chapter 57 交換したもの
ご愛読ありがとうございます
クレアがアルカディア村に帰って来た。アストレーアが西の領主に就任したのを見届けてから、アルカディア国に移民する為に戻って来たのだ。
「母とアルカディア国で暮らしたいと思いますので、改めてよろしくお願いします」
「いいのかい? 隣国で名誉を手にしたのに、もったい無い気もするけど? まぁこちらは大歓迎なんだけどね」
「はい。母と心豊かに暮らしていく方が私には合っていますので」
「そうか。ずっと頑張ってきたんだ。休息も必要だよ。これからの事はゆっくり考えればいいさ」
クレアがアルカディア国民になった
ステラ達はアストレーアの側近として西の領地にいるそうだ。その内、余裕が出来たら遊びに来てくれるらしい。
騎士団の宿舎はそのままにしてあるので、いずれ荷物も持って行かないといけないな。アストレーアの救出に向かってから戻らずにここまできたのだから、かなり大変だったはずだ。
クレアはしばらく妊娠中の牝馬の世話をしてくれる事になった。休んでいいのにな。
アルカディア国には新たな村が出来る事になった。
西の関所をウエストゲート村、西の砦をセントラル村、西の砦の北にノースフォレスト村と分かりやすい村名にした。全て避難民で西の領地に戻らずにアルカディア国民になる事を望んだ者達の村だ。
結局、西の領地に戻った者は半数程度しか居なかった。戻るか戻らないかの判断は単純明白で、お金を持っているかいないかだった。お金持ちは西に戻り、貧しい人はアルカディアに残る。お金の存在しないアルカディアにお金持ちがいる理由は無いのだろう。
ほとんどの避難民が西に戻ると思っていたのに、半数も残ってしまったので3つも村を作る事になってしまった。
「想定内です。予定通りアルカディア村から木工の得意な人を各村に派遣して、家作りの支援を行っています」
ファリスは人口の増加を歓迎しているが、人が増えればいろんな問題が生じるので実際には微妙なところだ。
「問題が起きていないか見に行ってくるよ。ついでに支援物資も届けて、ジョブ鑑定と健康診断もしてこよう。ルナと2人で行ってくるよ」
荷台に幌のついた2頭立ての大きな荷馬車でノースフォレスト村に向かう事になった。荷台に積まれた支援物資は魚の干物、塩、野菜、豆、海藻、魚介類、布、糸だ。
道が綺麗に整備されているので移動にかかる時間が大幅に短縮されているらしい。
フロンティア村の前を通って、元西の砦のセントラル村へ行く。
西の砦をベースにして村が作られているので、思ったよりも建築の進行が早いようだ。新しく出来た3村で1番条件がいい村だからな。
軽く様子を見て、北へ向かう。
「アルカディア国で1番森が深い所なのに道がしっかりと整備されているのね。本当に夜までに着きそうだわ」
真っ直ぐに平坦な道が深い森の中に続いている。反対側から馬車が来ても大丈夫な程の幅もあった。
沢山の荷物を積んでいるのにかなりのスピードで移動できる。今までは歩くのでも大変だったような場所だ。
「みんな頑張ってくれたな……とても信じられない程、いい道だ」
夕刻になり、辺りが薄暗くなってきた。前方に木の門が見えてきた。ちゃんと門番が立っていてこちらに気付くと門を開けてくれた。
「ご苦労様です。支援物資を届けに来たアルカディア村の者です」
門番の男性に声をかけてノースフォレスト村に入ると、村の人達が整列して待っていた……
「国王様、フォレスト村にようこそおいで頂きました。この度は私達、避難民を受け入れてくださり心より感謝致します」
代表者の老人が堅苦しい挨拶をしてくれた。
「いえ……そんなに気を使う必要は無いので普通にして下さい。国王なんて誰も呼びませんのでナックと呼んでいいです」
アルカディア村から手伝いに来ている者達が寄ってきた。
「必要ないと言ったんだけど、誰も信じなくてね。結局、好きにして貰った。今日は歓迎の宴をするそうだよ」
せっかくの好意なので受ける事にした。ノースフォレスト村の横には小さな湖がある。暮らしていく上で水が必須なので、湖の横に村を作る事にしたそうだ。
まだみんなテント暮らしだけど家の建築が少しずつ始まっている様だ。村の様子をぐるっと見させてもらった。
「今日は湖が1番綺麗に見える所にテントが設置してありますので、そこに宿泊して下さい」
先程の老人がテントに案内してくれた。そんなに大きな湖ではないけど、村の水源には十分だろうな。暗いので水質がよく分からないけど、とても綺麗らしい。
湖のほとりで村人達とバーベキューをしていろんな事を話した。羊はあまり狩らない様にしているそうで、鳥肉と山菜、キノコのバーベキューだった。アルカディア村とは少し食材が違って美味しかった。
「ここはとてもいい所ね。少し前のアルカディア村みたいだわ。ちょっとのんびりしてて心が落ち着くわ」
真っ暗な湖が月明かりに照らされてキラキラと輝いている。ルナはとてもここが気に入った様だ。
「そうだ! ここをキャンプ場にして、アルカディアの人達がいつもと違う体験が出来る場所にしてみようか」
「いいわね。みんなでここに来てのんびり遊ぶのも楽しそうだわ」
それには今の雰囲気を壊さない様に開発していかないとな。
翌朝、ルナと湖を見に行くと、水はとても澄んでいて水底がはっきり見えるくらい透き通っている。小魚が泳いでいるのが見えた。
ジョブ鑑定と健康診断を行った。これでノースフォレスト村民は正式にアルカディア国民として登録された。
「ねえナック、みんな体の調子がとても良くなったと言っているわ」
「ああ、西の領地ではダンジョンにいろんな力を奪われていた可能性があるな」
「便利だからと頼り過ぎると大変な事になってしまうのね」
早く気付けて本当に良かった。今ならまだ間に合う。魔石を消費する魔術具の使用を抑えて、元の生活に戻せる部分は戻すんだ。便利だからと照明具をどんどん作ってしまったが、ダンジョンの魔石を消費すると自分達が苦しむ事を説明して、なるべく自然界から得た魔石で賄ってもらうようにしよう。
上下水道の計画もあったが全戸に設置するのではなく、共同施設にした方が良さそうだな。各村にアルカディア村と同じ様な館を建築して、そこだけ上下水道完備にしてもいいな。
自然の力を有効に利用して、本当に足りない部分にだけ魔術具を使っていく事にしよう。
ノースフォレスト村民はテント暮らしでも全く不満が無かったそうだ。家と畑がもらえただけでも十分満足らしい。税も取らないと言ったらかなり驚いていた。その代わりにいろんな事を自分達で何とかしないといけない事もしっかり説明した。
「1番困るのは着る物ね。食べ物と住む所はあっても布と糸だけはアルカディア村から支給しないといけないわね」
「ノースフォレスト村は木材が豊富だからその辺りを活かしてあげたいな。木工工房を作るのがいいかもしれないね」
帰る時に籠一杯に山菜とキノコをお土産に貰った。
これでアオイに教えてもらった『鍋』でもみんなでやろうかな
こんなお礼しか出来ないと村の人達は言うけれど
十分なんだ これで十分に交換になっているんだ
大事なのは気持ち
何かをしてあげたい その気持ちが嬉しいんだ
ノースフォレスト村はいい村になりそうだ
笑顔で見送ってくれる人達がそう確信させてくれた




