chapter 83 喜びと悲しさの間に
アルカディア村に戻って取り敢えず隣国に使者を送る手配をした。
問題はファリスだな……久しぶりにビッケの家に行ってみるかな。
薬草畑はとても綺麗にしてくれている。小川に沿って山を降りてビッケの家に着いた。昔と違ってちゃんと家の周りに柵が作ってある。いつもここに来てから釣りに行っていたのに最近は全く行っていない。
もう戻れないのかもしれないな……
「ナック兄、こんな所に来てどうしたの?」
「ちょっとビッケに話があるんだ。久しぶりに釣りでもしながら話をしないかい?」
ビッケと一緒にオススメの釣り場に行く。エサは現地調達だ。岩に付着している貝を取ってエサにした。
「こうして釣りをしてずっと暮らしていくと思っていたんだけどな」
「そうだねー 僕も素潜り漁をして暮らすつもりだったけどね」
ほんの僅かな期間で暮らしが凄い速さで変化してしまった。変わってないつもりだったけど、ここで釣りをしていると全く違う生活をしているのに気付かされてしまう。
「ビッケ、ファリスと結婚するつもりはあるのかい?」
もう遠回しに言っても仕方が無い。そんな仲でも無いからな。
「するつもりだよー」
「そうか……急な話で済まないんだけどすぐにしてくれないかい?」
「え? どうしたの急に?」
今日の海はとても綺麗だ。波も無くて穏やかで釣りもしやすい。話をしている間にもどんどん小魚が釣れる。
「アルカディア村の秘密をファリスに話す必要がある。それにはファリスがアルカディア村民と婚姻して村長に永住を誓わないといけないんだ」
「やっぱりここの村には秘密があるんだねー 最近、おかしいってファリスとよく話をしていたんだ。アルカディア村民はやけに強いって」
そうだろうな。他の村民と訓練をしているから余計に分かってしまうのかもしれない。表面化していなくても潜在的に強いジョブが眠っているのだからな。
「ファリスが気付いているのはそれだけかい?」
「後は、東の山がおかしいってさー 魔物が全くいないのはあり得ないって言ってた」
ファリスは話をしなくてもいずれ秘密にたどり着くかもしれない。
「もちろんお互いが望むならの話だよ。決して無理にとは言わないよ」
「でも、ナック兄がこんな事を言うなんてとても重要な事だよねー」
「平和になったら王をやめて元の暮らしに戻りたいな……」
「ナック兄……」
こんな事まで頼まないといけない。人の人生を変えてしまう様な事だ。本当は頼みたくなど無いんだ。
魔物とだって戦いたくない
もちろん人とも戦いたくはない
普通にのんびり暮らしたいだけなんだ
それがどうしても出来ない……
「もう婚約はしているから別にいつ結婚してもいいんだよー 気にしないでいいからね」
ビッケ……結構しっかりしているんだな……
ビッケとファリスが結婚する事になった。ビッケがすぐにファリスに話をしてくれた。
村長の家に行って結婚の話がまとまった事を報告する。
「村長、ファリスとビッケが婚姻します。ビッケにも話をして下さい。無理を言ったのでお願いします」
「いいでしょう。夫婦に秘密があるのは問題です。でも、話すのはファリスとビッケだけです。他の者には決して話さない様にしなさい」
「ザッジ、ヒナ、ルナは知っているのですか?」
「もちろん教えていません。知っている村人は東の国と戦った者だけです。知る者は少ない方がいいのです。多いと秘密は必ず漏れます」
家族だし、とても大事な事じゃないか……名前を教えないのはまあいいとしても、それくらい教えてもいいだろう。
「親族くらいは話をしてもいいじゃないですか?」
「あなたが親族になれば話すつもりです」
う……そうきたか……この話題はマズい
「王都に行く件は手配しました。穏便にお願いしますね」
冷たい視線が痛いけどまだその気は無いんだよね。話を変えて逃げる様に帰る事にした。
ビッケとファリスの結婚の話はとても大きな話になってしまった。隣国から避難して来た人達にとって2人は恩人でみんなに慕われているから、ぜひお祝いさせて欲しいと申し出が各村からきたのだ。
「すまないな。2人共……アルカディア村だけでお祝いする訳にはいかなそうだ。みんなが結婚式に参加したいと言っているんだよ」
「それならそれでいいよー 場所だけはここにしてね」
「はい。私もそれで構いません。とても嬉しい事です」
収穫祭や祝勝会を上回る規模になるのは確実だ。もはや国の行事と言っても過言では無い規模だな。
さすがにファリスに任せる訳にはいかないから、ルナ達が中心になって段取りをしてくれている。
俺に出来る事なんてほとんど無いな……
せめて自分の仕事だけでもしっかりやろう
村のお祝い事には必ず自分が釣った魚を用意している
いつもと変わらない
これが本当の自分の仕事なんだ
ルナと一緒に真夜中の薬草畑に入って
品質のいい薬草を選んで摘み取っていく
そして ゆっくり 丁寧に
祖父から引き継いだ白い創薬用の道具を使って
軟膏を作り上げた
「とてもいい品質の薬が出来たよ。これを2人に贈ろう」
今はこれよりもっと効果の高い薬が簡単に錬金術で作れる
でもこれ以上の薬は自分にとっては無い
今はその事がはっきりと分かる
ルナは何も言わずに頷いた
家の外に出て満天の星を見上げる
ここで昔の様に暮らしたい……
涙が頬を濡らしていた
綺麗な星空だ……
薬草畑の横を流れる小川のせせらぎが心地良く聞こえる
「道を間違えたのかもしれないな……」
「そうかもしれないわね。でも、あなたにしか進めない道よ」
もう戻る事は出来無い。平和を手に入れるしか道は無い。
薬草畑の夜は昔と変わらないはずなのに
全てが変わってしまったように感じてしまう
2人でいつまで夜空を眺めていた
そばにルナが居てくれる
それだけが自分を支えてくれていた




