chapter 41 ご招待
西門が開けられてクレア隊と荷馬車が入って来て、館の前で停止した。クレアが会議室に来てファリスに状況の報告を行う。
ザッジ・ステラ隊、ミンシア・ジェロ隊は中継基地の確保に成功し砦、洞窟の捜索へ無事に移行したと報告があった。
「ご苦労様です。食事を取って休憩して下さい。荷馬車の準備が整ったら出発してもらいます」
「クレア、この計画は補給が命綱だ。しっかりと休んでくれ」
報告を終えたクレアは食堂へと向かった。館の前では村人達が荷馬車に食料をどんどん運び込んでいる。お年寄りも子供もみんな参加してくれている。館にいるのは会議室に自分とファリス、あとは食堂に数名いるだけだ。
クレア隊がここに来たという事は前線では既に駆除が始まっているの事を意味する。ただ無事を祈るだけだ。
西の砦にも食料は当然備蓄してあるし、現地でもある程度は調達出来る。それは非常手段としてもらい基本的にはアルカディア村からの食料輸送で賄ってもらう。
荷馬車の準備が整い、クレア隊が隊列を組んだので一緒に西門まで行って見送りをした。西門が開けられてクレア隊と荷馬車が出て行く。そして門が閉められるのを見届けた。
頼んだぞ……
会議室に戻るとファリスの所に2人の男女が来ていた。あれはクレアの親戚の若者だったな。
「ナック様、この2人がクレア隊への入隊を志願しています」
2人ともジョブは農民でレベル1だ。今の状況でクレア隊に入るのはとても無理だ。
「君達は村に来てまだ日が浅いじゃないか。こちらを心配してくれるのは嬉しいけど、自分達の生活基盤を整えていく方がいいと思うよ」
「荷物を運ぶくらいなら俺達にもできます」
「そうよ。そんな大した事じゃないわ」
2人共かなり誤解しているな。しっかり説明しておかないと危険だ。
「誤解しているみたいだけど、クレア隊は他の隊と比べても負けないくらいの精鋭部隊だ。最初の頃は戦闘が得意では無かったけど、努力を重ねて今では平均レベルは5でレッドキャップも難なく倒せる。強さと実績を兼ね備え、気配りまで出来る。皆からの信頼が絶大な部隊だ。だから1番危険で重要な任務を任せたんだ」
表面的なレベルではなく、最前線で鍛えた叩き上げのレベルだ。自分達の長所を活かし、短所をゆっくりとでも改善していった。
「あの部隊はそんなに強いんですか……」
クレア隊は少しずつ積み重ねてきた。コツコツとずっと。みんながそれを知っている。みんながそれを見てきた。だから自分達の背を任せられる。後ろを振り返る必要は無い。ただ信じて補給が来るのを待つだけだ。
「強いよ。クレア自身も強い。派手に勝つ事は無いけど負けないんだ。ナイトの適性は相当なものだと思っているよ。クレア隊は未開の地を少人数で駆け抜ける危険な任務を担当している。君達の気持ちは嬉しいけど、この作戦への参加は危険過ぎて認められない。すまないな」
しかも、今は新人を育成する余裕が無い。クレア隊だけでは無くどの隊にも無いんだ。
ファリスがジッと目を閉じて話を聞いてから、少し間をおいて話し始めた。
「ナック様、せっかく志願してくれたのです。よく考えてみると志願してくれた人は初めてです。今後の為にも受け皿が必要かと思います」
初の志願か……確かにゴブリンに対処する為にみんな戦い始めたけど、志願とは違うな。この作戦が終わったら戦う必要があまり無くなって、みんな元の生活に戻っていくだろう。移民者は自分達の護身の為にも訓練が必要かもしれない。
受け皿か……
アルカディア国独自の騎士団を作ってそこで訓練をしようか? 今いる騎士団は王都からの支援で来ている借り物だ。ザッジを中心にしてアルカディア騎士団を編成していくかな。
作戦が終了したら訓練出来るように計画を立てる事にした。
北と南から西に向かって挟み打ちにするゴブリン駆除作戦は順調に進んでいた。予想通りに砦の数は少なく、ほとんどが洞窟の巣だった。砦は完全に破壊して焼却し、洞窟も全て封鎖していく。行き場を失ったゴブリンの小さな集団がクレア隊に襲いかかる事があるようだが、全て残らずに問題無く駆除していると報告があった。
もうすぐザッジ・ステラ隊とミンシア・ジェロ隊の行動範囲が重なる頃だろう。相当な数のゴブリンを駆除したはずだ。この後は散らばったゴブリンを探しながら戻って来る予定だ。
「おーい。西門に商人みたいのが来てるぞ」
