」
「軍の遠征には優れた軍医が必須です。ナック様、これからも気付いた事があれば教えて下さい」
「ああ。こんな事でしか役に立てないが頑張るよ」
次に西の領地と一緒に大きな町を攻める予定になっている。そこを抑えておかないと戦略的に危ないみたいだ。
正念場だ
その町を抜けば北への道がはっきりと見えてくる。敵も要所は強化しているだろう。きっと激しい戦いになる。
疲れがピークに達している者が多い。乗り切る為に今まで学んだ知識と創薬の技術で支えていく。
あと1戦だ
最高の状態でみんなを送り出さないといけない。
強い軍である為には最高の支援が必要だ。
自分にもまだ出来る事がある。
最高の支援をするんだ!