矢倉で見張りについていた者が館に連絡しに来た。ファリスは走って館から出て北門に向かった。西門は自分が対処する。
矢倉からどんな人物か確認すると、若い男性が1人、門の前で待たされている。西門を開けもらい、商人の用件を確認する。
「商談をしたくて来た。クソ田舎なのに厳重だな! とっとと入れろよ! 珍しい品があるぜ。早く国王に会わせろ」
若い男性の商人が大きな皮袋を肩に担いでイライラした様子で話して来た。
「大変失礼しました。あまり人の来ない村なので対応が悪くて申し訳ございません。商人様とのご商談は私めが担当でございます。ご案内させて頂きますのでこちらへどうぞ」
「けっ! お前なんかで話が出来るのかよ! 国王はいねぇのか? クソが」
一緒に館に入って食堂で商談をする。
「ど田舎のクセに結構いい暮らしをしてるじゃねぇか。誰も人はいないけどな!」
館の中にいるのは商人と自分だけだ。物音ひとつしない。
「はい。田舎ですから。それでどの様な商談でしょうか?」
「俺と組めば、このど田舎の国が大金持ちになれるって国王に伝えろ。お前じゃ話にならねぇ! 前にここに来た時はもっと田舎だった。中々の術が使えるみたいだな。天才の俺様と組めば間違い無くもっといい国になるぜ」
ファリスが館に入って来てこちらの方を見ずに、無言で食堂を通り抜けようとしている。
「あ! 君、商人様に特製のハーブ茶をお出ししてくれ」
ファリスを呼び止めてお茶を出してもらう様に頼む。
「ここではハーブの栽培が盛んに行われています。最高品質の逸品ですので是非ご賞味ください」
「けっ! ハーブだと? そんなもん作っても少しの金にもならねぇぞ。チマチマやってねぇでドカンと大儲けした方が楽だって早く伝えてこい」
ファリスがハーブ茶を商人に出して厨房の奥に下がっていく。ハーブの心地良い香りが食堂に漂っている。
「ん? 本当にいい物みたいだな。飲んで待っているからお前は国王の所に行ってこい」
「承知しました。多少、お時間を頂きます。失礼いたします」
商人は満足そうにハーブ茶を飲んで眠りについた。
中央広場に小さな荷馬車が止められていた。荷台に羊用の檻が乗せられていて、中には魔力を封じる手錠を嵌められた男がいる。この男をジョブ鑑定して名前を調べ、ファリスが王都から持って来ていた犯罪者リストと照合した結果、錬金術師レベル5の隣国錬金術ギルドから逃げ出した賞金首の男だった。
この男が西門に現れたのと同時にファリスが北門に行き、北の見張り小屋に早馬を出して商人が通ったか念の為に確認してもらった。当然そんな者などいるはずも無い。
最高品質の睡眠薬入り特製ハーブ茶で3日間も寝かせてあげた。
持ち物の皮袋の中には赤い帽子が大量に入っていた。恐らくゴブリンを操る為の魔術具だろう。調べてはみたがどういう仕組みかは分からなかった。
この赤い帽子は普通のゴブリンを上位種のレッドキャップゴブリンへ強制的にし、自分の支配下に置く事が可能な様だ。支配下にあるレッドキャップを通して他のゴブリンまで意のままに操っていたようだ。
隣国へ犯罪者の引き渡しを申し出て、国境の橋で行う事になった。
全軍総攻撃が無事に終了して各部隊が撤収してきた。
各隊の隊長から戦果の報告をしてもらった。西の砦からアルカディア西を流れる国境の川まで間のゴブリンが徹底的に駆除された。
問題はなぜアルカディアでゴブリンを使ってまで大規模な羊狩りをしていたかだ。
ファリスは国境の川の向こうの領主に羊皮を渡していると推測している。賞金首である為に辺境地まで逃亡して来て、領主に羊皮の調達を持ち掛けて何とか生き延びようとしていたのだろう。
領主が欲しいのは恐らく金色羊と銀色羊の羊皮だ。有能な人材を領内に確保する為に少しでも多く羊皮が欲しいのだろう。
しかし、やり方が手荒らすぎる。普通の羊ハンターではなく賞金首の羊ハンターまで頼って羊皮を欲しがる理由は何だ?
恐らく反乱の準備だな……
強力なレアジョブを多く用意して戦う準備を整えている可能性がある。
錬金術師を探すのも目的としてはあるな。領主が実子の中から錬金術師を得る為に金色羊皮紙が必要だ。
領主の子から錬金術師が出なかったらどうなるのか……金色羊皮紙を使えば錬金術師に必ずなれるという訳ではない。養子縁組してでも確保して血縁の者と婚姻させればいいか。
反乱の可能性の方が高いな……
西の領主がどんな人なのか調べる必要があるな
ゴブリン以上に厄介かもしれないぞ




